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魔力ゼロの迷い人  作者: お茶
ルートⅠ
2/50

2話 燃える男 (2)

 男性の足元から突如として現れた、真っ赤に燃え盛る炎。

 あまりにも現実離れした光景を前に、僕はただ茫然と立ち尽くしていた。

 というか思考停止していた。


「キミが死ぬ前に一つ聞きたいことがあるんだけど。キミ、魔力の反応がないけど、向こうの人間(・・・・・・)ってことでいいんだよね?」


 正直に言おう。

 この男が何を言っているのか、この状況含めて一ミリたりとも理解ができなかった。


「……ま、魔力? 向こう……?」


 混乱する僕をよそに、男は短く舌打ちをし、


「まぁいい、キミはここで何をしているんだい?」


「え、と、あの……気づいたらここにいて……」


 すると男は、少し悩むような素振りを見せた後に、


「まぁいいや――どうせキミはここで死ぬんだし」


「…………え?」


 聞き間違いだと思いたかった。


「上の命令でね。キミら害虫がここにいられると面倒なんだ」


 そう言うと男は突然、右手を大きく上にあげた。

 すると男を覆っていた炎が、みるみるうちに男の頭上へと集められていき――。


「これぐらいでいいか」


 炎はあっという間にして、大きな()へと変貌を遂げた。

 空中に浮かぶ、ゆらめく炎槍は、明らかにこちらへと、狙いが定まっていた。

 まてまてまて。


「それじゃあ――さようなら」


 男の言葉と同時に、それは一切のためらいもなく放たれた。


「っ!?」


 スローモーションのように、だが決して遅くないスピードで炎が迫ってくる。

 ――避けなきゃ。

 遅れて状況を理解した僕はとっさに避けようとする――が、無様にも足をひねらせ、そのまま地面へと転倒してしまう。


「うわぁっ!?」


 だがそれが功を奏し、直後、頭上すれすれを炎の槍がかすめ通っていく。

 結果、僕は丸焦げになることを回避する。

 死ぬ、本当に死んでしまう。

 だが、ピンチはそこで終わりではなかった。


「んー、やっぱりこれじゃ精度が落ちるかぁ……」


 男は変わらず、涼しい顔で続ける。


「ならこれならどうかな?」


 男は再び、右手を上に挙げ、自らの頭上へと炎を集めていく。

 そうして次に出来上がったのは、


「うそ、でしょ……」


 勘弁してくれ。

 それはさっきよりも更に数が多い――四つ(・・)の炎の槍だった。

 無理だ。あんな数、避けきれない。


「では、さようなら」 


 それらは同時に、一斉に射出された。


「ちょっ――」


 何かを言う時間さえもない。

 4つの炎の槍は、確実に僕の体を捉え、貫いた。


 ――はずだった。


「……っ!?」


 ……だが熱くないのだ。体のどこも。

 試しに自分の体をペタペタと触れ、感触を確かめる。

 間違いない。どこにも傷一つ付いていなかった。

 いったい何が起こった?


「これはいったい……いや、まさか……。しかし……。」


 男の方はというと、何やら聞こえない声量でブツブツと独り言を呟いている。

 どうやらこの状況、男にとっても不本意である状況らしい。

 だがやがて男は、この事態になんらかの納得を得たのか、


「……なるほど、そういう事か」


 次の瞬間、男を取り巻いていた炎が、更に勢いを増していく。

 やがてその炎は、男の姿を完全に覆い尽くしてしまった。

 そんな業火を前に、僕は何も出来ずにいた。

 分かっている。逃げなきゃいけないことぐらい。

 それでも体は言うことを聞いてくれない。


「では今度こそ、さようなら――」


 次の瞬間、目の前の視界が一瞬にして、真っ赤に埋め尽くされた――。



――――――

――――

――




「……ここは」


 気がつけばそこは、コンビニへと向かう道中、いつもの見慣れた住宅街だった。

 あれからどうなって、いつからこうして座り込んでいるのか、記憶は酷く曖昧だった。


「……」


 緊張から解き放たれたせいか、眠気と疲労が一気に押し寄せてくる。

 色々と問題は山積みだが、今はすぐにでも家に帰って、泥のように眠りたい気分だった。


「はぁ……」


 僕は大きくため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。

 そして自分の中で、ひとまず(・・・・)の結論を打ち出した。


「……帰って寝よう」

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