26話 炎に包まれた男II (1)
「お前が……この世界をこんな風にした張本人か?」
「……そうだが、なにか?」
暗闇の中、2つの声が聞こえる。
これは夢だろうか。
「どうしてこんな酷い事を……」
「人聞きの悪い事を言わないでくれ。私はただ、2つの世界をあるべき姿へと、戻そうとしてるだけではないか」
なにやら、穏やかではない雰囲気だった。
「ふざけるな……。そうやって、何人もの罪のない人達を、巻き添えにしてきたんだ……!」
その声は怒りに震えていた。
それにしても、なんだろうか、この夢の内容は。
全く見覚えがないのに、中途半端に鮮明だ。
「……彼らは必要な犠牲だったのだ。――そして君も、例外ではないのだよ」
「やってみろ!」
そこで夢は、プツッと途切れてしまった。だが最後に、僕は重大な事実に気づいてしまう。
最後の声が――自分自身の声だったという事に。
――――――――
「んん……」
目をこすり、辺りを見渡すとそこは、見慣れたいつものアパートの一室だった。
……そういえば今日は、大学の補修をさぼって、家でずっとネトゲして……そのまま疲れて寝てしまったんだっけ。
パソコンの明かりが存在感を放つ真っ暗な部屋の中、スマートフォンを手に取り、時刻を確認すると、夜の7時をまわろうとしていた所だった。
「はぁ……」
僕はため息は漏らしつつ、なんとなしにテレビの電源を入れる。
『現在、全国で多発している失踪事件ですが――』
緊急特番だろうか。
それは今、全国で多発しているらしい、失踪事件を扱ったニュース番組だった。
「……物騒だなぁ」
事の始まりは、子供の失踪だった。
この時点では、単なる誘拐事件として扱われていた。
だが問題はそこからだった。
その事件を皮切りに、一日一人のペースで、誰かが失踪するようになったのだ。
さすがに異例すぎる事態に警察、そして国までもが緊急体制を取り、捜査に力を入れていたが、依然犯人は捕まっていなかった。
しかし、そんな事件にもある共通点があった。
それは――。
『ですから、一人での行動は極力避け――」
失踪した人達みな、なんの形跡も残さず、失踪してしまったという事だ。
つまり証拠は何も残ってない。警察からしてみれば、ほぼお手上げ状態ともいえた。
だが、そんな恐ろしい事件に対し、世間の人々はどこか半信半疑でいた。
当然だ。なぜなら、この事件が非現実的すぎるからだ。
結局、人間という生き物は、自分が確認するまで信用できないのだ。
――僕も例外ではなかった。
「……まぁ大丈夫でしょ」
時刻は夜の7時過ぎ。8月も残り僅か。
うだるように暑かった気温もだいぶ下がり、半袖で過ごしやすい環境になっていた。
そんな中で僕はいつも通り、夜食を調達するために、コンビニへと向かった。
――――――
――――
――
―
何かがおかしい。
最初はそんな小さな違和感から始まった。
「……まだ7時過ぎだよな」
確かに、この辺り一帯は、閑静な住宅街だ。
大通りから少し離れてるという事もあってか、人とすれ違う事もほとんどない。
だけど、この状況は少しばかり異常だった。
「……ちょっと静かすぎ……ないか?」
どこからか聞こえてくる楽しそうな声。どこからか漂う夕食の香り。
たまにすれ違うジョギング中のおじさん。仕事帰りのサラリーマン。
そんな当たり前の日常。それが今となっては、どこにも存在していないのだ。
「そんなはずは――」
僕は不安になり、とっさに辺りを見渡す。
そして、即座に息をのんだ。
「――っ!?」
ある異変に気がついてしまったからだ。
なぜなら、辺りを見渡せばそこは――。
「なんだよこれ……」
全てが見たこともない場所だったからだ。
知らない道に迷い込んだとか、そういう次元じゃない。場所そのものが違っていた。
さっきまで僕は住宅街を歩いていたはずだ。それがどういうわけか、僕は今、寂れたスラム街に立っていた。
「まさか……」
ふと脳裏によぎる、あの事件。
嫌な予感が、僕の中を漂い始める。
「そうだ携帯は――」
僕はとっさにスマートフォンを取り出し、現在地を確認しようとする。
しかしそこで、またもや大きな異変に直面する事となった。
「……どうして電源がつかないんだ」
付かないのだ。どれだけ電源ボタンを押そうとも。
おかしい。こんなはずはない。なぜなら家を出る直前まで、ちゃんと充電していたからだ。
「……はぁ」
僕はため息を漏らし、電柱へともたれかかる。
……最悪だ。僕はただ、コンビニに行こうとしていただけなのに。
それがなんだこの状況は。
「……笑えない」
どうしようもない状況に、僕が絶望していた、その時だった。
「おい! あそこに人がいるぞ!」
「おいマジか!」
それは二人の男性の声だった。
「人……?」
僕は目を細め、声のする方を注意深く観察する。
すると、向こう側から、二人の男性がやってきた。
「あっいたいた! おーいそこの人!」
そうして現れたのは、金髪の男と黒髪の男――見るからに不良の二人組だった。
歳は同じぐらいか、はたまた上か――って、今はそんな事どうでもいい。
僕はさっそく、二人の男と接触する。
「あ、あの、道に迷ってしまって――」
だが僕が声をかけようとした次の瞬間、金髪の男はとんでもない事を言いだした。
「ねぇねぇ兄ちゃん。俺ら道に迷っちゃってさ、今困ってるんだ。だから金貸してくんない?」
「……え?」
思わず耳を疑った。
驚く僕を無視して、金髪の男は続ける。
「いや、だからさ、ちょーっち金貸してほしいんだわ」
「……」
言葉が出てこない。
「おーい。しかとかー?」
金髪の男が、顔を覗き込んでくる。
そこで僕はハッとし、
「あ、あの、そんなことより、この状況から抜け出す方が先決じゃないですか?」
至極当然の提案だった。
だが男は、何かが癇に障ったのか、
「はぁ~? だから、そのための金をよこせっつってんだろうが」
少しキレ気味で、僕へと詰め寄った。
そんな一部始終を見ていたもう一人の不良が、
「はぁめんどくせぇ……。もうボコって終わりでいいっしょ」
「えっ?」
それは言葉の意味を理解する前にやってきた。
「オラァっ!」
「ぐぇ!?」
金髪男のボディーブローが、僕のみぞおちに見事に決まった。
それは、引きこもりをKOするには、十分すぎるほどの威力だった。
「――っ! ガハッ! ゴホッ!」
僕は痛みに耐えきれず、地面に倒れ伏す。
「もう一度言うぞ――少しばかり俺らに金を貸してくれねぇか?」
……確か財布の中には一万円が入っていたはず。
それを失うのは、相当な痛手だ。
だけど……もう痛いのは嫌だ。これを渡せば、とりえあえず暴力は振るわれなくなる……。
だったら――。
「あ、あの……」
そうして僕がポケットから、財布を取り出そうとした、その時だった。
「キミたち――」
突然飛び込んできた、また別の声。
突然、男達の背後に現れた人影。
「魔力の反応がないってことは、向こうの人間って事でいいんだよね?」
それはどこにでもいるような、スーツを着た、サラリーマン風の男性だった。