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TAMASHII・リレーション  作者: 後藤十蔵
第一章 車椅子の少女
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06話 ネスト

 公園を抜けると、すぐにハンターズネストに着く。

 そこは、外観は全く違うが、印象としては俺の知る市役所のそれに近い。着いたときには既に開いており、様々な者達がそこに集まってきている最中だった。

 この来訪者達は夕方にかけてどんどん多くなっていき、最終的には窓口でかなり待つ事になる。

 正直、今でも結構な人ではあるが、それでも一日通して考えれば十分に少ない方だ。


 「……」


 とはいえ、この人混みでもタイカには厳しいらしい。先ほどからかなり強張った顔になっている。

 その辺、気遣いたいところではあるのだが、かといってこの程度で気遣っていたらいつまで経っても換金が出来ないので、俺は無情にもタイカの車椅子を押し、ネストの中へ入っていった。


 「案外多いな」


 外では少ないほうと言ったものの、中に入ってみると、既にそこそこに人が集まっていた。

 前日、そこそこに大きな作戦があったため、様々な理由から可能な限り早く換金したい者や、俺たちと同じように混んでくる前に換金してしまおうとする者が集っているのだろう。


 そのまま奥に進み、窓口近くにあったチケット発券機から整理券を取る。この辺り銀行のそれと同じで、何時も不思議な気分になる。


 チケットを見ると、10と刻印されていた。

 勿論、俺の知るアラビア数字なんかじゃない。あえて言えば梵字に近い。初めてそれを見た時は、そのチケットが呪符のようにも見えたものだった。

 とにかく、


 「それなりに待つことになりそうだ」


 「……そうみたいだな」


 チケットをタイカに渡しながら、声を掛ける。

 タイカも、それを見て少し嘆息して答えた。タイカは心底嫌そうだが、嫌でも待つしかない。

 とりあえず俺は人が少なそうな壁際に移動して、タイカを横に、そこにあった簡素な椅子に座った。


 それにしても。

 何時も思うが、ここに来ると、いよいよ自分が地球ではないどこかに来てしまったんだなと、否応なく認識させられる。

 そこには本当の意味で様々な者達が居た。

 一応、辛うじて全員が人の形はしている。だが、およそ人間と呼べるそれなのかといえば、少なくともここにいる者達は俺の常識からはかなりかけ離れていた。


 例えば、最もすぐに目に付く、身長が2mを優に超えるだろう犬のような頭をした男。

 地球的常識なら、まさに狼男といった体だが、何にしても現実に目にするとしたならば悪夢のような姿だった。その目はギラギラと輝き、口元からはスルドイ牙が覗いている。大柄な体に似合うように、豪腕を証明するかのような太い腕。

 ファンタジー的に言えば間違いなくモンスター。討伐したら経験値が高そうだった。


 或いは、カウンターで職員相手に何かを楽しそうに話している一見スポーティな女の子は、腕が4本あった。ついでに目が三つある。もう少し頑張れば阿修羅観音像にほど近くなるが、現状でも十分に異様なほどの存在感がある。四本の腕が違和感なくわきわきと動く様は、幻惑されて目眩すらしそうだった。

 それを対応している職員も普通に二本の角が生えているし、所々に艶めかしくも、一目見て硬質とわかる鱗がある。


 とにかくそれを人種と呼んでいいのかさっぱりわからないが、ここではそんな宇宙人で一杯だった。彼、或いは彼女らは、それこそ宇宙各方面の様々な星系からここにやってきたナントカ星人ばかりで、その様はさながら宇宙人の品評会場のようでもあった。


 とはいえ、何のことはない。

 そんな事を思っている俺だって、宇宙人どころかロボットだった。多分それは、この中では最も異端だろう。

 最初の頃は、この光景があまりにも俺には異質すぎて、正直恐れしか感じなかった。

 それがわりと早い段階で慣れてしまったのは、ひとえにタイカの存在が大きい。


 隣のタイカを見る。

 人形のような美しい顔立ちをしていても、タイカだって普通に宇宙人。なにせ角が生えてる。しかも二本も。


 そして見た目はどうあれ、その性格は、如何にも人間くさいそれだった。

 その顔は、緊張のため少し青ざめて見える。俺は、その様に思い出すものがあって、軽く吹き出した。


 「な、なんだよ、シュリ……」


 「はは、いやな、前の事を思い出して……ごめん」


 笑う俺を、緊張したまま抗議の目で見るタイカ。それがおかしくて、俺は発作のように一頻り笑った後、一言謝ってから続けた。


 「初めてここに来たときは、何て言うのかな、こう……異世界に来たなあって気持ちがあってさ、凄い緊張してたんだよ、俺。それで、今みたいにここに座って、この光景に圧倒されてたらよ……隣見たら、タイカが俺より遙かに緊張した顔になってたんだよ。それ見てなんか一気に萎えてなぁ」


 あ、だめだ。また笑いそうだ。隣のタイカが凄い目で俺を見てる。

 俺はそんなタイカを、表情を改めてじっと見つめ返した。


 「……だから、ありがとうな。タイカ」


 「……っ?!」


 固まったタイカをそのままにして、思いを続ける。

 タイカには、ほんとうに感謝してもしきれないほどだ。今言った一件だけじゃない。右も左もわからない。なにもかも、体すらも変わってしまった俺。

 本当だったら、そのままのたれ死んでいてもおかしくなかったはずだ。

 それを救ってくれたのは、タイカに他ならなかった。


 それに気付いた時、俺にとってのこの世界は変わった。或いは、開き直ったとも言える。

 実のところ、さっき宇宙人として挙げた二人だって、今では普通に知り合いだった。


 狼男はガッハラン。クラス5の戦闘機乗りだ。

 見た目、エンカウントした瞬間丸かじりにされそうな風体ではあるが、その内面はもの凄く繊細で、物腰も柔らかい。

 実はさっき目が合ったときも、軽く手を挙げて挨拶された。この優しい狼男は、その風体でタイカを緊張させてしまうのを、もの凄く気にしていて、俺がタイカと一緒に居る時は声を掛けてくる事はない。ひどく思慮深い性格だった。

 その一方で、クラス5が示すとおり、戦場では狂ったような機動と機体に取り付けた大型レーザーブレードで敵を葬る狂戦士(バーサーカー)でもある。ハンターチーム『バルカグライン』のトップエースだった。


 阿修羅少女はミララルディ。

 こちらは、見た目通り……といっていいのかどうかはわからないが、そのボーイッシュな雰囲気通り、普通の活発な女の子だった。カウンターの職員の娘とのお喋りに夢中になっていてこっちには気付いていないが、目を合わせば挨拶はしてくるボクっ娘でもある。

 こっちはこっちで積極的にタイカにも絡みにくるので、タイカは普通に彼女が苦手だった。

 ちなみに戦場では俺と同じく、スナイパータイプの戦術を得意とする。三つの目が敵を確実に捕らえ、電磁加速砲(レールガン)で仕留める、クラス7のハンターだ。


 ともかく、開き直って接してみれば、みんなわりと普通の人だった。

 勿論、異世界ならではのおかしな価値観の相違はあるが、全く理解が及ばないほどでは無い。

 それに気付く切っ掛けをくれたのも、やはりタイカだった。

 そんな彼女が、コミュ症なのは皮肉と言うほかは無いが、逆にだからこそ、俺は安心してこの世界を受け入れる事が出来たのだと思う。

 でなければ、宇宙、ロボット、そしてハンターとしての生活という、あまりにも変化してしまった日常に、きっと俺は堪える事が出来なかっただろう。


 「お、順番だぞ」


 目の前の電光板が俺たちの持つチケットの数を示す。

 それを見て、俺は固まったままのタイカを促して、俺は示された窓口に車椅子を押しつつ向かった。






 「よう、爺さん」


 窓口は3番。

 ネストの職員はこれまた様々な人種によって構成されているが、その3番窓口に居たのは、少なくとも見た目はかなり歳食った爺さんだった。


 但し、頭にはウサギの耳が生えていた。

 言ってはいけないが、かなりシュールだった。

 これを何と呼ぼうか。バニー・グランパ。それともアンクル・バニー。

 そんな事を毎回考えてしまうが、当たり前だが爺さんには普通に名前がある。

 ベンディクトン。

 或いはハンターから畏敬を込めてベン翁と呼ばれるそれが、このネストの生き字引と呼ばれる職員の名前だった。


 「ああ、ああ。お前か。タイカも、良く来たね」


 胡乱な目が、タイカを捉えた瞬間、やに下がった好々爺のそれになる。肝心のタイカの方も、表情が少し硬いものの、さっきほどにはガチガチではない。


 「うん、ベン爺も元気そうだね」


 その上、きちんと礼を返した。

 初めて見たならそれは驚愕モノのシーンではあったが、それは実は以前から知り合いなどという割と単純な理由で説明出来てしまうことを、俺は既に知っている。なので今更驚かない。それと、ベン翁のその年齢から来る物腰の柔らかさが、タイカをして警戒心を無くさせているのかも知れない。


 「はい、カード」


 なのだが、それでもやっぱりそっけない。俺と一緒の時とは、何かが違う。壁を作っていて相手を中に入れない、という感じだった。

 とはいうものの、それでもベン翁に対するその姿勢は、まだ全然マシな方だ。カカロゼとか、多分殆どタイカの声を聞いた事がないに違いない。

 その辺りベン翁もわかっているようだ。気分を害するどころか、にこにこ笑ってタイカの差し出したハンターカードを受け取る姿に、何とも言えない年の功を感じる。


 「タイカ。クラス7ハンター、と。お前も、もうちょっと頑張らんか」


 「無理言うなよ爺さん。こちとら二人でやってんだ。クラス6とか無理だろ」


 『お前』という部分で俺を見ながら言うベン翁の勝手な言いぐさに、はっ、と吐き捨てるように返す。

 無論、これもベン翁だからだ。ついつっけどんな言い方にはなるけど、この爺さんには何故か素直な自分になれている気がする。だからこそ、タイカもベン翁にだけは向き合えるのかも知れない。

 さすが、こんな場所での生き字引。老獪というべきなのだろうか。


 それにしても、クラス6、か。


 カウンターに投げ出されたタイカ……なのだが、俺のカードでもあるそれを見ながら思う。そこには当然タイカの名前と、確かにクラス7と記載されてあった。


 クラスナンバーというのは、ハンターとしての実力そのものを意味する番号だ。

 それがどういう経緯で導入されているのかはわからないが、一種の勲章として機能するそれは、確かにより上を目指そうというハンター達の向上心の醸成に寄与している。

 今日は10、明日は9、という感じに。

 そんなクラスは1から10まで。勿論、1が最高で10が最低だ。このバーガベイドにハンターとして登録した段階では、それ以前に如何に華々しい戦歴を上げていようとも必ず10から始まる。

 そしてクラス毎に設定された課題をクリアする事で一つずつ上がっていく。例えば10から9へは敵機1以上の撃墜。9から8へは10機撃墜破……と、クラスが上がるに伴って、課題が難しくなっていく。


 現在56機撃墜の俺の戦果に伴い、タイカのハンターランクは7となっている。実8から7は30機撃墜破なので、結構前にランク7になったのだが、問題はその上、ランク6だった。


 ランク7から6の課題は「中型戦闘艇を1機含む、50機の撃墜破」だった。

 スコア56機なので、既に機数分は倒しているものの、中型戦闘艇というのが問題だった。

 これまで俺が倒してきた敵は全て小型戦闘機だ。先読みの能力もあって、小型であれば、どんなものであれ倒せる自信がある。


 だが、中型は別だった。

 中型、などというが、実際の大きさはハクロオドを超えるほどに大きい。伴い、防御力も高い。とにかく、しぶとい。

 それは少なくともストレガの現在の装備である大口径レーザーでは倒しきれない。それにクローでの接近戦も、その大きさを思えば仕留めきる事が出来ない。

 そもそもレーザーにしてもクローにしても、今の俺の用兵思想に基づいた、一撃必殺に特化した兵装だった。その為扱いづらさをあえて無視し、破壊力重視となっている。

 この破壊力を持って確実に相手の戦闘能力を奪うというのが俺の戦い方だ。


 だが、中型戦闘艇はその一撃を防ぎ切ってしまう。

 その後訪れるのは、強烈な反撃に他ならない。その火力も半端ない。そしてその攻撃の前に、ストレガの直接防御力は無いに等しい。


 もしかすると、倒せるのかもしれない。ただ、それに挑むにはあまりにもリスクが高すぎた。

 撃墜されては、何にもならない。危ない橋は渡りたくも無かった。


 「勿論、ワシとてアレを一人で……いや二人で倒せとは言わんよ。そりゃ無理じゃ。だったら、どっかと組むなり、人を増やすなりせねば何れ限界が来よう。その限界は、今来ているんじゃないのか?」


 「そりゃ、わかってるさ」


 そんなことは、わかりすぎるほどわかっている。言われるまでも無い。

 どんなに技量が上がろうが、一人の技量の上下(うえした)なんて、戦力として数えた場合、そこまで意味があるものなんかじゃない。数を揃えた方が遙かにいいに決まってる。


 このあたり、正規軍の方が戦闘力が上という話にも繋がる。

 実は一人一人の個人技量では、ハンターの方がやや上にある。ただ、ハンターは基本的に集団戦闘に向かない。隊列を組んだ戦術機動など、やったことがないからだ。統一的指令系統も存在しない。

 その点、正規軍はその数を武器にする術に長けている。勿論、司令官次第だが戦術というものが最大限発揮されるため、粘り強くもある。

 もしハンターズと正規軍が正面からやり合った場合、良くて勝てるのは最初だけ。最終的には圧倒されて負けるだろう。


 話が逸れたが、とにかく人が少なすぎるのは事実だった。

 ただ、だからといって増やしたいかと言えば微妙だった。言うまでも無い。タイカの存在が大きい。

 間違いなく、タイカは人を増やしたいなんて思っていないはずだ。少なくとも、今は。

 それは良いとか悪いとか、そういう話をすれば色々あるのはわかっている。だけど今は、出来るだけタイカの意思を尊重したい。


 彼女は主人で、俺は従者。

 俺たちはそうした存在なのだから。

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