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TAMASHII・リレーション  作者: 後藤十蔵
第一章 車椅子の少女
12/13

幕間1 タイカ01

 その日、私は、大切なものを無くした。

 私の、兄。

 私の、腕。

 私の―――


 それは突然だった。

 私達の乗った恒星間宇宙船が、『敵』に襲われ、それまで『敵』の存在など全く知らなかった私達の船は、抵抗する間もなく、あっという間に撃沈された。


 私は、その歴史的ともいえる事故の、唯一の生き残りとなってしまった。






 私は、忌み子として生まれた。

 生まれた私には、もともと両足が無かった。

 私には兄が居たが、父様と母様は両足無く生まれた私を愛してくれることは無く、専ら兄を溺愛した。


 寂しくて。

 辛くて。

 愛して欲しくて。


 子供にとって、親って特別なもの。

 近くに居て、当たり前のように子供に愛を注いでくれる。

 それは、私がどこかに見る当然の光景で、でも決して私が得られるものではない。

 何故なんだろう。私に両足が無いのがいけないんだ。

 でもどうしたらいいんだろう。私はどうしたらいいんだろう?

 そんな答えは、どこにもない。誰も、教えてもくれない。


 兄は私に優しかった。

 それはもしかすると、哀れな私を同情するそれだったのかも知れない。

 でも何もない私は、それに縋るしか無かった。それが、私のたった一つだったから。

 両親はそれが気に入らないようだった。

 優秀で大切な兄に纏わり付く、持つべきものを持たざる、忌むべき私。

 両親にとって、悪いのは誰なのか、それは明白だった。

 だけど、私には兄が居る。

 きっと何時かは両親だって。

 そうした夢を見なければ、縋らなければ、現実に堪えられない。

 誰かを見るのが、辛い。

 その誰かには、両足がある。

 その誰かには、愛してくれる両親が居る。

 私には、当然あるべきそれらが無い。

 多分、もし兄が居なければ、私は世の中のなにもかもを呪っただろう。


 それでも月日は巡る。

 私が生まれて10年目の日。兄は私を連れ出して、旅行へ行こうと誘ってくれた。

 車椅子なのは仕方ない。私はお気に入りの服を着て、自分の意思では一歩も出ることが出来なかった部屋から、家から、連れ出された。

 車椅子を押されながら、着いた先は宇宙港。そして当然のように宇宙船に乗る。

 どこにいくんだろう?わからないけれど、初めて見る宙の様に、或いは隣に座り微笑む兄に、それが嬉しくて、はしゃぐ私は、何も疑問に思わなかった。

 そんな私に兄は優しく私の名前を呼んだ。


 『タイカ』


 たった一言。それが。

 兄の。

 最後の。

 言葉だった。






 生き残った私は、そして、さらに失った。

 それは、夢だった。

 兄を失ったと知った私は、もちろん悲しかった。

 だけど、心のどこかで、こう、思った。


 兄が、居なければ、両親は私を愛してくれるのかな?


 それは、ずっとずっと、心の片隅にあったもの。

 嫉妬。

 私が貰えない全てを持った、兄への嫉妬だった。

 それは、優しいとかそうでないとか関係なくて、近くに居て何時だって羨む、決して私が得られない全てを持った者を見続けた私に宿る、くらやみだった。

 いっそ、兄が優しくなければ良かったのにと、何度思ったかはわからない。

 もしそうなら、世の中の全てを呪うことが出来るのに、と。


 そんな兄は、死んだ。居なくなった。

 私はその感情に戸惑いながら、でも、どこかで期待した。もしかしたら、と。


 でも、その罰は、すぐに私に下された。

 両親は、私に言った。


 『お前が死ねば良かったんだ』


 夢は、夢でしか無かった。縋ったそれは、あまりにも儚くて。


 兄を失い。

 今、両親を失い。

 夢を失い。

 腕を失い。


 私は、全てを失ってしまった。






 それでも私は生きることが出来た。

 何もかも失ったはずだけど、社会が、その唯一の生き残りの、私を生かした。

 私はその時、全部失ったと考えていたけれど、様々な、僅かな繋がりが、私を生かしてくれていた。彼、彼女らは私を思い、色んな事をしてくれた。

 だけど、私はそれに感謝することも出来なかった。

 なぜなら、そんな繋がりを、私はまた無くしてしまうのが怖かったから。


 生き残ったものの、私は自分がこれからどうしたらいいのか、わからなかった。

 あるのはただ、失ったものへの大きすぎる喪失感。

 そして―――未だにその存在が謎な『敵』に対する憎しみだけ。そう思わなければ、そうやって自分を誤魔化さなければ、私は壊れてしまいそうだったから。

 だけど、その憎しみを、どうしたらいいのかわからない。

 何もかも失ったと思っていた私は、その手段を考える事も出来なかった。






 ―――何時、そう思うようになったのかは、わからない。

 それはきっと、あの箱を受け取った日からなのだろう。

 その箱は、不思議なものだった。大きさは片手に乗る程度。装飾も無くて、くすんだ地金の、でも何の金属で出来ているのかぜんぜんわからない箱。


 それは、ソウル・リレーション・システムだと、その人は語った。


 ソウル()リレーション()システム()

 それは、人格を―――意識を形成する装置。ある種の、AI。

 それを使って、戦いなさいとその人は言った。

 それを元に、戦う手段を組み上げ、そして『敵』と戦え、と。


 その人が、一体何の目的で、私にそう言ったかはわからない。

 だけれど、それは生きる意味すらもわからなくなった私にとって、それは新しい目的として、与えられた。


 そう―――戦うんだ。


 復讐、するんだ。

 私からなにもかもを奪ったあの『敵』に。


 その日から、私はその手段を組み上げる事に躍起になった。

 科学、工学、色んなものを学習しながら、少しずつそのS・R・Sを中心に、身体を、四肢を、組み上げていく。

 同時に、にわかに始まった『敵』の攻勢に対抗し、戦闘を繰り返す軍の情報も集めていく。


 ―――永い年月の果て、私は漸く、S・R・Sと擬体を組み上げた。

 その頃には、私はそうした方面で少し知られる存在になっていたけど、そんなことは私にはどうでも良かった。

 結局のところ、このS・R・Sが一体何なのか、どうして意思を宿すのか、それは全くわからなかった。


 だけど、私は信じた。


 全てを作り、そして待った。






 そして遂に、私は、彼に、出会った。

 彼は、自分を『シュリ』と名乗った。


 私は、その宿った『シュリ』が、このS・R・Sの謎を教えてくれるんだと思っていた。

 だけど、それは逆だった。むしろ『シュリ』が何も知らなかった。

 それどころか、ココが何処かすらもわかっていないようだった。

 その頃、『シュリ』の覚醒を待ちながら、『敵』との最前線だった要塞に移っていた私は、その事実に戸惑った。

 宿った意思に、戦う意思は、無かった。それは酷く混乱し、私から見ると、わけがわからないことを口走る、謎の存在だった。

 でも、私はそれを使って、戦わなければならない。

 その為に、永いながい年月を、たった一人で生きてきたのだから。


 私は根気よく、『シュリ』に、ここのことを、そして戦わなければならないことを、教えていった。

 幸いにも、『シュリ』は、それに対して混乱こそしていたものの、割と順調に仕上がっていった。

 戦闘意思『シュリ』そして、空間戦闘機『ストレガ』。

 私の戦う手段は、私の復讐の力は、漸く整った。


 そんな経緯だったから、私は、『シュリ』を道具として考えた。

 逆に、だからこそ、その存在に耐えられたんだと思う。

 『シュリ』はロボット(スレーブ)で、私はその主人(マスター)。だから、それは私の物で、私のために戦うのが当然。


 確かに、意思らしきものはあるし、私の言葉にも反応してくれる。

 でも、機械。私の従属。私の道具。

 私のために存在し、私のために戦って、私のために、多分壊れる。

 そんな存在。


 だった。


 だけど。


 何時しか、いつ頃からか、私の知らない間に、『シュリ』は、そうじゃなくなった。

 それは考えないようにしていたのかもしれない。

 そう、思いたくなかったのかも。


 優しくて、従順で、何時も側に居て、私のために戦う『シュリ』は、時には厳しくて……私の為に、何時も何かを考えてくれている。


 そんな『シュリ』は。


 道具なんかじゃ無かった。


 従属なんかじゃ無かった。


 それを強く思い起こさせたのは、『敵』に要塞近くまで敵に攻め込まれた時だった。

 その時、シュリは、ストレガは、私が設置したトゲの爆発に巻き込まれて―――


 半壊したストレガが、それでもハクロオドに戻ってきたときの、私の気持ちをどう表したらいいだろう?


 戻ってきてくれた。

 助けてくれた。

 壊れそうだった。

 死にそうだった。

 失ってしま(・・・・・)いそうだった(・・・・・・)


 そう、何よりもそこで感じたのは、再び失う恐怖に他ならなかった。


 道具だって思ってたから、従属だって思ってたから、私はその存在に堪えることが出来た。

 でも、違う。『シュリ』は、道具でも、従属でも無い。


 シュリだ。


 あの日、兄を失ってから、ずっと無くしていたもの。

 誰にも渡したくない、失いたくない、私の全て。

 私の、私だけの、ずっとずっと、心から欲しかった、たった一つ。

 もう、たった一つだけでいい。後は何もかもいらないと、願い続けて手に入れた、私だけのもの。


 私は、その夜、怖くて怖くて震えて眠った。

 それでも手を握ってくれる、シュリの冷たくて、暖かい手を感じながら。


 そして、目を覚まして、私は考える。

 深く深く、考える。

 二度と失うわけにはいかないシュリを、どうするべきなのか。

 どう考えるべきなのか。

 どうして、いくべきなのか。


 道具でも、従属でもないシュリは、でも戦闘機乗りだった。

 止めさせる、べきなのか。

 それでいいんだろうか。果たしてそれでいいんだろうか。


 そうじゃない気がする。

 それは私達の始まりを、それは否定してしまう。

 いまここにある繋がりを、否定してしまう。


 ―――私はシュリが好きだ。


 一緒に居たい。何時だって。

 例えそれが、機械の身体でも、シュリはシュリだ。


 だから、私は一緒にいよう。

 彼が戦うように、私も戦おう。

 そして並び立って、何時も歩けるように、私は変わろう。

 私の為に、シュリのために。

 生きて―――死のう。


 そう思った翌日、私はシュリにお使いを頼み、一人ハクロオドに残った。

 広い、広いハクロオド。シュリが居ないここは、こんなにも広かったのか。

 思いながらも、私は私のしなければならないことをする。


 S・R・Sには、もう一つの隠された機能がある。

 それは、文字通り『繋がる』能力。

 S・R・Sのシュリが、例えどんなに―――何万光年離れようと、タイムラグ無く繋がれる機能。

 それは、あらゆる法則から外れた戦慄の機能。

 でも、それが何故なのかなんて、どうでもいい。そうしたことが出来る、という事実が大切だった。

 それを使って私は、このハクロオドと、ストレガ、正確にはシュリを繋いでいる。


 そして、今、私を繋げる。


 左の義手。

 その中に、私は神経毒を仕込んだ。そして、それをシュリに繋げる。

 もし、この繋がりが切れたとき、それが私の身体に巡るように機能をセットする。それは直ぐさまに、私の魂を、消してくれるだろう。

 もう二度と、失ってしまわないように。

 それを、理解する前に。私を。






 ―――思えば、私は幸せだった。

 シュリが生まれて、この1年。

 シュリはずっと、私に、幸せをくれた。

 それは、多分、私がずっと求めていたものだった。

 無くしてしまう恐怖から、ずっと目を逸らしていたものだったんだろう。


 幸せ。

 多分きっと、ずっとそう。

 シュリがいつかある日、ここから居なくなったとき、私も―――消えるんだろう。


 幸せ。


 ほんとうに、きっと、いつか、私が消えるまで、ずっと幸せ。

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