4話 そして、「黒の世界」へ
公園を後にした僕は、自宅を目指すべく、暗がりの路地を一人歩いていた。
だが、そんな帰り道で僕はずっと、ある違和感に引っかかっていた。
まずそもそもの話として、気になった事。
普通、あんな非現実的な話を、人は簡単に信じるものなのだろうか?
自分で言うのもなんだが、僕だったら絶対に信じない。
なぜなら非現実的すぎるから。その一言で一蹴できてしまう。論理を持ち出す必要すらない。
にも関わらず、遊木は何の疑いも向けてこなかった。
そこで僕の中にある予感がよぎった。
――もしかして遊木は、何か知っていたのではないか? と。
「……まさかね」
根拠なんてものはない。それに今考えた事も全て憶測に過ぎない。
だが確かめずにはいられなくなった僕は、気づけば足早に公園へと引き返していた。
――――――
――――
――
―
「はぁはぁ……馬鹿か僕は……」
わざわざ公園まで戻らずとも、電話をかければ済む話だった。
そう気づいたのは、公園の入り口にたどり着いた時だった。
僕はしかたなしに、公園のベンチへと腰掛け、さっそく遊木に電話をかけた。
静寂の中、電話のコール音が流れ始める。
やがて数秒も経たずして、
『おかけになった電話は電源が入っていないか――』
返ってきたそれは、無機質な機械音声だった。
どういう事だ? まだ別れて数分。電波が届かない場所にいるという事は考えにくい。
かといって、電源を切る理由も想像がつかない。
「まさか……」
脳裏をよぎる、昨晩のあの出来事。
嫌な予感が徐々に膨れ上がっていく。
僕はいてもたってもいられなくなり、
「こうなったら遊木の家に……!」
直接遊木の家へと向かうべく、公園から一歩、外へと踏み出した、その時だった。
「……なっ!?」
僕は思わず足を止める。
なぜなら公園を一歩出るとそこは――。
「ま、た……!」
またしても、昨晩と同じスラム街だったからだ。
だがどういうわけか、今いるこの公園だけは、そのままの形で残されていた。
……まるで、この公園ごと転移でもしてしまったかのように。
まさかこれは夢なのでは。僕は試しに頬を強くつねってみる。
「……痛い」
悲しいほどに現実だ。
そんな逃れようのない現実に、僕が力なく立ち尽くしていた時だった。
――どこからか、足音のようなものが近づいてくる。
「まさか遊木……?」
もしや遊木もこの異変に気づき、公園へと足早に引き返してきたのでは。
だがそんな僕の期待とは裏腹に、公園へと駆け込んできたのは、
「はぁっはぁっはぁっ……!」
僕と同世代ぐらいの、若い女性だった。
一体何があったかは分からないが、その様子をみるに、明らかに尋常ではなかった。
「あ!」
とっさに女性と目が合う。
すると女性は僕を見つけるやいなや、ズカズカと僕の方へと歩み寄ってきて、
「お願い! かくまってほしいの!」
あろうことか、僕に助けを求めてきた。
助けて欲しいのは僕の方なのに。
「えーと……一体どうしたんですか?」
僕は仕方なしに事情を聞いてみる。
すると女性は両手で僕の肩を思いきり掴み、
「だから追われてるんだってば!!」
グワングワンと僕の体を揺さぶりながら叫ぶ。
よくは分からないが誰かに追われているらしい。
だったらひとまず、どこかへ隠れる事が先決か。
「……わわわわ分かりました。じゃあどこかに隠れ――」
だがそうして、僕らがどこかへ身を隠そうとした、その時だった。
「ねーちゃーん。そこにいるんだろー?」
ガラの悪そうな声と共に現れたのは、いかにも素行の悪そうな金髪の男だった。
「ひっ」
女性は小さく悲鳴を漏らし、ベンチの下へとうずくまってしまった。
……なるほどね。僕はだいたいの状況を察する。
ようするにこの女性は、この男に追いかけられていたわけだ。
「……あぁ?」
金髪の男が、突如表情を変える。
その表情の矛先は、間違いなく僕へと向けられていた。
「あぁ? 何だてめぇ?」
なんだと言われましても。
「いや……えと……」
このまま殴られるんじゃないかと思った。
まるで蛇に睨まれた蛙のようにして、僕は硬直する。
だが男の様子が更に、二転三転と変貌を遂げる。
「……おい。おいおいおい! まさかお前もかよ!? こりゃツイてるぜ!」
「……へ?」
なぜか喜びを見せる男。
もはや何が起こっているのか分からなかった。展開が早すぎて思考が追いつかない。
この男を引っ張ってきた女性も、ベンチの下でうずくまったまま、何一つフォローしてくれない。
まさに混沌な状況だった。そんな状況下で男は、両手を大きく広げ、僕らへこう言い放った。
「ようこそ《黒の世界》の掃き溜め、最下層へ! 喜べ、早速俺が歓迎してやるからよ!」
そこでようやく、僕は実感する。いや、実感せざるを得なかったんだ。
今いるここが、元いた世界とは異なる――正真正銘の異世界だという事を。