28話 幼馴染II
「どうしたよ守、まるで世界の終わりみたいな顔して」
こんな状況でも、目の前の親友は、軽い口調で言う。
あたかも、今いるここが、いつもの平和な日常であるかのように。
でも今いるここは、決して日常ではない。
「どうしたって、こんな状況で何を言って――!」
僕は遊木へと詰め寄る。
すると、遊木はきょとんとした表情で、
「こんな状況?」
何もおかしい事は言ってないはずだ。
なのにどうして、そんな怪訝そうな表情でこちらを見ているんだ。
「よーし、まもる。まずは落ち着け、そして深呼吸だ」
「何をそんな悠長な――」
「いいからいいから。さん、はい」
僕は仕方なく、深呼吸をする。
「よし、じゃあ何があったか聞こうか」
少しだけ落ち着きを取り戻した僕は、順を追って、今までの出来事を説明していく。
「……気づいたら知らない場所にいて……人が焼け死んで……えーと……」
だが混乱しているせいか、うまく説明できない。言葉も思うように出てこない。
そんな僕に、遊木は助け舟を出した。
「ようするに守は、今まで知らない場所にいたと?」
しかしそんな助け舟に、僕は強烈な違和感を覚えた。
「今まで……? 何を言ってるの遊木。今もでしょ?」
すると、遊木は更にきょとんとした表情で、
「まもる、落ち着いて周りをよーく見てみ?」
僕は言われた通り、視界を360度旋回させる。
そして、今日何度目かも分からない、驚愕をする。
「あ、れ……?」
公園の外――そこは僕もよく知る、見慣れた住宅街だった。
「まもる……お前疲れてるのか?」
遊木は心配そうに言った。
「ち……違う。違うんだ。嘘じゃない、本当なんだ全部」
僕は涙目で、そして弁解するように、遊木へと詰め寄る。
「お、落ち着けって。ほら、とりあえずそこのベンチにでも座ろうぜ?」
そんな親友の言葉に、僕は取り乱していたことに気がつく。
「ご、ごめん……」
とにもかくにも、ひとまずベンチへと腰掛け、落ち着かせる事を最優先とした。
――――――
ベンチに座り、完全に落ち着きを取り戻した僕は、今までの出来事を事細かに説明した。
気がついたら知らない場所にいたこと。そしてそこで不良に絡まれ、そして――。
「炎を操る男に出会った、と」
「うん……」
短く僕が肯定すると、遊木は何かを考えるように無言で遠くをみつめていた。
静寂が30秒ほど続いた頃だろうか。突然、遊木は僕の顔をじっと見つめ、
「まもる、それは本当なんだな?」
「ほ、本当だよ……」
それは久しぶりに見る、遊木の真面目な表情だった。
「ふーん……」
遊木は小さく声を漏らすと、再び遠くを見つめ、無言になってしまった。
今遊木は何を考えているのか。実は信じてくれていないのではないか。
そんなもやもやとした感情が募っていく中、
「なぁ、まもる。こんな都市伝説知ってるか?」
遊木は突然、脈絡のない事を言い出した。
「いきなり何を言って――」
「いいからいいから。これは有名な都市伝説なんだけどさ」
僕の声を遮り、強引に話し始める遊木。
……仕方がないので黙って話を聞く。
「今、オレらがいるこの世界とはまた別に、もう一つ世界が存在しているらしいんだ」
「そんな漫画みたいな話……」
そんな話、本来だったら信じるに値しないものだ。
……そう、本来なら。
「まぁまぁ。でさ、まもるはパラレルワールドって知ってるか?」
――パラレルワールド。それは漫画やゲームで聞いたようなワードだった。
「えと、確か、分岐した世界……みたいなのだっけ?」
たどたどしくも、僕はなんとか記憶を掘り起こしてみる。
「そう、例えば道に10円が落ちてました。ほとんどの人の選択肢は"拾うか"、"拾わないか"の二択だろ?」
「まぁ……」
たいていの人はスルーするだろうけど。
「ということはだ。この時点で二つの可能性が生まれてるんだよ。拾った世界と拾わなかった世界の二つの可能性が」
思わずなるほどと言ってしまいそうになるような分かりやすい説明だ。
「じゃあ話を戻すけど、さっき言ったもう一つの世界の話」
唐突に話は本題へと戻る。
「そのもう一つの世界ってのがどうやら――魔法が発達していった世界らしいんだよ」
僕はその瞬間、まるで頭を思いっきり殴られたかのような感覚におちいった。
「魔法……。まさか……」
突然現れた見知らぬスラム街。
そして炎を操る男。
頭の中で徐々にピースが合わさっていく。
「そうだよ、そのまさかだよ、まもる」
否定したかった。そんな事はありえないと、声を大にして。
だが、今もなお困惑する僕に対し、親友は一つの答えを突きつける。
「まもるは今まで、そのもう一つの世界にいたんだよ」
それは決して逃れようのない現実だった。
――――――
――――
――
―
「……」
突然、突きつけられた現実に、僕は言葉を失っていた。
だがそれでも遊木は、更に僕へと現実を突きつけていく。
「混乱しているところ悪いんだけど、この話には続きがあってさ」
これ以上何があるというのか。
僕は無言のまま、耳を傾ける。
「ほら、最近全国で多発してるあの事件あるだろ?」
「あぁ……あの……」
それはニュースに疎い僕でも知っているほどに、今、世間を騒がせている失踪事件。
「表向きでは誘拐だなんだって言われてるけど、ありゃあ――」
僕は遊木の言わんとする事をいち早く察する。
「――みんな、もう一つの世界に迷い込んでしまったってこと?」
なんとなくは予想していた。
今まで僕が体験してきた事と、この事件に関係性があるということぐらい。
現に、こうして戻ってこれなかったら、僕も失踪被害者となっていたからだ。
「……ねぇ遊木。僕はどうしたらいいと思う」
僕はうなだれ、隣に座る親友へと問いかける。
もはやどうしたらいいのか分からない。
おそらく警察に駆け込んでも信じてもらえないだろう。なにせ証拠がない。
まさに絶望的状況ともいえる中、遊木から返ってきた言葉はひどく楽観的なものだった。
「うーん。まぁとりあえず今は家に帰って休んだ方がいいんじゃね?」
……そんな悠長な事していていいいのだろうか。
「いや、でも……、また同じような状況になったら……」
……そう、また同じように、この世界に戻ってこれるとは限らない。
「まぁこっちはこっちで対策考えとくからさ。お前もあんまり気張り詰めんなよ。何事もなく解消されるかもしれないしな」
遊木はあくまでも楽観的に、そして励ますように言った。
そんな遊木の態度に僕は、不安と距離を感じた。
「んじゃ、俺も帰るから。まもるも頑張れよ!」
そう言うと遊木は、おもむろにベンチから立ち上がった。
「……っ!」
その刹那――強烈な目眩、そして焦燥感が僕を襲った。
なぜだかは分からない。なぜだかは分からないが――なぜか僕はここで、遊木を絶対に帰してはいけないような気がしたのだ。
何か声をかけなきゃ。そんな葛藤が体の内を渦巻く。
そうして僕が迷いを見せている内に、徐々に親友の背中は遠くなっていき――。
「あ……」
気づけば遊木の姿は、完全に暗闇へと溶け込んでいってしまった。
なぜだか僕は今、途方もない喪失感にさいなまれていた。
何か大事なことを忘れているような気がする。でも何かは思い出せない。なんとも、もどかしい気分だ。
「……帰るか」
結局その答えは導かれぬまま、僕は重い腰をあげ、帰路へとついた。
――だがこの時、僕は知る由もなかった。
決して逃れようのない非日常が、すぐそこにまで迫っていた事を。




