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魔力ゼロの迷い人  作者: お茶
ルートⅠ
18/50

18話 立入禁止区域 - ガウント - (1)

 今、僕の目の前には、どこまでも荒廃した灰色の世界が広がっていた。

 一言でその景色を表すならば、瓦礫の荒野(・・・・・)とでも言うべきか。


「さて、と。じゃあ手っ取り早く済ますか」


 寒々しい空の下、彼女は地図をポケットへとしまう。


「あの……自分は何をすれば?」


「……お前は余計な事をせずに、ただついてくるだけでいい」


 ……じゃあなんで僕を連れてきたのさ。

 どこか腑に落ちないまま、僕らはこの荒廃した灰色の世界を歩き進んでいく。



――――――




 かつて、ここには町があったのだろうか。

 人こそ見当たらないが、瓦礫の中には、ところどころ生活していたであろう形跡が見られた。

 それでも、もはや見る影もないが。

 そんな荒廃しきった地をかれこれ10分は歩き続けただろうか。

 いい加減、このどんよりとした空気が、息苦しくなってきた頃だった。


「――帰りたいか?」


 ポツリ――と何かが聞こえたような気がした。


「え?」


 思わず声に出して聞き返す。

 すると、前を歩いていた彼女が、いきなり僕の方へと振り向き、


「お前は元の世界へ帰りたいか? と聞いているんだ」


 そう問いかけてくる彼女の表情は、どこか神妙な面持ちだった。

 なぜそんな事を今聞いてくるのかは分からないが、


「そりゃあ、帰れるなら帰りたいさ」


 だけど僕は、ここで気づいてしまう。


「……なぜ帰りたいのだ?」


 そうだ。どうして僕は――元の世界へ帰りたいんだ?


「どう……して?」


 考えれば考えるほどに分からなくなる。なぜ僕は、元の世界へ帰りたがっていたのか。

 だってそうだろ。もはやあの世界には、未練など残っていないのだから。


「……大丈夫か?」


 彼女が心配そうに、顔を覗き込んでくる。


「君は――」


 僕が言葉を紡ごうすると、


「……メディン=ジオラス……それが私の名だ。メディンでいい」


 僕はそこで初めて、彼女の名前を知る。

 そして再び問いかける。


「メディン……僕はどうしたらいいと思う?」


 分かっていた。そんな事、他人が分かるはずもないと。

 だがそんな問いにメディンは、


「……別に今すぐに決めなくてもいいんじゃないか?」


 それは今まで聞いたことのないような、優しい物言いだった。


「そうか……。そうだよね……」


 そんな、メディンの何気ない一言に、僕はなんだか救われたような気がした。


「とにかく今は、依頼を終わらせるのが先決だ。考えるのはそれからでも遅くはないだろう?」


 そう言ってメディンは再び歩み出す。

 僕はそんなメディンの後ろ姿を、慌てて追いかけていく。


――――――

――――

――


 この灰色の世界を歩き始めて、かれこれ20分ほどが経った頃だろうか。

 そろそろ僕の疲労がピークに達しようかと思われた時だった。


「そこの建物が怪しいな」


 そうやってメディンが指差した建造物は、この瓦礫の荒野では珍しく、綺麗に建物としての形が残されていた。


「……見てみるか」


 建物の中へ足を踏み入れていくメディン。

 僕は慌てて、その後をついていく。


「見つけた……!」


 瓦礫の山から、メディンが何やら石のようなものを拾い上げた。

 それはどっからどう見ても、ただの銅色の鉱石にしか見えなかった。


「それは?」


 興味は無いが、一応聞いてみる。


「オールドメタル、ここでしか取れないとされる鉱石だ」


「へぇ……」


 石の希少価値なんて僕には分からないけど、まぁ貴重な物なんだろう。

 なんにせよ、これでようやくこの場所とおさらばできる――と、僕がそう思った時だった。


「おや? おやおやおやぁ? メディンさんじゃないですか~?」


 背後からふいに、少女の声が飛び込んでくる。


「っ!?」


 振り返るとそこには、いつの間にか、僕らより一回りも二回りも幼い、着物を着た少女が立っていた。

 緑色の着物をまとった彼女は、この灰色の世界では不自然なほどに浮いていた。

 そんなミステリアスな少女を追うようにして、


「なになに、どうしたのルーリー?」


 続けざまに現れたそれは、またしても着物を着た少女だった。

 唯一違う点は、着物の色が青色。ただそれだけだった。

 彼女らは双子だろうか。着物の色が違わなければ、見分けがつかないほどに瓜二つだ。


「あぁフィリア。みてみて、そこにメディンがいたんだ~」


「うわうわ本当だ~」


 一見すれば、それは無邪気な光景だった。

 だがなにやら、さっきからメディンの様子がおかしい。


「……ルーリー、フィリア。……なんの用だ」


 メディンの声色が穏やかじゃない。


「なにってそりゃあもちろん、オールドメタルを探しによ。ねぇフィリア?」


「そうそう。じゃなきゃ、こんな辺境の地に来ないっての。ねぇルーリー?」


 なるほど。なら僕らに害をなす存在ってわけでもなさそうだ。

 だが安堵したのも束の間、目の前の少女達は、とんでもない事を言い出す。


「でも、もう探すの疲れちゃったー。でも偶然! 見てフィリア! メディンがオールドメタルを持ってるよ!」


「わぁほんとうだねルーリー! きっと私達のために、わざわざ見つけてくれたんだね!」


 な――!?


「何を言って……! これは、こちらが先に見つけた物だ!」


 僕の心の声を代弁するようにメディンが言う。

 すると少女達は、人を小馬鹿にしたような口調で、


「あれあれ? D(クラス)のメディンがC(クラス)の私達に逆らってるよ、どうするフィリア?」


「そうねえ。じゃあ無理やり奪っちゃおっかルーリー!」


 そしてそれ(・・)は、少女の声を合図に始まった。

 突如、周辺から地鳴りが起こり、足元が大きく揺れ始めた。

 だが揺れは数秒ほどで収まり、僕は肩を撫で下ろそうとした――その時だった。


「いっけぇ~!」


 少女の声と共に、突如地面から、数十メートルはあろう、大きなツタ(・・・・・)が姿を現した。

 僕が驚き戸惑っていたのも束の間、それは薙ぎ払うようにして、メディンへと襲いかかった。


「ぐあっ!」


「メディン!!」


 とっさに反応できず、そのまま壁に叩きつけられるメディン。


「やったー! 捕まえられたよ、フィリア!」


「やったね! これでオールドメタルゲットね、ルーリー!」


 飛び跳ねて喜ぶ二人の少女。


「……っ」


 どうしよう、なんとかしなきゃ、そんな激しい焦燥感が僕を襲う。

 しかしここでは『何もしない』という選択こそが、正解ルートだ。

 なぜなら、僕がここで出しゃばった所で、なんら状況は変わらないからだ。

 ……あぁ分かってる。ここで立ち向かう事が、どんなに愚かって事ぐらいも。

 でも、それでも僕は――。


「じゃあさっそく、オールドメタルを奪っ――」


「ま、まてぃ!」


 情けない裏声が響き渡る。

 僕はそこで、もう後には引けない事を悟る。


「……ん? あれあれ、見てフィリア! よく見たらそこにゴミがいるよ!」


「わぁ本当だねルーリー! ゴミだから気づかなかったよ!」


 少女達は一斉に罵声を浴びせてくる。

 だが、僕もここで引くわけにはいかない。


「えーと……ここは穏便に話し合いで解決を……」


 格好悪いのは分かっている。

 でも、勝ち目がゼロである以上、こうするほかないのだ。


「ば、ばか、やめろ! オールドメタルはやる! だから――」


 背後でメディンが叫ぶ。

 だが二人の少女は、そんなメディンを見ようとすらしない。


「魔力ゼロのゴミがなんか言ってるよ、フィリア?」


「そうね。面倒だから壊しちゃえ、ルーリー!」


 再び、周囲で地鳴りが鳴り響く。

 足元が横に大きく揺れ、僕は体勢を保つ事で精一杯の中、


「ちょっとまっ――」


 突如、僕の足元から巨大なツタが出現し、それは僕の体を拾い上げるようにして、持ち上げてしまった。


「はな、せ――!」


 僕は必死にツタから抜け出そうとする。

 だがどんなに暴れようと、巨大なツタは僕の体にまとわりつき、がっちりと固定されていた。


「いつまでもつかな~?」


 まとわりつくツタが、僕の体を徐々に締め上げていく。


「ぐ、あ、あ……」


 体のあちこちから、嫌な音が聞こえてくる。

 苦しい。骨が砕けそうだ。というかもう砕けてるかもしれない。そう思うほどの激痛。


「や、やめろルーリー!!」


 メディンが叫ぶ。だが少女達はすでに興味を失ったのか、見向きもしない。


「見てみてフィリア! ゴミが苦しそうにしてるよ!」


「本当ねルーリー! ゴミも苦しそうにするんだね!」


「く……はっ……」


 締め上げられ、思うように空気が吸い込めない。意識も朦朧もうろうとしてきた。

 もう限界だ。


「ねぇねぇフィリア。こいつもう動かなくなっちゃったし、壊してもいい?」


「そうねぇルーリー。このオモチャはもうダメみたいだし、壊しちゃおっか」


 そして無慈悲な宣告が告げられる。


「じゃあ、さようなら――!」


「やめろォ――!」


 メディンの声がこだまする中――巨大なツタは容赦なく僕の体を一気に握りつぶした――。


「……っ!!」


 ――はずだった。

 そう、僕はこのままツタに握りつぶされ、死ぬはずだった。

 しかし、そんな最悪な結末は、まさに直前のタイミングで、回避される事となった。

 誰も予想し得なかったある物(・・・)の妨害によって


「な、なに、この音は!?」


 突如、この場に鳴り響く、軽快な電子音(・・・・・・)

 その音の出処は、なんと僕自身――ポケットの中からだった。

 そして、その音を僕はよく知っていた。

 なぜなら、その音の正体は――肌身離さずに持ち歩いていた、スマートフォン(・・・・・・・)からなるものだったからだ。

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