30話 廃墟の街 (2)
公園を後にした僕は、当然行く宛も無く、ただひたすらに暗闇の中を歩き続けていた。
さっきからずっと、人の気配を全く感じられず、おまけに、延々と路地裏を歩いているような景観が続いているせいで、気が滅入りそうになる。
「誰か~……」
力なく叫ぶ。
だがそれでも、返事はおろか、物音一つすらも返ってこない。
「疲れた……」
遊木と別れてから、どれくらいの時間が経っただろうか。
時間を確認しようにも、携帯は電源すら入らない。
体力的にも、精神的にも、疲労がピークに達しようとしていた。
……だめだ。これ以上歩けない。
ひとまず、どこか休める場所を探そう。
「……と言っても」
どこを見渡そうと、廃墟のような建物しか目に入ってこない。
あんな場所じゃ、一晩過ごす事はおろか、風をしのぐことさえも疑わしい。
だが、これ以上、僕に行く宛が無いというのもまた現実だった。
「仕方ない、か……」
僕は小さく呟き、適当に目に入った小さな廃墟ビルへと足を踏み入れていく。
入ってすぐ、まず目に飛び込んできたのは、上へと続く階段だった。
外装ほどではないが、だいぶ老朽化が進んでいた。
僕は慎重になりながら、ゆっくりと階段を登っていく。
「ここが最上階か……?」
ほどなくして、最上階であろう3階へとたどり着く。
右と左、両サイドに二つの部屋が点在していた。
特に意味は無いが、僕は左の角部屋を選択する。
「……」
僕は覗き込むようにして、部屋の中を慎重に確認する。
するとそこは、物一つ置かれていない殺風景な一室だった。
幸か不幸か、人もいなさそうだ。
僕は安全である事を確認し、
「よし」
そうして部屋へと足を踏み入れた、次の瞬間。
「ぐぇっ!?」
――突然、何者からか首を絞めつけられる。
「――っ!」
声をあげようにも、思うように息が吸い込めない。急激に意識が遠のいていく。
焦燥感の中、僕は名も知らぬ相手の腕を必死にタップする。
「……む?」
そんな僕の白旗が届いたのか、相手は絞めつけを一気に解いてくれる。
「……っ! ゴホッ、ゴホッ!」
圧迫感から解き放たれた僕は、そのまま地面へとへたれ込む。
「いやぁ、すまんすまん。私はてっきり、追手が来たのかと」
すると、なぜか声の主が僕へと手を差し伸べた。
僕はその手に引かれ、ゆっくりと立ち上がる。
「――私は矢内。君の名前は――?」
ニカッと笑みを浮かべるその男は、どこにでもいそうな中年の男性だった。
――――――
――――
――
―
「では、君も同じようにして、この世界へと迷いこんだ。そういうことだね?」
「えぇ……まぁ」
突然現れた、この矢内という男性。
それは僕と同じ、この世界へと迷いこんでしまった、言うなれば同じ境遇の者だった。
ようやく見つけた人。それも同じ境遇者。嬉しくないわけがなかった。
「……そういやさっき、追手と間違えたとか言ってましたよね」
下手したら、あそこで死んでた可能性もある。
「はっはっは! いやぁ、この世界に来てから、なぜだかは分からないが、物騒な人間達に追われる事が多くてな!」
それは笑い事ではないです。
「でも、もし僕が追手だったとしたら、首を絞めつける程度じゃどうにもならないんじゃ。なんせ奴らは――」
「――異能力者だから。そう言いたいのだろう?」
僕の言葉を借りるようにして、矢内さんは言う。
「確かにこの世界の人間は、どういうわけか、我々の常識の範疇を超えた異能の力を扱う」
「だったらどうして、あんな事を……」
そんな僕の問いに、矢内さんは当たり前だと言わんばかりに、
「なぁに。たとえ彼らが異能の力を持っていようと、使わせる前に倒してしまえば、ただの人間同然。そうだろう?」
「…………」
……いや。確かにそれは正論であり、理にかなってはいる。
ようは、やられる前にやれの精神の事を言っているんだろう。
だが、たとえそうだったとしても、
「……危険すぎるでしょう。中には、炎を操る能力者だっているんですよ……」
脳裏に浮かぶ、あの地獄絵図。そして炎を操る男。
あんな相手、小手先でどうにかなるレベルを超えている。
「なにっ! 炎を操る者まで存在するのか! いやぁ君も災難だったな! はっはっは!」
いや、だから笑い事じゃないです。
……まぁ結果的に、僕だったからよかったけど。
「それで、えーと……白崎君だったかな? 君は何か、元の世界へ帰るための、手がかりを持っているかい?」
「こっちが聞きたいぐらいです……」
どうやら向こうも、帰る方法を知らないらしい。
まぁ知ってたら、こんな場所にいないか。
「ふむ、困ったね……」
「……ですね」
この時、僕の意識は眠気で朦朧としていて、この後矢内さんと、どんな話をしたのかよく覚えていなかった。
他愛もない雑談。元の世界では何をしていたのか。たぶん、そんな、帰る手がかりとは何の関係も無い話をしていたと思う。
でもこれは、今でもはっきりと覚えていた。
なんせそれは、僕の眠気を容易にふっ飛ばすほどの出来事だったのだから。
――そう。まさに僕が眠りに落ちるか、落ちないかの瀬戸際。
カツン、カツン。
突如、下の階から、足音が聞こえてきた。
「「っ!?」」
僕と矢内さんは、ほぼ同時にハッとし、顔を見合わせた。
足音が近くなってくる。どうやら階段を上ってきているようだ。
僕は矢内さんへと、どうしたらいいのか、必死に視線だけで訴えかける。
すると矢内さんは僕の耳元で、
「――作戦がある。一度しか言わないから、よく聞いてくれ」
逃げ道が無い状況で、即興の迎撃作戦が始まる。