07話 諍い
「じゃあ、戦績を確認するぞ」
「うん。今回はちょっと自信ありだよ」
置いたカードを再び摘まみ上げて言うベン翁に、タイカが言葉通りに得意そうな顔を作って答えた。
このカードは身分や、クラスの証明管理だけではなく、戦闘機の各種センサーから入力される戦績も記録される。
『敵』との交戦は、通常有視界戦闘な為、話によると最終的な確認は映像記録ということらしいのだが、当然悠長に映像など確認は出来ないので、そこは機械に頼っているらしい。
「……ふむ、新型だな」
「だろう?」
程なくしてベン翁は、カウンター内に取り付けられた機械を見ながら、呻くように言った。
対して、タイカはそれに嬉しそうに答える。
「基本フレームはバルツァじゃな。だがどの級にも当たらない……今回は新型が出てくるのが早いな。43級から一年と経ってない。それに、粒子ビームか。やっかいな。お前さん、よく生きてたな」
「おかげさんでね」
まさか、ビーム避けれるしな、などと正直な事を言うわけにいかない。
ロボットだというだけでも十分なのに、そんな特殊な能力をここでバラしたところで禍しか呼ばない。百害あって一利無しだ。
「撃墜、すごいだろ。ボーナスでるよな?ベン爺」
「うむ、情報だけでも十分過ぎる功績じゃな、タイカ。しかも撃破まで、か。上出来過ぎるが、本当は重要なのは情報のほうでな。軍の方に送っとくと有り難がられる。奴らどうしてもこっちを下に見がちじゃからのう。こういう時はしっかり恩が売れるってもんじゃ」
「そういうもんなのか」
「ああ。ネストとしても別に軍と喧嘩したいわけじゃないからのう。しかも旗色悪いのなら尚更なんじゃよ。仲が悪いのは仕方ない。目的は同じなのに別のシステム。わかるじゃろ」
「もちろんだ」
軍とハンターの仲は悪い。バーガベイドでは、それはあまりにも一般的な常識だった。
ベン翁が言うとおり、同じ目的を持つが異なるシステムの集団同士。これは地球で言えば陸軍と海軍の仲が悪い、みたいな話と同種だと言える。同族嫌悪というべきなのだろうか。
その一方で、そうした諍いというのは、直接的には殆ど発生していない。そもそもバーガベイド内の居住エリアは完全に分断されているし、作戦宙域にあっても、共同であたるなどということも、殆ど無いからだ。
「そんなことより、ボーナスは?」
「ああ、うむ。わかっておるよ、タイカ。ほれ、こんくらいだ」
「うわー、や、やったな。シュリ。うわあ」
提示されたカードに示されていたのは、思った以上の金額だった。それを見て、目をキラキラさせながらタイカが歓声を上げる。
それが微笑ましくある一方、俺は周囲をさり気なく警戒する。正直ここではあまり目立ちたくない。大金せしめた後ともなれば、尚更だった。
当然ながら、ハンターというぐらいなので、それなりに荒くれどもが集っている。
朝のこの時間は、それでも客層が悪くない事もあって、そうそう面倒な事にはならないはずだが、それは比較的な話であって結局は運不運でしかない。
俺一人であれば、何とでもなるだろうが、何しろタイカが居る。可能な限り荒事は御免だった。
とはいえ、ネストに入った時ざっと見た限りには、面倒そうなのは居なかったはずだ。
「へーぇ、機械ヤロウじゃないか。まだぶっ壊れてなかったんだね」
……と思ってる側からこれだ。
俺はその聞き覚えある声に振り返り、タイカを庇うように前に出た。知ってる限り、その声の主は、俺にとって一番面倒な相手だった。
「ラルカクイント……また、お前か」
二人ほど取り巻きを連れたその女へと、俺は呆れの言葉を投げた。その顔に浮かぶのは、薄笑いと明確な敵意。
ラルカクイント。俺と同じクラス7ハンター。
カリョピン旅団所属の、中堅戦闘機乗りでもある。
この雑多な異星人の集団にあって、彼女の容姿はひときわ目に付いた。
それは、俺が地球人だからなのかもしれない。少なくとも地球基準では、彼女の容姿は美貌と呼んで全く差し支えないものだったからだ。
より俗っぽく言えば、それは所謂モデルのそれに近い。
今の俺より頭一つ近く高い体格は、モデルと言うぐらいなので、抜群のプロポーションを誇り、十分に肉感的だった。出るところはしっかりと、括れるところはこれでもかというぐらいに括れている。そんな肢体はやや浅黒く、ややマッシヴで健康美に溢れている。
無論顔つきも、その身体には負けていない。切れ上がり挑戦的な目には黒曜石のような瞳が映え、そして殆ど無造作にも近いのばし方の髪は、それでも炎のように赤く、彼女に似合っていた。
あえて見た目をモデル以外に例えるなら、艶めかしくも攻撃的な猫科の猛獣を想像させる。或いは、よりストレートにはアマゾネス。そんな感じだ。扇情的とも言える露出が多い服装からも、そのイメージを助長する。
「ああ、朝から来てみりゃヤケに賑やかなのが居ると思やあ、機械ヤロウとはね。なんだ、またウチのオコボレで儲けましたってかァ?」
「ったくこっちは死に物狂いでやりあってんのによー。ホントマジさいてーだな、お前」
「本当に嫌らしい戦い方。くすす」
そんな彼女は、獰猛な笑みを浮かべながら、俺たち―――というか、俺に向かって挑発の言葉を続ける。
それに追従するかのように、取り巻きの二人も、それぞれ侮蔑や冷ややかな感情を込めた目で俺を批難した。
これ程の美人にこうまで凄まれるのだから、その迫力はハンパない。正直、この世界に来る前の俺だったら、何かを考える前にジャパニーズ土下座をかましてよくわからないままに謝っていただろう。
ましてや、それに加えて三人で。
それは地球でもある意味良くありそうな光景ではあったが、自分が食らうとなると話が違ってくる。相当な圧力だった。
「そうだ」
だが俺は、その刺すような眼光を受けながら、真っ向から認める事によって切り捨てた。
事実だったからだ。
「俺達はひとりでしかない。だからそうする。お前らが必死になって受ける敵のオコボレを拾って稼いでいるのは間違いない。そうした意味ではいつも感謝している……その気持ちを、忘れた事はないぜ」
ハンターと『敵』との交戦は、通常乱戦となる。戦列を並べて連携を取り、などという戦い方では無く、殆ど個人個人の乱戦だ。それでもチーム間では何となく戦域、というか縄張りがあり、その大きさはチームによって様々だった。
例えば300機近い戦力を擁するカリョピン旅団の戦域はハンターチームの中では最大に近い。そして通常、敵の攻勢の真正面を担当する。
一方、戦力としては俺だけのタイカ戦闘団の戦域は、比較にならないほど小さい。よって、結果的に大所帯の戦域から漏れたオコボレを拾う戦闘スタイルになっていく。そうした戦い方は、何も俺だけじゃないし、戦域間を埋めるその手のハンターは、普通に必要でもあった。
なのだが、やはり中央戦域を担当するほうから見ると、そんな俺たちは目障りに映るのだろう。わかってはいるが、感情が否定する。
ラルカクイント達が責めるその言葉は、主攻を担当する大きなハンターチームに属するハンターが、大なり小なり心の中で感じている事でもある。
かといって、口にまで出して批難してくる者はそう多くは無い。ましてや、面と向かって言ってくるのはなかなかそうは居ない。
「……っ!言うじゃ無いか。感謝してるっていうんだったら……態度で示すのがスジだろ」
「ああ、ありがとう。感謝してる。ラルカクイント……無論、二人も」
憎々しげな顔をしたまま、ラルカクイントは俺に言う。良くもまあそこまでインネンが付けられるものだと感心するが、言ってる事は尤もだと思い、素直に俺は頭を下げた。一応、取り巻き二人にも声をかけておく。
皮肉でも何でも無い。現実、俺たち弱小ハンターチームは、彼女らが居なくては成立できない。それ自体は事実なので、実際素直に感謝している。
そうすると、ラルカクイントはともかくその取り巻きも、強弱様々ではあるがうっと唸って言葉を失ったように口を噤んだ。
このラルカクイントとその取り巻き達は、俺たちがハンターとして生計を立て始め、ランク7になった頃、突如として俺たちに突っ掛かってくるようになった。それ以来俺の姿を認めるやいなや、今のように何かとわざわざ絡みに来る。
ともすれば、ここまでの美人に絡まれるというシチュエーションは、ひょっとするとオイシイのかもしれないが、とはいえ彼女が言うようにこちらは機械の身。そしてなによりタイカが居ることもあって、ハッキリ言えば面倒くさい事この上なかった。
タイカは当たり前のように俺に隠れて、様子を窺っている。
普通にタイカはそんなラルカクイントが苦手で嫌いなのだが、一方ラルカクイント達のターゲットは何時も俺だけに集中していて、ある意味タイカは何時も蚊帳の外だった。
無論だからといって、別に不公平とは思わない。理不尽ではあっても、主人たるタイカに矛先が向くよりは全然ましだった。
「爺さん。カードは入ったか?」
「……うむ。問題ない」
「じゃあ、俺たちの用事は終わりだ。ま、ゆっくりしてってくれ―――行こう、タイカ」
気付いてみれば、割と注目の的になっていた俺たちだった。朝の、それも人の少ない時間帯でこうまで元気よく喧嘩など、見世物以外の何物でも無い。
そもそも人混みが嫌いで、注目の的など完全にそれ以前の問題なタイカにとっては苦痛以外の何物でも無いだろう。先ほどから、俺の後ろに隠れて腰を掴んでいるその手が、微かに震えているのがわかる。
用事は既に終わったので、タイカの事を考えれば、とっとと引き上げたいところだった。
相手も俺の事が嫌いなようだし、ある意味利害の一致を見たと言えなくもないはずだ。
「―――待ちな」
なのにラルカクイントは、背を向けタイカの車椅子を押し、立ち去ろうとした俺の肩をグッと掴んで待ったをかけた。
「……一体何なんだ。お前は。ここで一戦やりたいっていう話ならお断りだ。俺は女を殴る趣味なんかないぜ」
心底ウンザリしつつ首だけを回してラルカクイントに告げる。
冷静になってみると、随分挑発的な台詞になったが、そこまで言わないと、こいつはわかりはしないだろう。
それを受けて、ラルカクイントは一瞬だけ引きつったような顔になった。
女云々とは言ったものの、実際ケンカなど俺は誰ともしたくはなかった。それは別段、怖いからとかではない。
だいぶ前、同じようにここにタイカと来たとき、ラルカクイントと同じように、俺、というか俺たちにちょっかいをかけてきた男がいた。
ソイツの事は今を持っても名前も知らないが、粗野で知られるハンターだったらしい。それを証明するような3m近い体躯を持った大男で、何が気に入らなかったのか、たまたま遅くにネストに来た俺たちに変なインネンをつけてきた。
最初、俺は同じように面倒に思ったし、一方で、1回死んだときの記憶もあり、サッサとタイカを連れて逃げようとしたのだが、そのヤジめいたゲスなインネンがタイカの、しかもその身体に及んだ事だけは聞き逃す事が出来なかった。
結果―――情けなくも逆上した俺によって、ソイツは文字通り半殺しとなった。
その時、俺は初めて知った。死ぬ前はともかく、今の俺は強いと言う事。それも桁外れに。
ある意味、当然と言えた。なにしろ俺はロボット。そのパワーも、反応速度も、生まれ変わる前の俺とは比較にならない。
言ってみれば、俺はパワーショベルや、ダンプカーのようなものだった。流石にそれを対象にして、宇宙人とはいえ人間が勝負してどうにかなるようなものではなかった。
それ以来、俺は別の意味で荒事を可能な限り避けるようになった。
とはいえ、それ以前にその逆上っぷりと、多分未だに復帰できていない相手の男の有様に、変に有名になってしまい、俺に絡もうという者は居なくなったが。
なので、今ではラルカクイントは俺に突っ掛かってくる唯一の存在だった。
だからといって、全く有り難くも何ともないが。
「っ……ふざけた事言ってんじゃねェぞ。あたしをバカにしてんのか……!」
コイツは……ホントに。ふざけてんのは、一体どっちだよ。
既に十分イライラしていたが、そのワケがわからないインネンに、俺はいい加減爆発しそうだった。
かといって、適当に脅しつけるのも気が引けるし、無論、殴るなど論外だった。
もういっそこのまま無理矢理振り切って逃げてしまうか。
でもそれじゃ根本解決にはならない。かといって話し合いは無駄。
いっそ本当に脅しつけてしまうか。