08話 スクランブル
「ラルカ、やめておけ」
少々怖い目を見て貰うべきなのかもしれないと本気で思い始めたとき、俺たちを遠巻きに、殆どは興味津々という感じで眺めていた人混みの中から、声が掛かった。
ホッと安堵のため息を着く。
無論、その声に聞き覚えがあったからだ。それにラルカクイントを、縮めてラルカと呼び捨てられる者は、俺が知る限り一人しか居ない。
いつからそこに居たのか、それとも今ここに来たのか、その男はその人混みを分けて、こちらに歩いてきた。
「シズナ……!」
ラルカクイントも、その取り巻きも、その姿を見て一様に言葉を失ったように押し黙った。
「タイカ、シュリ、すまんな」
そいつは俺たちの前までくると、俺と、タイカにまで謝罪を述べた。
シズナプラッタ。ラルカクイントと同じく、カリョピン旅団に属するハンター。
そのハンタークラスは、このバーガベイドにおける現状最高位、3。
つまり、現状最強の戦闘機乗りだ。
ハンターであればその誰もが畏敬を持って止まないその男は、見た目はただの優男に見える。一見しては輝かしいクラス3の勲章を持っているとは思えないだろう。背も余り高いとは言えない。俺よりも少し低いほどだ。
顔つきも、とてもではないが歴戦のそれとは感じられない。普通にハンサムの範疇に入るが、優男と言うぐらいには、およそ戦闘的な人物という感じでも無かった。
そこから感じるのは、落ち着いたといった感想がぴったりくる。それは今、俺たちに謝罪した言動からも、それは明らかだった。
だが、クラス3。それでもクラス3だった。
クラスアップの課題は、そこに至った当人にしか明かされないため、クラス3の課題が一体何なのかよくわかっていないが、噂によれば、少なくとも300以上の撃墜破条件が課されているのは間違いないとされている。
そして、その真っ白な愛機、ラプラディンベルを駆るその姿を戦場で目撃した者は、それも当然という感想しか抱かない。
その戦闘スタイルは、遠近両用のかなりベーシックなものではあるものの、索敵、機動、射撃、格闘、そのどれをとっても、誰かの後れを取る事はない。
特に、射撃の精密さには定評があり、ロングランスと異名を取る高出力レーザー砲を取り回し、高機動戦闘下で小型戦闘機二機を纏めて貫いたというのは、最早伝説の域の話だった。
「……シズナ」
「ラルカ、それに、二人も。あまり他チームに迷惑をかけるんじゃない」
バツ悪そうに怖ず怖ずと声を掛けるラルカクイントに、シズナプラッタはぴしゃりと言った。
シズナプラッタに比べ、頭一つ大きなラルカクイントが説教を受けてシュンとしている光景は、ひどく滑稽に見えた。俺は思わず吹き出しそうになるが、辛うじて堪える。
「……はい」
それぞれ態度は違うものの、三人は口々にシズナプラッタに頭を下げた。
強いというのは、それだけでここでは正義だ。ましてや同じチーム。跳ねっ返りのラルカクイントですら、文字通り頭が上がらないのだろう。
「いや、申し訳ないね。本当はキミ達に頭を下げさせるべきなのだろうが―――」
「わかってる。気にしないでください」
そこは俺たちにだろ、などという野暮は言わない。そんな事を言っても仕方が無いからだ。三人はシズナプラッタが言うから従っているだけで、別段俺たちを申し訳なく思っているわけでもないのは明白だった。
シズナプラッタもそれがわかって、そう言ったのだろう。それを酌み取り、俺はぶっきらぼうに返した。
もともと気にするほどの事でも無いし。それに、俺が礼節などこれっぽっちも考えていないな言い方で返したのを聞いた三人が、凄い顔で俺を睨んでいる。
実に面倒くさかった。
「タイカも、すまなかった」
「あ……う、ん」
先ほどから何も言わず、車椅子で縮こまるだけのタイカに、シズナプラッタが如何にも優しげな声をかける。
そのイケメンッぷりに、ふと何となく恭介のそれを思い出すが、コミュ力的に、こっちの方に軍配が上がる。
ただ、その一方でタイカはそんなシズナプラッタに目を合わせようともせず、ボソボソと短く答えただけだった。
「ん、折角だし、お詫びに昼食でもどうかな?無論、俺が奢らせて貰うが」
そんなタイカの反応を良い感じにスルーして、爽やかにそう提案してくるシズナプラッタ。
素直に、嬉しい提案ではあった。
正直、クラス7の俺からしてみると、クラス3のシズナプラッタは神にも等しい存在とも言える。
そんな男からの誘い。断る道理もない。
それに、俺たちはこの男に、借りがあった。
公にはなっていないが、今、俺たちが抱えている借金。これを借りる際の保証人が実はシズナプラッタその人だった。
その経緯を、俺は知らない。
何故なら俺がここに来る前、或いは来て間もなく、それはタイカが交わしてきた話だったからだ。
これはこれで驚くべき話だった。
このコミュ症極まるタイカが、一体どのようにしてそんな話を取り付けたのか、もの凄く謎で不思議だった。
予想するに、タイカとシズナプラッタは、俺がここに転生する前から、何かしらの繋がりがあるのだろう。むしろそれ以外が思いつかない。
実際、タイカは微妙な反応しかしないが、一方でシズナプラッタは何かとタイカに世話を焼いている気がしなくもない。今だってそうだ。
そうで無ければ、ごまんと居るハンター、それもたかだかクラス7でしかない俺たちの名前など、覚えても居ないだろう。
とはいえ、どうしたものか。
少し考える。俺としては、シズナプラッタの申し出を受ける事に、何の躊躇もないが、問題はタイカだった。
何かの繋がりがあるのだろう予想はあっても、結局タイカの反応は殆ど何時もと変わらない事もあるし。
……まあでも、それならタイカに決めて貰うのも良いか。過保護すぎるのも、やはりそれはそれで問題だろう。
「タイカ、どうする?」
車椅子でキョドるタイカに声を掛ける。
「え、あ、え?」
すると、目に見えてタイカは混乱した。俺に何かを言おうとしているが、目があちこちに泳いでワタワタしている。
これは、アレだ。
『シュリが決めてくれるんじゃないの?』
という反応だった。
既にタイカと1年。それなりにタイカの心の中が読めるようになってきた気がする。
それで良いかどうかは、また全然、別の話なのだが。
俺はため息をついて、タイカに続ける。
「流石にそれは、タイカが決めなきゃ駄目だろ。誘ってくれているのは、俺じゃ無くてタイカだからな?」
「ん?いや、無論タイカもだけど、シュリ、君も一緒だよ?俺としては、ラルカがここまで拘る君にも、かなり興味があってね」
「え、俺?」
思いがけない言葉に、今度は俺が驚いた。そして何故か、ラルカクイントが心底驚いたような顔をしている。取り巻きの二人は、かなり複雑そうな表情だった。
いや、そもそもラルカクイントが拘っているのは、多分に機械な俺が気にくわないからであって、ただそれだけの理由のハズだ。
なので、それを興味持たれても困る。所詮クラス7の俺だ。クラス3のシズナプラッタに、何か教えられるワケも無く、正直そんな事言われてもなぁ、という気持ちにしかならなかった。
「俺はただの……ロボットですよ。タイカ付きの。おまけみたいなもんです」
「うん、だから興味があるのさ。何しろ珍しいしね。そんな身で、何を考え、何を想うのか……なぜ戦うのか、とかね」
興味の対象は、存外哲学的だった。鼻白む俺。
しかし何にせよ、それが俺だろうと何だろうと、ここはタイカが決めるべきだ。
「ほら、タイカ。どうする?」
「え、えっと、その―――」
ばしゃっ
言い淀むタイカが何かを言おうとした瞬間、突然ホールの電灯が落ちた。
真っ暗になったのは一瞬、そして直ぐに赤い電灯に切り替わる。
「……!」
その場に居た誰もがに、緊張が走る。何故ならそれが意味するところを全員が知っているからだった。
そして、其処此処に取り付けられた電子掲示板に大きく映し出される文字。そこに書かれている文字は、緊急出動。
同時に人を不安にさせる音階のサイレンが鳴り響く。
『バーガベイド周辺に『敵』が出現―――規模、中型戦闘艇複数を含む、推定2500』
「2500?!」
響き渡る艦内放送の内容に、誰もが驚愕の声を上げた。
それは大規模といっても差し支えない数だった。前回もかなりの量で来ていたのだが、今回は純粋に倍はでかい。しかも中型戦闘艇複数。
『敵』の行動原理などわからないが、バーガベイドそのものを潰しにきたと想わせる量だった。
対してハンターの数は現在およそ3000。これだけ見ればこちらの戦力の方が大きい。
だが、前回の戦闘から三日ほどしか経っていない今、整備やら何やらで出撃可能総数は良く見積もっても2/3程度だろう。下手をすると半分程度かもしれない。
『全機出撃を要請。接敵まであと1800秒―――繰り返す―――』
「マズいな……!取りあえずタイカ、シュリ。悪いが奢りはまた今度に―――お前ら、急いで戻るぞ!」
「は、はい!」
シズナプラッタの声に、直接声をかけられたラルカ達はもとより、全員が大慌てでネストから飛び出していく。
勿論俺も急がなければならないのだが、タイカの車椅子を押しながらでは、今の状況は無理がある。それに混雑している今、タイカが危険になるだろう。
「タイカ、戻るぞ。車椅子はまた取りに来るから……掴まれ!」
「う、うん!」
俺はタイカにそう告げると、返事を待たず車椅子から彼女を抱き上げた。焦ってはいるが、乱暴にならないように注意する。
抱え上げられたタイカは、言う通り俺の首に手を回し、ぎゅっと巻き付くように俺に捕まる。
『―――こちらはバーガベイド司令、ルダボゥだ。聞いての通り敵は大規模でこちらに向かってきている。各ハンターは総力で出撃、これに当たって欲しい。軍も出撃するが、数が足らない。右翼に軍を集中配置、ハンターは左翼に展開せよ。中央に寄りすぎるな。要塞砲を使う―――以上』
艦内放送が今までのどこか無機質な女の声だったものから、野太い男の声に変わる。声しか聞いた事がないが、総司令自ら作戦概要を伝えてきた。
それにしても大雑把だ。まあ、それ程に切羽詰まっているということなのだろう。
「しっかり捕まってろよ。タイカ。急ぐからな」
「わ、わかった」
「頑張れよ。二人とも」
ある程度ネストから人が減ってから、俺はベン翁の声援を背中に、ネストから飛び出した。