23話 ルート:バッドエンド (1)
――この、黒の世界に来て、一週間が経った。
なぜ、そんな事が分かるのかと問われれば、簡単な事だった。
なぜなら、この世界の法則や常識は、僕がいた世界と、ほとんどなんら変わりないからだ。
西暦、日付の概念、そして言語。
違った点があるとすれば、やはり、魔法と呼ばれる力の存在ぐらいだろうか。
「はぁ……」
朝――。
僕は居候として与えられた、とある一室のベッドの上で、一人ため息をついた。
もう説明不要かもしれないが、僕はあれから、メディンの家で世話になっている。
元の世界に帰るまでという、名目の元でここにいる。
「やっぱり点かない……か」
僕は、物言わなくなったスマートフォンを手に取り、再び大きなため息をついた。
どういうわけか、あの着信以来、スマートフォンは再び文鎮と化してしまった。
……どうしてあの時だけ、電源が点いたのか。そして、あの電話主は一体誰だったのか。全てが謎に包まれたままだ。
当然、帰る手がかりも、未だ見つかっていない。
矢内さんと、帰る方法を少しだけ模索はしてみたが、どれも効果は無く、進展もなかった。
つまり、今の僕の状況は、完全に手詰まりと言えた。
「本当に帰る方法なんてあるのかなぁ……」
そうやって僕が一人、ベッドの上でうなだれていた時だった。
「おい! いつまで寝ている!」
扉の向こうから、怒声にも近い声が飛び込んでくる。
言うまでもない。メディンの声だ。
「はいはい……今起きますよ……」
僕はしかたなく体を起こし、リビングへと向かう。
「遅いぞ! 今日は朝早くにボスが来ると言っただろう!」
開口一番、言葉だけで僕へと詰め寄るメディン。
でも彼女は別に、怒っているわけじゃない。これが彼女の平常運転なのだ。
さすがに一週間も一緒にいれば、だいたい分かってくる。
「来るのは9時でしょ……。まだ8時半じゃん……」
そういえば今日は、あの幼女が、訪ねて来るらしい
僕は特に何も聞かされてないが、おそらく組織の依頼がらみの話だろう。
どちらにせよ、僕には関係のない事だ。
「まぁいい。さっさと朝食を食べて支度をしろ!」
「へいへい……」
僕は適当に席へとつき、大して食欲もない状態で、朝食へとありつく。
……なんだか、この世界に来てから、妙に規則正しくなってしまったような気がする。……まぁ悪い事ではないんだけどさ。
そうして僕が、黙々と朝食を食べ始めて、少し経った頃。
トントン、と、玄関の方から、軽いノック音が飛び込んできた。
「来たみたいだ」
メディンは小走りで、玄関へと向かう。
「やぁやぁ、朝早く済まないね」
あの声が聞こえてくる。
やがてその声の主は、リビングへと現れ、
「やぁおはよう、白崎守君。調子はどうかね?」
やぶからぼうに調子はどうだと言われても、返しに困る。
「ええまぁぼちぼち……」
それにしてもなんというか……この光景は、何度見ても慣れない。
一見、可愛らしい見た目の幼女。だが中身は、おぞましい悪魔――なんて、本人の前で言ったら、酷い目に合わされそうだからこれ以上は止めておく。
「食事中のところすまないが、話を始めさせてもらうぞ?」
僕の対面に、ちょこんと腰掛ける幼女。
遅れてメディンも席に着く。どうやら話が始まるようだ。
「さて、話というのは、今回舞い込んできた依頼の事だ」
やはり依頼の話のようだ。
だがこうして、わざわざ話をしにくるという事は、
「……危険なんですか?」
僕が思っていた事を代弁するように、メディンが問いかける。
すると、幼女は少しうつむきながら、
「いや、なんてことない、ただの運搬の依頼なんだが――少々、きな臭くてな」
「どういう事ですか……?」
「肝心の届け先が、《ガウント》なんだ」
そこは忘れもしない、あの双子に襲われた、立入禁止区域だった。
「それは……その、間違いとかではなく……?」
「あぁ。確かに、ガウントと記載されていたよ」
なるほど、確かにおかしな話だ。
「……罠って事ですか?」
「可能性は高いな」
会話半ば、朝食を食べ終えた僕は、
「だったら断ればいいのでは?」
すると隣に座っていたメディンが呆れたように、
「……そんな簡単な問題じゃない」
補足するように幼女が、
「その通り。これは組織の信頼関係に、影響する問題だ」
「それってどういうこと……?」
意味が分からず、僕は質問する。
「そもそも、最下層に住まう我々に、選りすぐりできる権利はないのだ。我々が断れば、依頼は他の組織に回されるだけの話。そうして行き着く先は――白崎守君、分かるね?」
「……なるほど」
ようするに、依頼を断れば、組織全体の信用が下がり、みなが路頭に迷うということか。
「……分かりました、受けましょう」
考えた末、メディンは受ける事を決意する。
だが僕には一つ、素朴な疑問があった。
「その依頼は、メディンが受けないとだめなの?」
罠だと分かっているなら、メディンじゃなく、もっと強そうな人が行けばいいのでは。
「そこが最もきな臭い点。なぜか依頼主はメディンを名指しで指名しているのだ」
「え……」
僕は思わず、隣のメディンを見やる。
すると当の本人は気づいていたのか、
「……というわけだ」
ただ一言。
「さて、白崎守君。通常の依頼であれば、いつも通りメディンに、同行してもらうはずだったのだが……」
幼女は、どこかバツが悪そうに、
「今回は無理に参加しなくてもいい。なにせ、何が起こるかは私にも予想がつかない」
この時、僕は内心ホッとしていた。
なぜなら、そんな物騒な話、誰だって首を突っ込みたくはないからだ。
だが僕は何気なく、隣に座るメディンを見て、後悔する事となった。
「……!」
なぜならそこには、どこか悲しげにうつむく、メディンの姿があったからだ。
あれだけ普段は強気の彼女が、初めて見せる、弱々しい部分。
そんな彼女の姿を見てしまった僕には、もはや『行かない』というルートは存在せず、半ば強制イベントのごとく、選択肢は決定されてしまった。
「その依頼……僕も行きます」
僕は観念したように言う。
だがこの時、僕は知る由もなかった。
この選択肢が、破滅へと進む最悪なルートだという事を。