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TAMASHII・リレーション  作者: 後藤十蔵
第一章 車椅子の少女
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11話 戦闘詳報5210号

 まず、戦いがどうなったかを、話しておこうと思う。


 オンラインで配布される『戦闘詳報5210号』によると、今回押し寄せた中型戦闘艇13機を含む『敵』の2500機にも及ぶ大部隊は、最終的にその大部分が討ち取られ、残りは撤退したとの事だった。

 その13機の内訳については、空間戦闘機による撃破が7。バーガベイドの要塞砲によるものが3。戦闘艦の艦砲によるものが2―――要するに、逃げたのは1機のみだった。

 無論、この空間戦闘機による7のうち、1は俺たちによるものだ。

 ネストで散々無理だ無理だと言っておいて、こんなにも直ぐに中型戦闘艇を墜とす機会があるとは思わなかった。

 だからといって、本心を言えば、出来ればもう二度と相手したくない敵である事も、また間違いが無かった。

 名誉だし、実利もある。

 だけど、その度に死にそうになるのは、正直勘弁したいことでもあったから。


 また一方でこちらの損害も大きい。

 軍は1500機が出撃して未帰還350―――元々戦力回復中だったところに加え、更に戦力を失った結果となっている。

 その上、戦闘艦も1隻失っている。

 現状のバーガベイドの戦力はかなり危険な水準まで落ちていると想像出来る。

 これは本当に危険な状態だった。

 もし、同じ規模で攻められた場合。或いは、波状攻撃でも受けた場合。

 バーガベイドは保たないかも知れない。


 ハンターズの被害は、同じく1500機ほど出撃して未帰還200余機。やはり大きな被害ではあるが、乱戦だったためハンターズの技量が遺憾なく発揮され、軍よりも低い損害に抑えることが出来ている。損害の殆どはクラス8や9に集中していて、10、つまり新兵に至っては1/3が撃墜されている状態だった。

 これは仕方の無い―――そういう表現が許されるのであれば―――事だった。なぜならば、通常最も撃墜されやすいのが経験浅い新兵なのに加えて、通常各チームの戦域に守られる彼らが、乱戦により守られなかった事による結果だった。


 そして、未帰還、その殆どが、本当の意味で未帰還となっている。

 要するに、その者達は戦死だ。

 宇宙人といえ、宇宙空間で生命維持装置無しでは生きられない。

 よって、殆どの場合、空間戦闘機乗りにとって被撃墜とは死を意味した。

 無論、これはこれで、大問題だった。

 戦闘機そのものはいくらでも増産できるが、だが、戦闘機乗りはそうもいかない。

 下位クラスとはいえ、後に続く者が居なくなったハンターズも、かなり危険な状態だった。


 実際、俺ももう少しで死ぬところだった。

 もちろん、死ぬと言えば転生した身だし、そもそもこの身体で死ぬとどうなるのかという問題はあるにしても、気にはなっても当然試したいわけじゃ無い。


 あの時、粒子砲を撃ったあと、実際にトゲは爆発を起こした。それも結構な大爆発だった。

 それにも関わらず、今こうして生きているのは、咄嗟にトゲをパージできたからに他ならない。

 ボルトオンされたトゲは、機体制御ではパージ出来ない。それは、タイカが言ったとおりだ。

 なので、俺はクローアームでそれを無理矢理引っぺがしたのだ。


 それでも割と至近距離で爆発したそれは、機体(ストレガ)に大きなダメージを与えた。ラルカクイントの損傷とか、それどころでは無く、アームはもげるわ、エンジンはイカレるわで、結果、ストレガは大破と言っても過言では無い損害を受ける結果となった。


 「……と、いうわけさ」


 そして俺は、あの『敵』襲撃から数日後、一人ハンターズシティまで出てきて、公園内にあるカカロゼのオープンカフェで一息ついていた。

 目の前には、当たり前のように同じテーブルに座るカカロゼ。店はどうした、というのは最早野暮なのだろう。


 「へぇ、大変だったのね。お疲れ様……ところで今日は、タイカはどうしたの?」


 「あいつはここ数日、ストレガの修理に掛かりっきりだな」


 「ふぅん……珍しいのね」


 確かに、珍しい事だった。

 今までは、それが何であろうと、どんな状況でも、俺から離れたがらなかったタイカが、俺にお使いを頼み、自分は居残って修理を続けると言い出したからだ。

 何かしら、今回のことで思うことがあったのかも知れない。


 ……これは、きっと良い変化なのだろう。


 「……複雑?」


 何とも言えない気持ちを弄んでいると、くすくすと笑いながらカカロゼが茶化すように俺に言った。


 「そうじゃないさ……いや、正直言えば、そうかも」


 いったん否定してから、わりと直ぐ、俺は降参したように両手を挙げた。

 それは隠しようのない事実だったからだ。やはり男としては、自分に寄っかかっていた存在が、少し距離を取ってくることに複雑な気持ちを禁じ得ない。

 或いは、この気持ちは、親のそれに似るのだろう。

 例えるなら、思春期に入った娘を想う父親の気持ち……みたいな。むろん、そんなものは経験したことなど無いが、恐らく間違いないと思う。


 「あはは、素直ねシュリ。とてもいいわ」


 「そういえば、カカロゼ。この間、別れ際なんか言いたそうにしてなかったか?」


 心底楽しそうに笑うカカロゼに、俺はふと、出撃前に会ったときの事を思い出し、何となく聞いてみた。


 「あー、うん。そうね……うん。タイカ居ないし、丁度良いわ」


 すると、カカロゼは真面目な顔になり、俺を正面から見据え、続けた。

 その物々しい様子に内心仰け反るが、タイカの名前が出る以上、聞かなければならない話なのだろうと覚悟を決めた。


 「あの日私が思ったのはね、シュリ。タイカをキミがどうしたいかって事なの。多分シュリも気付いてると思うけど、あの子、この前のままだとシュリが居ないと駄目になっちゃってる感じがしたから」


 「……ああ」


 確かに、それは気付いていた。むしろそれは、あの日、同じように俺も思っていたことに他ならなかった。

 それを改めて、他人から突きつけられた格好になる。

 我ながらそれは、酷く情けない気分になった。


 「あ、私は別に、責めたいわけじゃないの。タイカは、ほら、ああいうコだから、正直正解なんかないと思うし、私が『こうしなさい』っていうのは、無責任って言うか、烏滸がましい感じだし。でもね、シュリ。もしも―――」


 「もしも?」


 「うん、もしもシュリが、タイカをずっと守っていくっていうなら、少なくともキミは死んじゃいけないわ。でも、キミは戦闘機乗り―――わかってるわよね?」


 じっと見つめられ、俺は精神的に追い詰められたような気分になった。

 わかってるわよね?

 カカロゼは、そう言う。

 だが、俺はそこで押し黙ってしまった。

 わかっているのかと聞かれれば、多分、俺はわかっていないのだろう。

 今は、まだ、わかっていない。


 「わかってないわね、その顔。ま、いいわ。これは宿題。少なくとも今は、悪い方向に向かってないみたいだし?」


 「宿題、か。教えてくれないんだな」


 「だって、二人の問題だもの。教えられて気付くようじゃ駄目よ?」


 そう言って、カカロゼは真面目な顔を崩し、ぺろっと舌を出してウィンクした。そしてそのまま話は終わったと言わんばかりに、席を立ってワゴンに戻っていった。


 「なんだ、冷たいな」


 だが、言う通り、それは二人が考えなければならない事なのだろう。


 「あ、大将居た」


 「こんにちは、ですわ。シュリ様」


 人工の青空の下、それを見上げながら考え込んでいると、どこかで聞いた声がふたつ、聞こえてきた。

 目線をやると、そこに居たのは、例のラルカクイントの取り巻き二人だった。ラルカクイントの姿は無い。


 「何だ……お前らか。ラルカクイントはどうした」


 「お姉様は、今は療養中ですわ」


 「なんだラルカクイントの奴、怪我してたのか」


 意外な言葉に、呆気にとられて聞き返す。

 言われてみれば、それには考えが至らなかった。まあ、それ以前に俺の方もストレガが大破したりして、そこまで考える余裕がなかったというのもある。

 そういえば、ラルカクイント。途中からなんか様子が変だったしな……そうか怪我か。

 まあ、死ななかっただけでも良しとして欲しい。

 怪我と言えば、ミララルディも目をやられていたけど、大丈夫だったんだろうか。


 「んで、お前らは?俺に、そのお礼参りってワケか?」


 「んだよ大将。そんなんじゃねーよ」


 「そうですわ。今日はシュリ様にお礼を言おうと思って」


 やっぱお礼参りなんじゃねぇかと思ったのも束の間、意味が違うことに気付く。

 二人とも、その表情は、以前会った時の蔑むようなそれではなく、苦笑するようなはにかみの笑みを浮かべていた。


 「大将。姉御を守ってくれて、ありがとうな」


 「ありがとうございます。シュリ様。お世話になりました」


 二人はそれぞれ俺に向かって頭を下げた。それは全く素直なそれで、その何とも言えない変化に、俺は苦笑するしか無い。


 そういえば、あまりにも存在感があるラルカクイントと何時もセットで登場だったので、いまいち印象が無かったが、こうやって見ると二人とも、それなりに美人……というか、可愛らしい容姿なのに気付く。


 こうしていれば、十分可愛いのにな。


 ぼんやりとそう考え、そして結局のところこいつらは何故、俺に突っ掛かってきていたのかと、今更のように疑問に思った。

 そうした部分は気になってはいたが、今までラルカクイントとは会話にならなかったので、わからなかった事でもあった。

 今なら、聞ける事なのかもしれない。


 「なあ、お前ら―――」


 「お前らお前ら、って。あ、ひょっとして、大将。俺たちの名前知らないだろ」


 「あら、それは失礼しましたわ。申し遅れまして。私はイェンスーと申しますわ」


 「俺はキト。よろしくな大将」


 俺の言葉を遮って、二人がそれぞれ名乗る。

 確かにそれも、聞いておきたいところではあった。実際こういうのはタイミングが狂うとなかなかこっちからは聞きにくい事だし。

 ゴスでお嬢様チックなのがイェンスー。ボーイッシュを通り越してマニッシュなほうがキト、と頭に刻む。


 「ああ、今日は居ないがタイカ共々よろしく頼むよ」


 「そういえば、何時も連れてるの居ないな。まぁ、わかった。じゃあ、俺たち姉御のトコに見舞いに行ってくるからよ。またな、大将」


 「それでは、失礼しますわ」


 「……あ、おい」


 そう言って二人は、制止の声も聞こえなかったのか、来たときと同じく突然去って行ってしまった。

 結局、なんだかんだで二人の名前は聞けたものの、ラルカクイントが何故俺を目の敵のようにしていたのかは、聞けず仕舞い。何とも方手落ちな気分になった。


 まあ、いいか。


 何にしても、二人の態度が変わったのは悪い事じゃ無い。ラルカクイントはどうかわからないが、きっと何かしら変化があると信じよう。


 「―――さて」


 椅子から立つ。

 時刻は昼。早く帰らないと、タイカがお腹をすかして待っているかも知れない。いや、お腹をすかしている自分にすら気付いていないかも。


 あいつ、一つのことに没頭すると、すぐにそれ以外の事を忘れてしまうからなあ。


 にわかに客がつき始め、忙しそうにしているカカロゼに邪魔にならないよう、軽く手を上げて、作ると約束した甘いもの用の、リンゴっぽい果実が詰まった紙袋を、俺は胸に大事に抱え上げた。






 わかっているのかと聞かれれば、わかっていないと答えざるを得ない。

 なぜなら俺はわかっていなかったからだ。


 あの日、半壊したストレガを操りながら、ハクロオドに戻った俺を出迎えたタイカの様子は、尋常では無かった。

 ランディングギアも出ない擱座したストレガ。それから苦労して外に出てみると、これ以上無い程に取り乱したタイカが居た。

 タイカは、その人形のような顔を滂沱と流す涙で濡らしながら、俺の名前を叫び、車椅子から立ち上がると、そのまま転び這い蹲り、それでも這うようにして俺の方へと近寄ろうとした。

 そのあまりの様に、俺は何を言う事も出来ず、ただただ俺の名前を連呼しながら泣き叫ぶタイカを抱き上げて、そしてやがて泣き疲れ眠るまで、一緒に居てやることしか出来なかった。


 それも翌日までの事。

 朝起きたタイカは、前日そんな状態だったことも忘れたように、すっかり元のタイカに戻っていた。

 ただ、もしかしたら。

 タイカはタイカなりに思うことがあったのかも知れない。

 そんなタイカを、俺は何時ものように付き合うしかなかった。

 結局のところ、タイカがどのような事を考え、そしてどのような結論に至ったのか、想像も出来なかったから。

 ただ、タイカは、変わろうとしている。

 それだけは、間違いないことのように思えた。


 変化。変化か。

 きっと何もかもがこうやって変わっていく。それは良い事でもあるし、多分悪い事もあるのだろう。

 そうした中、俺たちの繋がりも、変化して行くに違いない。


 タイカのささやかな変化。

 二人の変化。

 或いは俺の、変化。


 それでも変わらないものがある。変えてはいけないものも。

 それが間違いなく選択出来るよう、俺たちは、考えていかなければならない。


 ともすれば、それがカカロゼの宿題なのかも知れないと、俺はふと思いながら、タイカの待つハクロオドへと足を向けた。

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