33話 幼女《ボス》II (1)
「ほら、歩け」
呆然と立ち尽くす僕らへ、背後から男が急ぎ立てる。
「もうちょっと丁寧に扱ってくれんかね……」
「るせぇ!」
矢内さんは平然としていたが、僕は驚愕を隠せなかった。
だってそうだろ。さっきまで僕らは薄暗い、廃墟ビルの屋内にいたはずだ。
それがどうして僕らは今――屋外に立っているんだ?
「どうした、止まったままで」
その声に僕は現実へと引き戻される。
後ろを振り返ると、黒装束が怪訝そうな表情を覗かせていた。
「え、い、いや……」
僕は戸惑い、そして困ったように、
「何が起こったのか……分からなくて」
今ある気持ちを正直に吐露する。
「……まぁ、だろうな」
と、黒装束は一言おいて、
「とりあえず今は黙って進め」
先へ進めと顎でうながす。
僕はビルの方へと振り向き直すとそこにはもう、男と矢内さんの姿はなかった。
どうやら先に中へと入っていってしまったようだ。
「……」
色々と聞きたい事もあった。
だが今は黒装束に従う事にした。
寂れた扉を押し開け、中へと足を踏み入れていく。
暗闇。そして殺風景な部屋がただ漠然と広がっていた。
「まっすぐに進め」
明かりすらもない暗闇を前に立ち止まる僕へ、黒装束は短く命令する。
僕は言われた通り、おそるおそる部屋の奥へと歩みを進めていく。
「――それで、もう一人は?」
徐々に奥の方から、話し声が聞こえてくる。
だがその声は男性のものではなく、少女のような声だった。
「あぁ、それなら今来るはずだぜ」
今度はあの金髪の男の声だ。
どうやら男は、少女らしき人物と会話をしているらしい。
そうこうしている内に、僕らは部屋の一番奥へとたどり着く。
「――ってあぁ。ちょうど来たぜボス」
金髪の男がこちらへ振り向き言う。
しかし僕はここで、ある大きすぎる違和感に直面する事となった。
「……?」
いないのだ。さっきまでここで話していたはずの少女が。
じゃあさっきの少女の声は――?
「やぁやぁ。君がもう一人の白の人間かい?」
ふいに、視線よりずっと下の位置から、少女の声がした。
「え……?」
僕はわけもわからず、その声のする方へと視線をやる。
すると、そこには驚愕の光景が映し出されていた。
「突然この黒の世界に迷い込んで、さぞかし疲れただろう」
なぜなら今こうして僕らに言葉を差し向けるそれは――。
「狭い所だがゆっくりしていくといい」
年端もいかない、幼女だったのだから。
「…………」
言葉が出てこない。
当然だ。こんな大人びた雰囲気を醸し出す幼女など、見たことがないのだから。
……というかこれは本当に子供なのか?
魔法が存在する世界だ。中身が大人の子供がいてもなんら不思議ではない。……気がする。
「いやぁ~それにしてもびっくりだねぇ」
隣で矢内さんが感嘆の声を漏らす。リアクションのわりにはさほど驚いてる様子は見られない。
だがそれでも、この幼女を前に僕と同じ感想を抱いていたようだ。
「失礼だが君はいくつなんだね?」
出会ってすぐにそれは、さすがに失礼すぎじゃ……。
僕は二人のやり取りをハラハラしながら無言で眺める。
「そうだな――私はこの世界で、100年の時を経た事になるかな」
「「えっ!?」」
僕と矢内さんは同時に声をあげる。
だってまさか本当に――。
「というのは嘘だ」
うそかいっ!!
「はっはっは。これは一本取られたな」
いや矢内さんよ、笑い事ではない気が……。
「……ボス、少しいいですか?」
「なんだね、メディン」
唐突に黒装束が口を開く。
同時に僕は今、彼女が《メディン》という名であることを知った。
「恐れながら、提案があるのですが」
「ほう」
幼女はわざとらしく、ニヤリと口の端を釣り上げる。
一体なんだろうと僕が思っていた矢先、メディンはとんでもない事を言い出す。
「この二人を――我々の組織のメンバーに入れるというのはどうでしょうか」
その瞬間、静寂が一気に訪れた。
この場にいる全員が顔を固定したままに微動だにしない。
そんな中、口火を切ったのは幼女だった。
「いやぁ、私もそう考えていたところだ」
再度、静寂が訪れた。




