2話 燃える男 (2)
男性の足元から突如として現れた、真っ赤に燃え盛る炎。
あまりにも現実離れした光景を前に、僕はただ茫然と立ち尽くしていた。
というか思考停止していた。
「キミが死ぬ前に一つ聞きたいことがあるんだけど。キミ、魔力の反応がないけど、向こうの人間ってことでいいんだよね?」
正直に言おう。
この男が何を言っているのか、この状況含めて一ミリたりとも理解ができなかった。
「……ま、魔力? 向こう……?」
混乱する僕をよそに、男は短く舌打ちをし、
「まぁいい、キミはここで何をしているんだい?」
「え、と、あの……気づいたらここにいて……」
すると男は、少し悩むような素振りを見せた後に、
「まぁいいや――どうせキミはここで死ぬんだし」
「…………え?」
聞き間違いだと思いたかった。
「上の命令でね。キミら害虫がここにいられると面倒なんだ」
そう言うと男は突然、右手を大きく上にあげた。
すると男を覆っていた炎が、みるみるうちに男の頭上へと集められていき――。
「これぐらいでいいか」
炎はあっという間にして、大きな槍へと変貌を遂げた。
空中に浮かぶ、ゆらめく炎槍は、明らかにこちらへと、狙いが定まっていた。
まてまてまて。
「それじゃあ――さようなら」
男の言葉と同時に、それは一切のためらいもなく放たれた。
「っ!?」
スローモーションのように、だが決して遅くないスピードで炎が迫ってくる。
――避けなきゃ。
遅れて状況を理解した僕はとっさに避けようとする――が、無様にも足をひねらせ、そのまま地面へと転倒してしまう。
「うわぁっ!?」
だがそれが功を奏し、直後、頭上すれすれを炎の槍がかすめ通っていく。
結果、僕は丸焦げになることを回避する。
死ぬ、本当に死んでしまう。
だが、ピンチはそこで終わりではなかった。
「んー、やっぱりこれじゃ精度が落ちるかぁ……」
男は変わらず、涼しい顔で続ける。
「ならこれならどうかな?」
男は再び、右手を上に挙げ、自らの頭上へと炎を集めていく。
そうして次に出来上がったのは、
「うそ、でしょ……」
勘弁してくれ。
それはさっきよりも更に数が多い――四つの炎の槍だった。
無理だ。あんな数、避けきれない。
「では、さようなら」
それらは同時に、一斉に射出された。
「ちょっ――」
何かを言う時間さえもない。
4つの炎の槍は、確実に僕の体を捉え、貫いた。
――はずだった。
「……っ!?」
……だが熱くないのだ。体のどこも。
試しに自分の体をペタペタと触れ、感触を確かめる。
間違いない。どこにも傷一つ付いていなかった。
いったい何が起こった?
「これはいったい……いや、まさか……。しかし……。」
男の方はというと、何やら聞こえない声量でブツブツと独り言を呟いている。
どうやらこの状況、男にとっても不本意である状況らしい。
だがやがて男は、この事態になんらかの納得を得たのか、
「……なるほど、そういう事か」
次の瞬間、男を取り巻いていた炎が、更に勢いを増していく。
やがてその炎は、男の姿を完全に覆い尽くしてしまった。
そんな業火を前に、僕は何も出来ずにいた。
分かっている。逃げなきゃいけないことぐらい。
それでも体は言うことを聞いてくれない。
「では今度こそ、さようなら――」
次の瞬間、目の前の視界が一瞬にして、真っ赤に埋め尽くされた――。
――――――
――――
――
「……ここは」
気がつけばそこは、コンビニへと向かう道中、いつもの見慣れた住宅街だった。
あれからどうなって、いつからこうして座り込んでいるのか、記憶は酷く曖昧だった。
「……」
緊張から解き放たれたせいか、眠気と疲労が一気に押し寄せてくる。
色々と問題は山積みだが、今はすぐにでも家に帰って、泥のように眠りたい気分だった。
「はぁ……」
僕は大きくため息をつき、ゆっくりと立ち上がる。
そして自分の中で、ひとまずの結論を打ち出した。
「……帰って寝よう」