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TAMASHII・リレーション  作者: 後藤十蔵
プロローグ
1/13

01話 戦闘宙域X33

 宇宙には何も無い、などという言葉は嘘っぱちだ。


 昔、中学生の頃、理科の先生が雑談混じりに語った話は、宇宙は何も無くて真っ暗で真空なんだよ、とかいうもの凄く大雑把なものだった。

 まあ今思えば、取りあえずの宇宙入門的な知識としては、それでいいのかもしれない。


 そのうち、段々覚えていくだろ。必要だったらな。みたいな。


 とはいえ、実際殆どの者はそこで終わってしまう。

 先生が言うように必要だったら覚えるだろうが、普通に生きていて、そうした知識が必要になる場面なんかあまり無い。

 更に言えば、その場に行って体験など、一体何人が出来るだろう。宇宙飛行士にでもならなきゃ宇宙なんて触れられない。ましてや宇宙飛行士など、実際なろうとしてもなれるもんじゃない。

 だから、大半の者は、おおよそ「宇宙には何も無い」で問題ない。

 実際、俺もそれで問題は無かった。


 割と、つい最近までは。






 「こちらタイカ。シュリ01どうぞ」


 通信システムを介して意識に直接滑り込むその声に、俺の意識は覚醒する。

 システムを確認。

 スリープモードから順次立ち上がる機能群を、一つ一つ丁寧にチェックしていく。

 操縦系、センサー系、機体制御系、慣性制御系、廃熱制御系、火器管制制御―――火器管制の立ち上がりが遅い。安物だからな。


 「こちらシュリ。今、起きた。01も何も俺しか居ないだろ。どうぞ」


 それだけはスリープせずに残しておいた通信系で言い返す。


 言い返しつつも、俺を起こしたということの意味を悟り、起動したセンサー系の全て、レーダー、ソナーを使用して周囲を探る―――居た。


 おおよそ10時の方向、深度-4。軽いカーブを描きながら向かってきている。数は3―――少ない。彼我相対速力96。といってもこっちは制止してるから、対象速力そのものだ。速度と、大きさから推定できるターゲットの種類は―――バルツァ43級小型戦闘機。


 「カリョピンのトコから3、4匹逃げてそっち向かったそうだ。捕捉できるか?」


 「ああ、3機来てる。65秒後に交戦距離。多分まだ、こっちは見付かってない。間もなく光学捕捉距離―――目を開く」


 言うなり、視界が開けた。


 宇宙。

 何も無いはずの宇宙。

 関係が無かったはずの、行く事も叶わないはずの宇宙。

 そのまっただ中に、俺は居た。


 まず見えるのは、圧倒的な星の瞬き。

 地球で見上げる夜空なんか、これに比べたらそれが何処であっても大したことは無い。

 薄汚れた大気に阻まれない、素の輝き。それが様々な色合いで全天を覆う。

 いつ見ても、この瞬間だけは意識を奪われる。

 それぐらいに、それは美しかった。そうした表現が、陳腐なほどに。

 それが上下左右、あらゆる方向に見え、そしてそんな空間に俺は浮かんでいた。


 何も無いなんて、真っ暗なんて、とんでもない。

 もし、言い返す機会があるとするなら、俺は真剣に反論したに違いない。たとえそれが、いかに場違いな発言だったとしても。


 ここには、あまりに多くの星の光がある。


 星の海に沈む―――そんな陳腐な表現が脳裏に浮かぶ。

 陳腐だが、その表現こそ、今俺が知覚できる全てを表現するのに最も相応しいと思う。

 ともすれば溺れそうなほどの、美しい光景だった。



 ―――今は見とれている場合じゃない。

 感覚的に漏れそうになるため息を押しとどめ、作業を続ける。


 光学系を確認する。前方、左右、上下後方。異常なし。

 といっても、右側には何も映っていない。

 右方には俺が隠れている小惑星があり、その向こうにある恒星X33を光源として真っ黒な影を機体全体へ落としているからだ。

 もちろん、それはわざとそうした結果による。機体に籠もる熱を僅かでも抑え、センサー系の機能を保全するためだ。


 「うぉ、43級違う。新型じゃねぇか」


 光学センサの最大望遠でターゲットを捉えた俺は、自分の記憶の中にある敵の姿と、見えるそれが微妙に異なることに気付いた。

 それは宇宙空間を滑るように進む、機械とも、生物とも言えない……あえて言えば、甲虫類のようなフォルムの真っ赤な何かだった。

 恒星の近くであるため、つやつやした表面が陽光を反射し、キラキラと輝く。

 かつて俺が初めてアレを見て、「格好いいな」などと言ったら、タイカに超引かれた。格好いいと思うけどなあ、アレ。


 「本当か?!……やったな、シュリ。ボーナス確定だ」


 「いやある意味こっちはピンチなんだけどな。映像回す。解析できるか?」


 新型という言葉に反応して、タイカの喜色を抑えきれない声が聞こえてくる。相変わらず金のことについては感情が抑えられないようだった。それにしても皮算用すぎるだろと、心の中でツッコむ。

 見る限り、違いは僅かなものに過ぎない。言ってみれば、RPGロールプレイングゲームに出てくる敵の色違いみたいな感じに近い。

 それでも新型は新型だ。

 新型というのは、要するに未知の存在なわけで、どういった攻撃をしてくるかわからない。それだけに危険度が高い。


 「あー。バルツァだが、確かに見た事ないトゲが幾つか生えてるな。武器か……?あとは43級より105%程早い……やや注意というトコだな。作戦は?」


 「対3機アンブッシュ。狙撃狙撃格闘。取りあえず何時もので仕掛ける」


 タイカの解析はいつも通り大雑把だった。

 正直あまり大きくは期待はしていないが、偶にスルドイ事を言うので、減るもんじゃないし毎回聞くことにしている。

 それに一応、本体としては向こうなわけだし。


 差し当たり何時もの作戦通り、編隊組んで近付いてくる中央に位置した敵に照準を合わせる。それに伴って火気管制システムが狙撃モードへ移行する。

 ウェポンセレクターをポップアップさせて、大口径レーザーを選択……というか、ほぼそれしかない。一応ミサイルらしきものを二発積んでいるものの、主に弾薬費が嵩むので、余程の事が無い限り使用する事はない。みんな貧乏がわるい。


 選択した大口径レーザーは、威力こそ高いが、再充填にやたら時間が掛かるというやっかいな代物だ。いや、大口径レーザー全てがこんなんじゃない。単に、これに付いているのが旧式なだけだ。

 ただ射程と破壊力だけはあるので、一撃必殺には向く。要するに、狙撃向きの武器だというワケだ。


 狙点を固定する間に、さっきタイカが言った言葉を反芻する。


 『見た事無いトゲ』『武器か……?』『105%早い』


 キーワードを抜き出す。とりあえず105%は無視する。多分ただの順当なパワーアップだろう。そうすると、残るのは武器かも知れないトゲ。

 とはいえ、どんなものなのか、想像出来ない。一応、警戒するに止める。ひょっとしたら飛んできたりするかもしれないし。


 とりあえず、それを抜きにすればこの距離だと、一方的に攻撃できる。

 奴ら。少なくともバルツァ43級は長距離攻撃の手段を持たない。実体弾を近距離でばらまくタイプだ。

 相手がこちらを射程に収めるまでに、大口径レーザーを二発は撃てる。撃てるならば、二体は確実に殺れる。

 残ったのは、クロスレンジで倒せばいい。一対一ならば、負ける事は無い。


 「間もなく射程内。確認頼む」


 「了解、幸運を祈る」


 平面イメージにしたマップに灯る光点が、自分を中心として円を描く点線内に入ってこようとしている。あと2秒……1秒。


 「……照射開始!」


 瞬間、機体と同じぐらいに長く突き出した砲身から、凄まじい閃光が迸った。

 そして直ぐさま対閃光防御に明度の落ちた照準を、次の敵機へと移す。

 命中確認は必要ない―――必ず当たる。それよりも。


 「~~~~!見つけた!照準ロック!!」


 「命中した!一機目破壊を確認!」


 照準ロックと同時に、タイカの声が聞こえた。命中するのはわかっていたが、きちんと撃破出来たかどうかは確認の必要がある。

 だが、俺はそれよりも、照準ロックを優先した。

 攻撃を受けた敵は、直ぐに回避行動に移る。回避行動に移った後は無茶苦茶に動き回るため、簡単には捕捉できなくなる。

 だから、それ以前に照準を合わせる必要があった。照準さえロックしてしまえば、必ず当たる。

 つまり、この段階で二機撃破確実だ。


 「ラッキィ~~~!かなぁ~~~~っ!!」


 相手の運動状況を見る限り、未だこちらを確認できていないようだった。

 ただ、撃たれた方向からおおよその当たりは付けているらしく、回避機動をとりながら、じわじわとこちらに近付いてきている。

 言ったとおり、相手の射程はこちらより短い。だから接近するしかない。当然の行動だった。

 だが遅い。

 こちらの大口径レーザーは再チャージにおよそ32秒かかる。それでも。


 「チャージ終了!次発照射!」


 充填ゲージが最大点になった瞬間、俺は即、次弾を放った。

 同じく撃破確認せず、直ぐに火気管制の狙撃モードを解除し、索敵モードへ変更する。

 確実に二機を葬るため、三機目はここまで放りっぱなしだ。どこに行ったのかすらも、わからない。危険な状態だった。


 「命中!命中だっ!破壊を確認!」


 「タイカ!三匹目、見えるか?!」


 自らも三匹目を探しながら、撃破を確認して喜びを露わにするタイカに聞き返す。

 戦闘機動に入った敵は、レーダーや、ソナーに掛からなくなる。どんな理屈かわからないが、つまりステルスだ。

 よって目で見て探すしか無い。無論、視界を広げて拾ったオブジェクトを片っ端から解析ぐらいはするが、それでも簡単には見付からない。

 だからこそ、俺も二機目を捕捉するのを優先した。


 「捕捉出来た!データリンクする!」


 なかなか見付からない事に焦れる中、先に捕捉出来たらしいタイカの声が響いた。同時に、スクリーン上の一点に、輝点が灯る。解析データが届き、距離が算出される―――遠い。まだ遠い。


 「いいぞ、タイカ……これならもう一度、狙撃でいけるか?」


 再チャージまで、あと15秒。

 だが、三体目の距離は、かなり近付いてきてはいたが、それでも予想よりまだかなり遠かった。想定される相手の射程にも入っていない。

 このままなら狙撃が間に合う……?


 「……なんかおかしくないか?」


 俺がその事実に違和感を感じたように、どうやらタイカも同じように疑問を感じたらしい。

 確かに、何かおかしい。

 通常、このパターンならば、二射目には敵はこっちの位置を確定し加速してくるため、このタイミングだと既に射程に入れられていてもおかしくない。

 なのに、未だ遠くでまごついているように見える。


 なんだ、何をやっている?


 「―――っ!」


 次の瞬間、俺は見えたビジョンに従って、隠れた小惑星から機体を僅かに離した。

 コンマ数秒の間を置いて、その場所に閃光が走り、それが小惑星を粉々に砕いた。


 「うおおっ?!」


 何が起こったのか理解する前に狙撃態勢を打ち切り、爆散し迫る小惑星の破片を避けながら、機体を加速させる。

 攻守交代を悟り、一転してこちらが回避起動に移る。加速度センサ(G計)が一気に跳ね上がり、機体の各部を軋ませた。


 「タイカ!タイカ!今のはなんだ!?」


 「今の……信じられない。重粒子砲だ!例のトゲから放出された!」


 「なんだって~~~~!」


 タイカの解析結果に俺は驚愕の叫びを上げた。

 いや、実体弾だけだったはずの敵が光線兵器を撃ち出したことに驚いたんじゃない。

 荷電粒子砲!

 それは数ヶ月前、俺たちが主に値段の問題で諦めた武装に他ならなかった。故に、今、扱いづらい大口径レーザーを主力兵装(メインウェポン)にしている。

 そんな武装を、よりによって敵が!ムカツク!


 「畜生……!テメエらが撃っていいもんじゃねえんだよ!」


 八つ当たりに近い感情のまま、粒子ビームの二射目を躱し、俺は機体を敵に接近させる。気付けば大口径レーザーは、敵の一射目がかすったのか、小惑星の破片を食らったのか、機能を停止していた。

 だが、最早それは使えない。互いが激しく機動している状態で、長いチャージが必要な大口径レーザーを使う機会は最早皆無に等しい。


 だが、問題ない。最初の予定通りだ。格闘戦!


 「変形(トランスフォーム)!」


 俺は機体を格闘形態に移行させる。

 戦闘機然していた機体はそれに伴って、最高速重視の巡航形態から、加速と機動性重視の形へと変形していく。

 収納された腕が下部よりせり出し、機体左右へと展開される。その先端に付いているのは、マニピュレーターなどという生やさしいものではない。高速振動する超硬質合金の巨大なバイスクローだ。

 同時にデッドウェイト化した大口径レーザーを切り離す(パージ)


 「うぇっ?!あとでちゃんと拾ってくれよ?!シュリ!」


 「当然だ!」


 わき上がる衝動のまま、タイカの抗議に、一切考え無しに吐き捨てるように答える。

 そのまま、機体を敵に向かってジグザグに前進させた。

 既に、43級であるなら、実弾射撃があってもおかしくない距離。

 だが、新型のそれは、粒子ビームに特化した機体なのか、ノロノロと移動しながら時間を置いてそれを放つだけだった。


 多分、砲撃モードではエネルギーがそっちに食われて、機動力が低下するんだな。


 俺はそう、当たりをつける。そして、何射目かわからないビームを機体をロールさせて躱す。


 光線兵器は、もし照準さえ完璧だったら、避ける事は出来ない。

 何故なら、光線は光線だから、見えたときには当たっているからだ。

 だからこそ、俺の射撃は必ず当たる。


 だが、相手のビームは躱すことが出来る。

 矛盾している物言いだが、これは言ってしまうと、俺だから出来る芸当だ。


 狙いが正確な場合、撃たれた後では躱せない。ならば、撃たれる前に躱せば良い。

 それは狙わせない、という話では無い。

 もちろん、狙わせない努力はする。いわゆる回避機動というのがそうだ。今現在ジグザグに前進しているのも、それに類する。そしてそれは、敵であれ味方であれ、余程の未熟者で無い限り普通にやっていることだ。


 だが俺には、更にその先がある。


 照準が合い、撃つ。この二動作の合間に躱す。

 これは普通は無理だ。その合間は、それこそ刹那の間に過ぎず、そして撃たれた方は、その瞬間がわからない。


 つまり、俺はこの瞬間を読むことが出来る。


 これは俺の特殊能力と言っていい。

 超能力というべきなのか、第六感というべきなのか、それはよくわからない。

 とにかく、そうした瞬間が俺には直感的にわかり、そして少なくとも攻撃だけは躱す事が出来る。

 これは結構なアドバンテージだった。

 だからこそ、オレは取り立てそれを人に言ったことは無い。出過ぎる釘は、それが何処であれ、禍にしかならない。


 「無駄だってんだよ!」


 いよいよ迫る敵の機影を近影で捉え、ブーストを噴かし一気に間合いを詰めた。

 進化したんだろうが、無駄だったな。

 これなら43級がばらまく実体弾のほうが恐ろしい。まあ、俺にとってだけだろうが。


 殆ど敵は眼前。巨大なバイスクローを機体前面へ展開させる。


 「くたばれ!」


 そのまま機体から突き出る無骨な豪腕を、加速した勢いのまま相手に叩き付けた。


 ごしゃ


 その衝撃が機体にフィードバックしビリビリと震える。

 果たしてバイスクローをたたき込まれた敵機は機体をばらばらに引きちぎられながら、千々に砕けた。

 この何とも言えない破壊のカタルシス。

 ゾクゾクとした快感が意識内を跳ね回る。


 何時もの事だが、この瞬間だけは感情に正直になってしまう。

 慣れてはいけない、或いは溺れてはいけない類いの快感なのだろう。

 わかってはいるが……今、もし、俺にそれが可能なら、きっと俺は笑っているのだろう。


 「……撃破した。タイカ」


 そんな感情を振り払うように、俺は努めて感情を抑えた声で、タイカに告げた。


 「了解。やったなボーナス!あ、レーザーはちゃんと回収しとくように……お疲れ、シュリ」


 「わかってるよ。シュリ01、ストレガ。帰投する」


 この期に及んで金の事ばかり気にしてるタイカだが、それでも一言でも労いの言葉が付いたことに俺は満足して、機体―――ストレガと呼ぶ俺の愛機を反転させた。

 ある意味、それで十分だった。






 宇宙には、何も無いなんて嘘っぱちだ。

 ここには星があり、光がある。

 宇宙人が居て、その営みがある。

 それから、なんだかわからない敵も居る。

 そして、なによりも。


 ここには、俺が、居る。

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