1話 燃える男 (1)
僕、白崎守は、この世界に退屈していた。
代わり映えのない、平凡かつ平和なこの世界に。
だから願った。
この退屈で満ち溢れた世界を、大きく変えてしまうような出来事を。
それはある種、破滅願望のようなものだった。
でも日常はどこまでいっても日常だった。
そりゃそうだ。ここは漫画やアニメの世界ではない。
そんな非現実的な出来事、どれだけ待っても起こるはずがないんだと。
そう、あの時までは、そう思っていた。
――――――
8月30日。時刻は深夜12時過ぎ。静まり返った閑静な住宅街。
うだるように暑かった気温もだいぶ下がり、夜風が少し心地良い今の時期。
そんな中で僕は、いつものように夜食を調達するべくコンビニを目指していた。
でもどうしてわざわざ真夜中に出歩くのかと疑問に思われる人もいるだろうから、ここではっきりと言っておく。
それは僕が俗に言う、引きこもりという生き物だからだ。
これ以上は説明しない。
まぁそんなわけで、いつものように僕が見慣れた住宅街を歩いていた時だった。
何かがおかしい。最初はそんな小さな違和感から始まった。
「……ん?」
ここはいつも通い慣れている道。
道を間違えるなんて事はありえなかった。
でもこれはいったいどういうことだろうか。
いま、僕の目の前には、全く見たこともない景色が広がっていた。
「なん、だよこれ……」
僕は近所の住宅街を歩いていたはずだ。
だがいま視界に広がるそれは、廃墟ビルが立ち並ぶまるでスラムのような場所だった。
そんな荒れ果てた地に僕はポツンと立っていた。
「そうだ、現在地……!!」
すかさず僕はスマートフォンを取り出し地図アプリを開こうとする。
そこでさらなる異変に気づく。
「……あれ?」
なぜか電源がつかない。どれだけ画面をタッチしようと、ボタンを押そうとも。
急に故障? そんな馬鹿な。こんなタイミングで? 家を出る直前まで動いてたぞ。
「……」
困った。
誰かに道を聞こうにも、周囲には誰一人見当たらない。いる気配すらない。
時間帯のせいもあるだろうが、そもそもこんなスラム街に人なんているのか?
まさに八方ふさがり、携帯片手に呆然と立ち尽くしていた、その時だった。
パチッ、パチッ。
「音……?」
どこからか、火花が散るような音が聞こえてくる。
距離もそう遠くない。
たすかった。人がいるかもしれない。
気づけば僕は音のする方へと駆け出していた。
不幸中の幸い、街灯があちこちに点在しているから真っ暗ではない。
そうして僕が走り出して、すぐのことだった。
「!!」
街灯の下に誰かいた。
それはなにをするわけでもなく、ただ一人電柱へと寄りかかっていた。
いつもの僕だったら人見知りを発動していたが、今はそんな場合じゃない。
「あのーすいません。道に迷ってしまって」
男性がこちらに気がつく。スーツを着たいかにも紳士のような風体。
良かった。危なそうな人じゃなくて。
だが男性は一言も発さずに、ジッとこちらを見つめていた。
静寂が訪れる。おかしい。僕の声は聞こえていたはずだが。
ならもう一度。
「あの~すいません」
ようやく男性が口を開いた。
とても気だるそうに。
「はぁ……またですか」
そして次の瞬間、僕は思わず目を見張った。
「……………………え」
男性の足元から突如――燃え盛る炎が立ちのぼった。
見間違い? いや、男性を覆うそれは、まごうことなき真っ赤な"炎"だった。
熱気も伝わってくる。夢じゃない。
現実離れした光景に思考が追いつかない。
なにか言わなきゃやばい。それだけはわかる。わかるけど息が詰まって声が出ない。
今も眼の前で燃え続ける男性は冷酷に告げる。
「早速で悪いんだけど、きみには死んでもらうね」