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魔力ゼロの迷い人  作者: お茶
ルートⅠ
3/50

3話 幼馴染

「……んん」


 意識が徐々に、鮮明となっていく。

 目を開けるとそこは、自宅であるアパートの一室だった。

 真っ暗の部屋の中、電源を入れっぱなしにしていたパソコンが、チカチカと存在感を放つ。

 僕は寝ぼけ眼をこすりながら、枕元に置いてあった携帯を手に取り、時刻を確認する。

 するとちょうど、夜の7時をまわるところだった。

 朝方に帰宅してからずっと眠っていたので、かれこれ12時間は眠っていた事になる。


「はぁ……」


 果てしなく気が重い。理由は他でもない、昨晩のあの出来事(・・・・・)のせいだ。

 できれば何も考えたくないし、何もしたくなかった。このまま二度寝に突入しようとさえ思ったほどだ。

 だがそれでも、今の僕には決して避けることのできない、人間の三大欲求というものがあった。


「……お腹空いた」


 それは食欲。

 つまり今の僕は、決して逃れようのない空腹に見舞われていたのだ。


「……コンビニ行くか」


 僕は仕方なしに体を布団から無理矢理起こし、壁にかけてあったパーカーを羽織る。

 そして財布とスマートフォンを持ったことを確認し、足取り重く玄関へと向かう。

 だがそうして、今まさに玄関の扉を開けようかというタイミングで動きが止まる。


「……さすがに不用心すぎるだろうか」


 もしかしたら昨晩の男が待ち伏せをしているかもしれない。そんな悪寒。

 未だに実感はない。だがそれでも、確かに僕は昨晩、間違いなく死にかけたのだ。

 次も生きていられる、そんな保証はどこにもない。

 ――だがしかし。


「……さすがに何も食べないってのはな……」


 僕は短く深呼吸をし、勢いよく玄関の扉をあけた。

 ふいに一筋の風が吹き込み、頬を軽くなでた。

 今日は少し風が強めだろうか。しかし今はそれが妙に心地よかった。


「さて、と……」


 鍵をかけたことを確認し、アパートの階段をゆっくりと降りていく。

 近所から漂う夕飯の匂い。どこからか聞こえてくる家族団らんの声。

 そして仕事帰りのサラリーマンに、ジョギング中のおじさん。

 昨日の非日常がうそみたいに、そこは日常で溢れていた。



――――――

――――

――


 アパートを後にした僕は閑静な住宅街を抜け、コンビニが位置する賑やかな大通りへと来ていた。

 ちなみに、ここに来るまで何事もなかったわけだが、それはそれでなんだか拍子抜けではあった。

 ……まぁ杞憂で終わったのなら、良い事なんだけどさ。

 とまぁ、そうこうしているうちに僕は、無事コンビニへと到着する。

 『おにぎりキャンペーン!』という否が応でも目に飛び込んでくるポスターを横目に、いざ入店しようとした、その時だった。


「あれ? まもる?」


 ふいに、後ろから声が飛び込んできた。


「っ!?」


 心臓が止まるかと思った。

 僕はそのまま後ろへと振り返る。


「おー、やっぱりまもるじゃん。なになにそっちも夕飯?」


 するとそこには、まるでモデルのような好青年が立っていた。

 まさに住む世界が違うというべきか、僕と比較すれば月とスッポン、陰と陽だった。

 だが僕は、そんな好青年をよく知っていた。


「……なんだ遊木か、驚かせないでよ。まぁそんなところ」


 この高身長、爽やかイケメンは藍上遊木(あいがみゆうき)

 彼は小学校からの幼馴染であり、数少ない親友だった。


「いやぁ久しぶりだなー。お前放っておくと全然連絡くれないからなー。かえでなんてずっとお前の事を気にかけ――おっとこれは内緒だった」


 ちなみに今、遊木が話に出した"楓"というのは、立花楓(たちばなかえで)の事であり、彼女も同じ幼なじみだった。

 今でこそ3人で遊ぶことは少なくなったが、昔はよく3人で遊んだものだ。


「あぁごめん。まぁ楓には適当に生存報告しておいてよ」


 僕はいつもの感じで遊木へと返した――つもりだった。

 だが、遊木は何かを感じ取ったのか、


「……あれ。まもるなにかあった?」


「へっ!?」


 図星を突かれ、思わずたじろぐ。

 なぜならここで、『何も無かった』とは返せなかったからだ。


「えーと……その……」


 一瞬迷う。あの事(・・・)を言うべきか、言わないべきか。

 だが一瞬の迷いを経て、僕は決心する。


「……あのさ、相談があるんだけどいいかな?」


 昨晩のあの出来事を、遊木に打ち明けてみようと。

 そんな無謀ともいえる決心。


――――――

――――

――


 コンビニを後にした僕と遊木は、住宅街の中に位置する、小さな公園へと足を運んでいた。

 夜の閑散とした住宅街という事もあってか、僕ら以外には誰もおらず、話をするにはうってつけの環境だった。

 そこで僕らは、入口近くにベンチへと腰掛け、コンビニで買ったおにぎりを頬張りながら話をする事になった。


「実は……」


 そして打ち明ける。昨晩の出来事を。

 気づいたら知らない場所にいた事。そして――あの炎を操る男の事。

 全てを包み隠さずに。


「――って事があったんだけどさ……」


 短い時間で、大方の内容を話し終える。

 それを隣で聞いていた親友はというと、


「…………」


 おにぎりを咀嚼しながら、どこか神妙な面持ちで遠くを見つめていた。

 ……まぁどうせ信じてもらえないだろうなと、この時はそう思っていた。

 だが遊木の返答は、そんな僕の予想を裏切るものだった。


「おいおいまもる……それ本当か?」


 驚く事に、その表情に疑いの色は一切なかった。


「……う、うん」


 僕は短く肯定する。


「うーん。知らない場所に、炎を操る男ねぇ……」


 遊木は腕を組み、体を小さく揺らしながら、


「警察……は信じてくれないだろうなぁ」


「そう、だよね……」


 警察を頼る事は真っ先に考えた。

 だが遊木の言う通り、こんな話(・・・・)、到底信じてはもらえないだろう。


「うーん。とりあえず昨日の今日なんだろ? だったら今日はもう休んだ方がいいんじゃね?」


 遊木は唐突に、僕の体調を心配し始める。

 だが心身共に疲れていたのは事実だったので、ここはお言葉に甘えさせてもらうことにする。


「……じゃあそうさせてもらおうかな」


「まぁこっちはこっちで対策考えとくからさ。お前もあんまり気張り詰めんなよ。何事もなく、解消されるかもしれないしな」


 そう言うと遊木は、まるで活を入れるようにして僕の背中を軽く叩くと、4分の1ほど残ったおにぎりを一気に口に放り込み、


「んじゃまたな!」


 ベンチから立ち上がり、いつもの調子で颯爽と、暗闇の中へと消えていってしまった。


「……相変わらずだな」


 そんな友人を見送った後、しばらくしてから自分も公園を後にした。

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