16話 民家 (2)
この世界に来て、ようやく訪れた安住の地。
だが、そんな僕の穏やかな朝は、騒々しい声によって始まりを告げた。
「いつまで寝ている。さっさと起きないか!」
もはや聞き慣れた黒装束の声が、部屋に響き渡る。
「うぅ……後5分……いや10分だけ……」
引きこもり生活が体に染み付いてしまったせいか、起き上がろうという気が全く起きない。
なんなら、このまま夕方まで眠りたい気分だ。むしろ眠らせてくれ。いやほんとお願い――。
「何を言っている! 今日はボスのところへ行くんだぞ!」
無慈悲にも、掛け布団を引き剥がされてしまう。
「うう……分かったよ……」
仕方がないので、目をこすり、上半身を起こす。
そこで僕は、強烈な、ある違和感へと直面する。
「んえ……?」
これはどういう事だ?
僕を起こしに来たのは、あの黒装束のはずだろう。
なのにどうして今、僕の目の前には――。
「……なんだその顔は。まだ寝ぼけているのか?」
普通の女の子が立っているんだ?
フード付きパーカーに、青のひらひらスカートを着た――それは何度見ようとも、普通の女の子だった。
思わず僕は、真面目な口調で尋ねる。
「えーと、どちらさまですか?」
なぜか鉄拳が飛んできた。
――――――
……まぁ長くなったけど、こうして僕は、彼女の家で朝食を食べるまでに至ったのだ。
いやぁ、難儀なものだね。
「食べたらすぐに支度をしろ」
先に食べ終えた彼女は、自分の食器を片付けながら言う。
「はいはい……」
「"はい"は一回!」
「……はい」
……お前は母親か。
「それにしても……」
何度見ても、彼女が、あの黒装束だとは信じられなかった。
確かに、あの時は顔にもフードがかかって、よく見えなかったけどさ。いやぁ異世界は怖い。女性って怖い。
そんなどうでもいい事を考えつつも、僕は一足遅く、朝食を食べ終える。
「ごちそうさまっと……」
「終わったのなら急いで食器を持ってきてくれ!」
「はいは――」
危うく"はい"を2回言いそうになりながらも、僕は従順な家来のごとく、食器をせっせと運んでいくのであった。
――――――
一通り片付けを終え、支度が済んだ僕らは、家の玄関に立っていた。
「じゃあ行ってくるよアイリス」
玄関まで見送りに来てくれた少女。
そんな少女の頭を、彼女は優しく撫でる。
「うん、いってらっしゃい。るーちゃんによろしくね」
「あぁ分かった」
そんな短いやり取りをした後、僕らは出発した。
家の外へ一歩、踏み出すとそこには――。
「……っ!」
――まるで西部劇に出てくるような景観が広がっていた。
町なのか、村なのかは定かではないが、辺りを見渡すと、あちこちに民家が点在していた。
そんな、珍しい景観をできればもうちょっと眺めていたかったのだが、そんな少しの時間も僕には許されなかった。
「さて、準備はいいか?」
唐突に、彼女は謎の確認をしてくる。
「準備? なんの準備さ」
僕の返事を待たずに、彼女は僕の手を取ると、
「じゃあ行くぞ。"起動"――」
小声で何かを、呟いた瞬間だった。
「えっ?」
突如、僕らの体が白い光に包まれていく。
やがて視界が真っ白に埋め尽くされていき――。
「ちょっとまっ――」
次の瞬間、そこにあったはずの僕らの姿は、跡形もなく消え去っていた。