13話 牢獄 (4)
出口目前。
黒装束は僕を見るやいなや、あからさまに面倒くさそうな表情で、
「余計な真似はするなよ。貴様はそこでおとなしくしていればいい」
そう告げられた僕は、当然おとなしくして――。
「――るわけないだろう!」
僕は黒装束の言葉を無視し、全力疾走で駆け出した。
「なっ!?」
黒装束はというと、まるで意表を突かれたようにして驚き戸惑っていた。
「間に、合え……!」
あと一歩、出口まで手が届きそうな位置。
だがそんなあと一歩の所で、
「余計な真似はするなと言ったはずだが?」
まさに一瞬。気づけば眼前にまで黒装束が迫っていた。
「ぐぅ!?」
横っ腹に、軽やかな回し蹴りをお見舞いされる。
強烈な一撃に思わず倒れてしまいそうになる――が、
「まだ、だ……!」
なんとか踏ん張り、僕は再び出口に向かって走りだした。
「無駄だと、言ってるだろう」
「うぐっ!」
今度は重い蹴りが、体のど真ん中へとめり込んでいく。
さすがに耐え切れず、僕はされるがまま、地面を滑るように転がっていく。
「ゲホッゲホッ……! く、そ……!」
それでも腹を抑え、ふらつきながらも、なんとか立ち上がる。
「何度やろうとも無駄だ。私が持つ魔法は加速。魔法を持たない貴様には決して追いつけない」
「そん、な……」
「……おっと、迎えが来たようだな」
外から車のエンジン音のようなものが聞こえてくる。
やがてその音は鳴り止み、
「やぁやぁ~おつかれさん」
建物内に入ってきたのは、どこか南国風の、サングラスを掛けた小太りの男だった。
明らかに場違いなその男は、黒装束を見つけるやいなや、
「あれ~? 君一人? まぁいいやブツはどこだい?」
黒装束は僕の方を指差し、
「あそこにいるのがそうです」
「ふ~ん……」
男はしばらくの間、品定めをするようにこちらをいちべつすると、
「へぇ~今回は随分若くて可愛い子じゃん。それじゃあ、ちょっとおとなしくしててもらおうかな」
男がそう言った瞬間、その現象は突然に起こった。
「あがぁっ!?」
突如、体中に走る電流のような衝撃。
目の前の視界が急激に傾いていく。やがて僕は、そのまま地面へと横転する。
「な、に、が……」
わけも分からず目をパチクリとさせる僕に、小太りの男は自分の右手を見せつけ、
「ごめんね~。ちょっとばかし電気でビリっとお仕置きしちゃった」
思わず目を見張った。
なぜなら男の右手を見るとそこには、可視化できるほどの、電流が流れていたからだ。
「あれ~? そういえば今回は二人って聞いたけど?」
男は何事も無かったかのように、黒装束との話を再開させる。
「あぁ、それならそろそろ――」
「すいませーん。遅くなりました」
背後から突然飛び込んできた声。
それは聞き覚えのあるものだった。
「いやぁ、この男と、そこのガキが歯向かってきましてね」
最悪な事にその声の主は、ついさっき対峙した、あの看守の男だった。
「そこのガキは逃がしちゃったんですけど、まぁこいつは捕獲しましたんで」
言いながら何かを放り投げる看守の男。
目の前に投げ込まれたそれを見て、僕は思わず息を呑んだ。
「なっ……」
なぜならそれは――傷だらけの矢内さんだったからだ。
「白崎……君。すま、ない……。私のせいで、こん、な……」
矢内さんは両手に手錠をされ、明らかに疲弊していた。
服のあちこちには、見て取れるほどに傷がついていた。
最悪の状況だ。まさか二人して捕まってしまうなんて。
「んん~? そこの男も逃げようとしたの?」
唐突に、小太りの男が看守の男へと問いかける。
「ええ、そうです」
「う~ん」
すると、小太りの男は少し悩むそぶりを見せた後、やがてとんでもない事を言い放った。
「じゃあ、そいつは罰として殺していいよ~」
一瞬、この男が何を言っているのか理解できなかった。
「じゃあ今ここで殺しても?」
「いいよいいよ~」
看守の両手が強い光に包まれていく。
その両手は確実に、倒れる矢内さんへと照準が合わされていた。
「やめっ――」
僕は思わず声をあげる。
だがそんな静止もむなしく――それは執行された。
「ぐぁあああああ!!」
ぐしゃっという何かがひしゃげるような音と、室内に響き渡る矢内さんの悲鳴。
やがて悲鳴は消え、静寂が訪れる。
「……矢内さん」
返事はなかった。
横たわる矢内さんの体からは、とめどなく血があふれだしていた。
「……矢内さんってば……」
どれだけ呼びかけようと、返事は返ってこない。
「うう……」
気持ち悪い。吐きそうだ。胸が痛い。息が苦しい。頭が割れそうだ。
ありとあらゆる不快な感情が、体の内を渦巻いていく。
「……許さない」
もうどうでもいい。
「ん? 何か言ったかい?」
「……絶対に許さない」
世界がどうなろうと。
「はっはっは。許さないのだとしたらどうするのかね?」
「……殺して……やる」
壊してやる。
「はっはっは、できるものな――えっ!?」
大笑いしていた小太りの男が、突如表情を一変させる。
それは困惑、そして驚愕に塗りつぶされた表情だった。
「あ、あれだけの電流を喰らって、どうして――お前は立ち上がれるんだ!?」
そして、それはまるで化け物でも見るかのような目だった。
でもそんな事は僕にはどうだっていい。
壊してやる。目の前にあるもの、全てを。




