SS 漆黒の狩人
時刻は夜更け過ぎ。そこは辺り一帯が完全に静まり返った、とある廃墟の街。
そんな暗闇と静寂の中、息を切らし走る、一人の男性がいた。
「はぁっはぁっ……! くそっなんなんだ一体!」
男性は走りながら、悪態を吐き捨てた。
そんな男性はやがて、体力が尽きたのか、走ることをやめ、近くの電柱へともたれ掛かった。
「――追いかけっこはもうおしまいですか?」
後ろから男性を刺すような声。
そこに立っていたのは、どこにでもいそうな、サラリーマン風の男だった。
「なっ、なんなんだよお前はぁ! 俺が何をしたっていうんだよ!?」
男性は悲痛な表情で叫ぶ。
対照的に、目の前の男は涼しい顔で、
「あぁ別に、あなたが何をしたとか、そういうのはどうでもいいので。ただ私は、業務をこなすだけなので、お気になさらず」
そしてそれは突然に起こった。
男の周囲で音を立て、なんと、渦状の炎が燃え上がった。
「なっ!?」
そんなありえない光景を前に、男性が驚きの声をあげる。
「な……なんなんだよ……うそだろおい……」
今にも泣きそうな男性。
対して目の前の男は、そんな様子を気にも止めず、
「じゃあさようなら」
渦状の炎が、一斉に、男性へと襲いかかる。
「うわぁあああああああああ!?」
炎に飲まれた男性が、廃墟の街に、断末魔を響かせる。
やがて男性の声は途切れてしまい、十秒経ったか、経たないかぐらい。
「さて、と」
男は指を鳴らす。
すると、さっきまで男性を焼き尽くしていた炎が、一瞬にして、どこかへと消え去ってしまった。
そこに男性の姿はなく、あるのは黒い塵となった、何かだけだった。
「次の世界の亀裂地点は――」
だが男の興味は既にそこにはあらず。男は一枚の用紙を、街頭の下で確認していた。
やがて用紙を二つ折りにし、スーツのポケットへとしまうと、男は暗闇に溶けこむようにして、この場から消えてしまった。
黒の世界――最下層へと迷いこんだ、哀れな獲物を狩るべくして。