05話 カカロゼ
「んじゃ、何時ものね」
それを証明するようにあっさりと俺から離れたカカロゼは、ワゴンに戻るとランチボックスを二つ持ってきた。それを受け取り、タイカから預かっているクレジットカードを切る。
「ありがと。んじゃ、あたし、もー少し準備あるから、そのあとでちょっと話、聞かせてよね」
「教えられることだけな」
「わかってるってー」
ワゴンの前に三つほど設置された丸テーブルの一つを占拠して、タイカを車椅子ごと、そして俺は簡易な椅子を引いてそこに座った。
「まあ、そう不機嫌になるなよ。カカロゼも悪気あってじゃないし」
ランチボックスを目の前に、思いっきり不機嫌顔のタイカに、俺は何かを言われる前に先にフォローに回る。
「……それはわかってるんだ。でも、ここに来たらシュリが取られそうな気がして……」
何か葛藤のようなものがあって、ぼそぼそと小声で言い淀むタイカの頭を、俺はぽんぽんと軽く撫でる。
「んなわけないだろ。主人と従者。俺はタイカの物なのに、何処にも行くわけ無いだろ」
「あ、あ、あ、当たり前、だ!」
「んじゃ、食おうぜ」
何となく機嫌が戻ったような気がしたタイカを促して、ランチボックスの蓋を開ける。
そうするとタイカも何だか信じられないようなものを見る目で俺を見ながら、ため息をついて、自分もランチボックスの蓋を開けた。
「ああう、パピ嫌いなんだ……シュリ、あげる」
中を見たタイカはうっと唸って渋面を作った。パピというと野菜の一種で独特の苦みがある。身も蓋もなく言えば、地球のピーマンに近い。というか、ひょっとすると実はピーマンそのものであって、呼び方が違うだけなのかも知れない。
「だーめ。そうでなくてもタイカは偏食なんだからな。一つだけでも食べなさい」
地球的常識に依ってタイカに言う。そのまま、俺は自分のランチボックスのパピを口の中に放り込んだ。
機械の体ではあるが、俺は一応食事を取る事が出来る。味覚すらもわかる。
といっても、それは『出来る』という話であって、実は食事が『必要』というわけではない。
自分の身体が一体なんの動力で動いているのか、さっぱりわからないが、本来は目に見える形での外部からのエネルギー供給は必要ないらしい。
かといって永久機関が搭載されているというわけではなく、その辺は、タイカに教えて貰ったのだが、その辺の大気とか粒子とかなんかそういうものから、エネルギーを賄っているそうだ。
詰まる話、それって光合成みたいだなと言ったら、そうだねとあっさりとタイカに肯定された。その時の俺の心中を説明するのは、ちょっと難しい。
それはともかく、俺としては、ちゃんと食事が取れるというのは有り難い事だった。多分に、食べるという行為は楽しいことでもあるから。
思えば、もしそうでないとするなら、食事を取るタイカをじっと見る俺みたいな構図になっていたワケで、それは俺にしてもタイカにしても、微妙な気持ちにしかならなかっただろう。
「はー、準備終わり終わり。後はお客待ちねー」
もの凄い渋面を作って、でも真面目にパピを咀嚼するタイカを見ていたら、出店準備が終わったらしいカカロゼがやってきて、何の遠慮もなく俺たちのテーブルに座った。
タイカがまた何とも言えない顔になるが、例によって抗議の声を上げる事はない。といっても、さっき程には、拒絶!という感じでは無いみたいだが。
「んで、今どうなってるの?」
特に頼んでいない手に持った飲み物を俺たちに回しながら、カカロゼはそう聞いてくる。
全力で主語が抜けているが、詰まる話聞きたいのは戦況だ。実際、毎回聞かれてるので、カカロゼの言葉はそれで済んでしまう。
「んー、前の作戦は、それなりだな。その前の作戦で正規部隊がだいぶ損害受けたから結構押し込まれてるんだけど、なんとか防いでるトコだ」
「……ひょっとしてあんまり旗色良くない?」
「まあ……な」
急に神妙な顔になったカカロゼに、話しすぎたなと思いつつも、俺は素直に言った。
本当の事だったからだ。
『敵』との戦線と呼べる部分は、現状かなりバーガベイドに近い。何しろ、バーガベイドから直接戦闘機が出撃するほどだ。
バーガベイドは滅多な事では動く事は無いが、そこに係留された艦船は別だった。むしろバーガベイドの機動戦力の殆どはそうした艦船群にあり、戦闘機はその搭載兵器に過ぎない。
なので、普通攻めている間は、バーガベイドから艦隊が出撃し、戦闘開始と同時に艦載機を射出する。そういう流れになる。なにしろ戦闘機は足が短いし、空間跳躍も出来ない。
だから本来は、バーガベイドから直に出撃するのは有り得ない事態だった。
また、バーガベイドには帝国の正規軍と、傭兵とも言える俺たち、ハンターズの二種類の戦力を擁している。
純粋な戦争遂行能力は正規軍の方が遙かに上位にあり、それが事実上の主力なのだが、三ヶ月ほど前の作戦で大きな損害を受けていて、現状攻勢に出られない状態にある。
指令系統がハッキリしない、ある意味烏合の集とも言えるハンターズだけでは、正面切った攻勢は不可能なので、今は守りに徹している状態だった。
「まあでも、今のとこ良く守れてるし、大丈夫だろ」
「うーん、そっかあ。でも主星奪還なんて全然まだ無理っぽいわねー」
ややがっかりした顔で、カカロゼはそう言って、パックの飲料をちゅーっと飲んだ。
以前聞いた話だと、カカロゼはこの恒星系主星のダリアナガン人なのだという。
といっても、ダリアナガンが『敵』に奪われたのはかれこれ100年以上昔なので、カカロゼ自身は故郷を知らず、バーガベイドで生まれ育った所謂二世なんだとか。100年前で二世というのもアレなんだが、そもそもダリアナガン人は長寿らしく、それも変じゃないとのことだった。それを聞いて、流石見た目エルフ、などと思ったものだ。
ただ、それだけに望郷の念というよりも、憬れのようなものがあるらしい。夢は故郷の海を見る事かな、と自分でも信じてないような口調で彼女は語った。
「まあ、頑張るさ。守るだけならハンターズでいける。取りあえず正規が回復するまでは我慢するしかないな」
「あ……ごめん。シュリ達は頑張ってるのに、こんな事言っちゃ駄目だよね、あはは。でも、応援はしてるから、頑張ってね」
「ああ、よろしく頼むぜ」
そう言葉を交わし、カカロゼはワゴンにやってきた客の対応に席を立った。
見ると、とっくにタイカも食事を食べ終わっていた。
人通りが少し増えたのを見るに、もういい加減、ネストも開いた頃なのかも知れない。
「タイカ、取りあえず今日はネストだけで良いのか?他、なんか買う物とかあるか?」
俺とカカロゼが話している間、結局一言も言葉を発しなかったタイカに、そう声を掛ける。そうすると、タイカはつまらなそうな顔を曖昧な笑顔にして、俺に向き直った。
「う、ん。そうだな、今日はお金貰うだけにしておく。ストレガもレーザーの修理は終わったけど、あのトゲのほうはもう少し。とりあえず取り付けてみたけど、まともに使うにはもうすこしいじらなきゃいけないから。もしかすると、パーツも必要になるかも知れないし、買い物はその時で良いな」
その言葉は、いかにも道理が通っていたものの、何故か俺はその顔に、タイカが何か無理をしているような―――そんな印象を受けた。
少し考える。
こうした顔をタイカがするときは、何かを我慢しているときということはわかっている。
とはいえ、どうしたいのかは、ちょっとわからない。なにしろバリバリのインドア派なタイカだった。何か喜びそうな事をしてやりたいが、彼女の趣味を考えてみても、普通に機械いじり以外のものが思い浮かばない。
かといって、はっきりとこうするという話をタイカがした以上、今更「何かして欲しい事は無いか」と聞くのも躊躇われた。
「んー……じゃあ、帰ったらなんか甘い物でも作ってやるよ」
俺は悩んだ末に、そう提案した。
得意、というわけではないが、地球に居た頃は、簡単な料理なら実際やっていた俺だった。なので、こっちに来てからも暇なとき何となく料理をしていたので、今では、謎食材を使いながらもある程度なら作れる。
その手練で、以前焼きリンゴらしきものを作ったら、タイカはかなり喜んでいた。その思い出があるからこその提案だった。
ちなみに、タイカは料理が出来ない。というか、料理をするという文化そのものが欠けていた。
「本当か?!シュリ!じゃあ、早くネスト行って帰ろう!」
言った俺も驚くぐらいに、タイカはその提案にノってきた。それはもう、本当に嬉しそうに。
それに思わず苦笑してしまう。
冥利に尽きると言えるし、それはそれで嬉しくもあるけれど、その一方で何かが間違っている気もした。
素直に言えば、タイカにはもっと表に出て欲しいなと思う。そしていろいろなものを見て、もっと俺だけじゃなくて、普通に人と接して欲しい。
だからこそ、出来るだけ一緒に外に出ようと誘う。
でも、そうかといえば葛藤もあった。
ここは異世界であり、俺はそこに紛れ込んだ異物でもある。俺のこの考えは、ひょっとしたら間違っているのかも知れない。
異世界であるという考えを抜きにしても、過去に何かがあり、今や手足を失った彼女に、そうしたものを与えたいと思う俺の気持ちは、もしかするとただの自己満足なのかも。
「……シュリ?」
っと。
つい考え込んでしまった。不思議そうに俺を見上げるタイカを意識的に無視して、さり気なく頭を振り、考えを追い出す。
「……そうだな、さっさとボーナス貰って、帰るか!」
「甘い物も忘れないで欲しいよ」
「もちろん。タイカの好きなもの作っちゃうからなっ」
やった、と子供のように喜ぶタイカを見て思う。
ゆっくりやればいいんだ。焦る必要なんて何処にも無くて、悩む事も何も無い。
そうして何となく二人で歩いて行けばいい。
そのうち、なるようになるだろ。
俺はそう結論して、タイカの頭に手を置いた。
「な、なんだ」
「じゃあ、帰るまでに何が良いか考えておいてくれ」
「……!わかった」
「んじゃ、行くか。んじゃ、またな。カカロゼ」
軽く手を上げ、ワゴンの中のカカロゼに声を掛けた。
すると目が合ったカカロゼは、さっきまでの雰囲気とは変わって眉を顰めて何か言いたそうな顔をした。
なんか、あったのだろうか。
「はーい。また寄ってよね。二人とも!」
それが如何にも気になったが、カカロゼはすぐに先ほどの笑顔に戻り、他の客が居るにもかかわらず、大きく手を振ってそう言った。
少し首を傾げて、今のカカロゼの表情の意味を考えてみる。
……さっぱりわからない。
首を捻りながら車椅子を押しつつタイカを見ると、後ろを振り返って小さくカカロゼに手を振っていた。
それを見て俺は、ひょっとするとタイカも変わろうとしているのかもしれないと感じ、その思いに一杯となって、カカロゼが見せた反応など、すぐに忘れてしまった。