11話 牢獄 (2)
暗い地に閉ざされた牢獄。
そんな絶望的とも言える状況下で今、壁を隔てた作戦会議が行われていた。
「――では、それでいいかね?」
わずか数分ほどで、あらかた作戦を聞き終える。
「分かりました……。でも本当にこれ成功するんですかね……」
「まぁ五分五分といったところかな」
「五分五分……」
聞かなきゃよかったと若干後悔する。
「じゃあその時になったら頼むよ。えーと――」
「白崎です」
ここで僕は、初めて相手に名を名乗る。
「白崎君か! 私は矢内。私たちは今から運命共同体だ。絶対にここから脱出しよう」
こうして僕ら運命共同体は、来るべき時まで、各自備える事にした。
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あれから半日ほど経っただろうか。
何もすることがない僕は、牢屋の隅でひたすらにじっと横になっていた。
眠気でうとうとしかけた頃。
カツッカツッと、遠くの方から足音のようなものが聞こえてきた。
「……!」
地面に耳を当て、神経を研ぎ澄ませる。
間違いない、完全に足音だ。足音から察するに一人か。
その足音はやがて隣、つまり矢内さんのいる牢屋の前で止まった。
「おい、出ろ!」
怒鳴りにも近い男の声と共に、不快な金属音を鳴り響かせながら、鉄格子がひらかれる。
「もう少し丁寧に扱ってくれんかね」
「うるさい黙れ! いいからさっさと歩け!」
よし、やるなら今だ。
僕は指示通り、鉄格子の前へと移動し――。
「あああああああああああ!!」
おもいっきり大声で叫んでやった。
……今思えば、別に大声じゃなくても良かった気がするが。
「な、なんだ貴様――」
そうして看守がこちらへと振り向いた瞬間、
「ぐぁ! な、なんだお前……!」
とっさに矢内さんが看守の背後を取り、一気に首を絞めていく。
最初は必死に抵抗していた看守だったが、次第にその声は小さくなっていき、
「や……や、め……」
やがて気を失ったのか、看守はぐったりと、地面に倒れ伏してしまった。
「……よし、うまくいったぞ!」
結局のところ、魔法なんて物騒なものが使えようと、使わせなければ、ただの人間同然。
そんな、矢内さんの発想から生まれた作戦だったが、まさかこんなにもうまくいくとは思わなかった。
「なに、体の仕組みと、少しばかりの経験があれば容易いものさ」
そんなわけあるか、と心の中で吐露する。
「さて、準備はいいかね? 白崎君」
目の前の鉄格子がひらかれる。
僕は一瞬伸びをしてから、ゆっくりと外へ出る。
「……行きますか」
なんにせよ、これで第一段階はクリアだ。
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牢屋を抜け出す事に成功した僕らは、建物の出口を求め、長い地下通路を走り続けていた。
幸いにして通路はほぼ一本道。ご丁寧にも、壁にはたいまつまで設置されている。
「君が白崎君か! 思っていたよりも若いな! 高校生ぐらいか!?」
「今そんな事言ってる場合じゃないでしょ!! それと高校生じゃなくて大学生だから!!」
作戦はすこぶる順調だった。こうして雑談をする余裕があるくらいには。
だからこそ、僕の中では拭い切れない不信感が漂っていた。
だって……ありえるだろうか?
ここに来るまで誰一人とも遭遇しない。ましてやセキュリティトラップ的なものもない。
「よし、記憶通りだ! そこの角を曲がれば地上へと続く階段があるはずだ!」
階段が見える。
結局僕の心配は、杞憂で終わったのか。
そう思いかけた、その時だった。
「止まって!」
突然、矢内さんが足を止める。
「え!?」
つられて僕も足を止める。
一瞬なぜと思ったが、その理由はすぐに明らかとなった。
「そこまでだ」
前を見るとそこには、さっきとは別の、看守の男が立っていた。
その男は腰回りに鍵のようなものを複数身につけ、後は普段着のような軽装だった。
ここでようやく、今までのザル警備の意味を理解する。
厳重にする必要がなかったんだ。結局ここで潰してしまえば一緒なのだから。
「お前らみたいに、逃げ出そうとする奴らが後を絶たなくてな。こちらも、その度にこうして説得に応じてるんだが」
看守の男は肩に手を回し、だるそうにしながら語り始める。
「まぁ聞き分けが悪いもんでな。そこで俺はしょうがなーく、力の差を思い知らせてやるんだ」
どこか嬉々とした様子で、自慢するかのように。
「するとどうだ。意気揚々と向かってきた奴らは途端に、許してください、ごめんなさいと命乞いの連呼だ。笑える話だろう?」
男は邪悪な笑みを浮かべる。
心底楽しいと言わんばかりに。
「さて、と。少しお喋りが過ぎたか。さて、もう一度言う。今すぐ牢へと戻れ、いいな?」
最後であろう、忠告を告げられる。
おそらくこれが、最後の分岐点だろう。
ここから先に進めば、どうなるかも分かっていた。
だが、それでも僕は――。
「……断る」
一言で一蹴する。
「……そうか。分かった」
男の両手が突如、白い光に包まれていく。
その輝きは次第に勢いを増していく。
「……矢内さん。何か手はありますか?」
「すまない……。完全なる手詰まり状態だ」
「……ですよね」
まぁ分かってはいたさ。
この世界がそんなに甘いものじゃないって事ぐらいは。
だったら切り開いてやるさ。ここから先は、自分自身の力で。