14話 牢獄 (5)
なんだろう――この体の内に広がる、不思議な感覚は。
とても心地が良くて、どこか懐かしい気分だ。
今ならなんだってできそうな気がする。いや――きっと、できるはずだ。
だけど今は、目の前で雑音を振りまく、あの男が邪魔だ。
「君にはもう一度眠ってもらうぞ!」
男の両手からバチバチと音を鳴らしながら、激しい電撃が襲いかかる。
それは確かに、僕の体へと直撃したはずだった。
「……?」
だが僕の体にはなんら変化は起きなかった。
何かが触れたような気がした。そんな曖昧な感覚。
「な、なんで、なんともないんだ……!? だったら――!」
男の焦りと共に、更に激しい電撃が、耳障りな音を立てながら襲い掛かってくる。
そんな小うるさい電撃を、僕は鬱陶しく思い、
「……邪魔」
軽く右手で払いのける。ただ、それだけの動作。
だがそうして右手で払いのけられた電撃は、突如進行方向を変え、
「なっ!?」
そっくりそのまま、男の元へと返された。
「あががっ!?」
結果、自分の電撃を浴びる事になった男は、短く痙攣したのち、気を失ったのか何も言わなくなってしまった。
「なんだ、もう終わりか」
僕が退屈そうにこぼすと、突如背後から、
「き、貴様!」
ゆっくり振り返るとそこには、怒りをあらわにした看守の男が立っていた。
あぁ、思い出した。そういえば、こいつが矢内さんを殺したんだっけ。
「そこの男と同じように、今すぐ殺してやる……!」
そう言うと看守の男は、まさに至近距離の位置で、僕に向けて両手を突き出した。
「死ねっ!」
そして次の瞬間、それは放たれた――はずだった。
「……何?」
しかしさっきと同じように、僕の体には何の変化もなかった。
当たった形跡も。触れた感触さえも。
「な、な……」
看守の男は目を見開き、驚いていた。さっきまでの様子とはえらい変わり様だ。
そんな男に、僕は苛立ちを覚えた。
「僕を殺すんじゃなかったの? 矢内さんと同じようにさ」
そう言って僕は、怯える看守の肩に、
「ねぇ?」
右手をそっと置いた、次の瞬間。
「ぐぅうううう――!?」
看守を取り巻く空間が、急速にメキメキと歪んでいき、
「な、んだ、これ――!?」
やがてそのひずみは大きくはじけ――衝撃となって周囲へと拡散された。
「ぐぁあああ!!」
衝撃を浴びた看守は転げまわり、そのままコンクリートの壁へと叩きつけられた。
「うぐ……」
看守の男は戦意を失ったのか、壁にうなだれ、何やら小さくうめき声を漏らしていた。
「人を殺しておいて、これで済むと思う?」
正義だとか悪だとか、そんなもの、もうどうだっていい。
こいつだけは許さない。許されるはずがないんだ。
僕はゆっくりと、そして一歩ずつ、看守の男へと歩み寄っていく。
だがあと少しの所で、
「この――やめろ!」
突如目の前に現れ、立ちふさがる黒装束。
そして放たれる回し蹴り。
「な……」
だがそうやって放たれた蹴りは、不自然にも、僕に当たる直前の位置で硬直していた。
あたかもそこに、見えない壁でもあるかのように。
「邪魔しないでくれるかな……」
僕が小さくこぼした瞬間、見えない何かが黒装束を大きく薙ぎ払った。
「ぐぁっ!」
そのまま壁へと叩きつけられ、ずるずると地面へと落ちていく黒装束。
「あれ……僕は何をしようとしてたんだっけ……」
何か大事な事を忘れていたような気がする。
でもそれが何なのか、思い出せない。
「ねぇ……君は何か知らない?」
僕は黒装束へと問う。
だが気を失っているのか、返事が返ってくる事はなかった。
「はぁ……」
考えている内になんかもう、どうでもよくなってしまった。
「……もういいや。終わりにしよう」
沸々と、体の内から力が溢れ出てくる。
でも悪い感じではない。どこか懐かしくも、心地の良い、不思議な感覚だ。
力に呼応するようにして、壁が、天井が、そして建物内がミシミシと軋んでいく。
自分を中心とし、白いモヤのようなものが辺りに分散していく。
一瞬の静寂を経て、次の瞬間、
「じゃあ、さようなら――」
それはひときわ強い光を発し――解放された。
建物が、瓦礫が、景色が、視界が崩れていく。
そこで僕の意識は途絶えた。