21話 特異体質者《イレギュラー》 (1)
無事依頼を終え、ガウントを後にした僕らは、再び、あの幼女がいる建物へと戻ってきていた。
「ボス、戻りました」
殺風景で薄暗い部屋の中、メディンが叫ぶ。
だがそれに対して、返事はなかった。
「……ボス?」
不審に思ったのか、メディンは急いで部屋の奥へと、足を進めていく。
僕も慌てて、その後を追いかけていく。
そうして僕らが、部屋の奥で見たものは、なんと――。
「むにゃ……」
……机に突っ伏して眠る、幼女の姿だった。
僕らがあんな目に合っていたにも関わらず、それは気持ちよさそうに寝ていた。
「……ボス」
メディンも呆れていた。
「むぉ……んん……?」
ようやく気がついたのか、幼女は寝ぼけ眼をこすり、上半身を起こした。
「ん、お、おおう! メディンか! ご苦労だった!」
必死に体裁を保とうとしているみたいだが、明らかによだれが垂れていた。
「これが例の物です」
そんな幼女に特に言及もせず、メディンはオールドメタルを手渡した。
「ほう……これが……」
幼女は受け取ったそれを手のひらに乗せ、まじまじと見つめる。
やがて、それを巾着のような入れ物にしまい、
「さて、これが今回の取り分だ受け取ってくれ」
また、別の巾着のような入れ物をどこからか取り出し、交換するようにしてメディンへと手渡した。
中からは、何やらジャラジャラと、硬貨がこすれるような音が聞こえてくる。
「向こうでは、何か変わった事はあったかね?」
机に両肘をつき、メディンに問いかける幼女。
「……ルーリーとフィリアが、奇襲を仕掛けてきました」
メディンはガウントであった出来事を、簡潔に伝えた。
「ほう、あの青緑姉妹が……。それで、大丈夫だったのか?」
「えぇ、なんとか。その事なんですが……」
「ん?」
なぜかこっちを見るメディン。
「……ほう、彼がまた?」
「えぇ……」
すると幼女は、にやりと笑みを浮かべ、
「そうか……そうかそうか。やはり私の推測は正しかったようだな!」
なぜか嬉しそうに、机へと体を乗り出した。
「さて、白崎守君! 新人団員である君に一つ、言わなければならない事がある!」
「な、なんでしょう」
突然の展開に僕が緊張する中、幼女は僕に指をさし、こう言い放った。
「喜べ! 君には特異体質者としての素質がある事が判明した!」
「……」
今、僕が思っている事を、そのまま口に出すとこうだ。
「何を言っているのかさっぱり」
そんな至極当然の返答に、幼女は、
「あぁ、すまんすまん。君は向こうの人間だったな。なら知らないのも無理もない」
こほん、とわざとらしく咳払いをし、椅子に座り直す。
「特異体質者と書いてイレギュラーと読む。この世界で特別な力を持った者達の事をそう呼んでいる」
そして更に、わけのわからない事を言い出した。
「……それで?」
「以上だ」
あろうことか、そこで説明は終了した。
「えっ!? 終わり!?」
「なんだ、まだ説明がいるのか?」
むしろ今の会話の中で、説明らしい説明があっただろうか。
否、無かったと断言できる。少なくとも、僕に分かる範囲内では。
「いや……えと……つまり、僕がその、特異体質者であると?」
僕は順を追って、確認していく。
「そうだ」
と短く一言。
「いや、そもそも特異体質者ってなんなのさ……」
話はまずそこからだ。
「んーつまり君には、特殊な能力が秘められていると、そう言えば分かるかな?」
「僕に特殊な能力が……?」
ここでようやく、この幼女の言っていることが、なんとなく分かってきた。
「そうだ。心当たりはないかね? この世界に来てから、不思議な現象が起こったとか――」
「あ……」
……ある。心当たりなら、たくさんあった。
この世界に来て、僕を幾度と無く救ってくれたあの謎の現象。
「ふむ、あるみたいだな?」
幼女はこちらの心中を察するように言った。
「まぁそこでだ。今日はもう一人、我が団員に来てもらっている」
そう言うと幼女は、突然くるっと椅子を横に回転させると、
「ティズ!」
更に部屋の奥――暗闇に向かって叫んだ。
「……?」
そんな幼女の、脈絡の無い行動に、僕が訝しんでいると、
「お呼びでしょうか?」
「うわぁ!?」
それは平坦な声と共に、突如僕の目の前に現れた。
……ずっと部屋の奥で、待機してたのだろうか……?
「紹介しよう。こちらは我が組織の、《鑑定士》、ティズだ」
眼鏡をかけ、どこかインテリな雰囲気を醸しだす男は、僕のことをいちべつし、
「という事は、彼が例の?」
「そうだ。彼が例の」
何やらこそこそと、話をし始める二人。
というか、例のってなんだ。
「さて、白崎守君。君には今から、能力の鑑定をさせてもらう」
「はぁ」
「まぁ本来、ちょっとした魔力の数値とかを測るのであれば――」
言いながら幼女は、ポケットからコンパスのようなものを取り出し、それを手のひらの上へと乗せた。
それは、この世界に来て、どこかで見たことあるような小道具だった。
「これで十分なんだが――いかんせん、君はこの世界の人間ではない」
そう言うと幼女は、それをすぐにポケットへとしまい、
「だから今回は、この鑑定士であるティズに、来てもらったというわけだ」
半分以上、何を言っているのか、分からなかったが、
「つまり、僕の中に秘められた、その特殊な力ってのを、彼に鑑定してもらうって事?」
「その通りです」
代わりに答えたのは、ティズと呼ばれる男だった。
「どうも、お初にお目にかかります、白崎守さん。僕はこの組織で、鑑定士をやらさせていただいてる、ティズといいます。お見知りおきを」
どこか馴れ馴れしくも、彼は手袋を付けた両手で、僕の手を握ってくる。
「えーと、白崎守です……」
僕は目をそらしながら、短く返した。
「ではちょっと失礼……」
唐突に、ティズは僕の肩に右手を乗せ、目を瞑った。
されるがままの僕は、その様子を至近距離で眺めていると、
「魔力数値は――ゼロ。"限りなくゼロ"ではなく、"純粋なるゼロ"」
僕の肩に手を置いたまま、ティズは淡々と告げていく。
「それで――?」
その先の結果を促す幼女に、ティズは左手で眼鏡を軽く上げ、
「彼が魔法を所有している事を確認――。分類は防御。そして――」
僕の目を見据え、無機質にこう告げた。
「――級判定は、最高位であるSS級である事が判明」




