日常の終わり
「いよいよ俺も高校生か...」
朝早く目が覚めてしまい早めに学校についてしまったが、もう何人もの新入生が校門をまたいでいる。
自分もそれに習って校門をまたぐ。
そして桜の木が植えられているグラウンドや四階建ての大きな校舎、奥に見える弓道場を見て、やっぱりこの高校に入学して本当に良かったと思った。
この高校はそこまで偏差値が高いわけでもどこかの部活が強いとかそういった目立ったところもない。
一度父にサッカー部が強いなんて聞いたこともあるが、それは父の在学中の話であって今現在は特にそうでもない。
では何故この高校に入学したのか、それはこの高校には弓道部があるからだ。
実は家からなんとか通える距離で弓道部があるのはこの高校だけだ。
本当は中学の時から弓道をやってみたかったのだが、自分の通っていた中学には弓道部がなかった。それならとクラブにはいろうとも思ったが、都合よく近くに弓道クラブはなかった。
だが、小さい頃からの夢だった弓道部を諦めきれずにこの高校にきたというわけだ。
もともとは母が昔弓道をやっていてその時にもらった賞状や写真を見て興味持ったのが始まりだった。
その後テレビで報道されているのを見たり、漫画を読んでいたりしているうちに自分も弓を弾いてみたいと思い始めた。
自分でも影響されやすいのは自覚しているが、母も自分のやりたいことをやりなさいと応援してくれている。
ふと目をやると校舎前で係の教師が受付をしているようだったので自分の名前を書き職員の指示に従い体育館へと向かう。
体育館では何人かの教師が話をしていたがこれからの高校生活に思いを馳せている生徒ばかりで教師の話を聞いている新入生はほとんどいなかった。
という自分も弓道のことしか頭に無く、気がついたら入学式は終わっていた...
「それでは帰るときにシューズを受け取るのを忘れないように。
中学校と高校との違いに戸惑うこともあると思いますがこれからよろしくお願いします。では解散。」
教科書を一通り受け取って後担任の教師にそう言われる。
始業式の時にいた厳つい教師が担任だったら少し嫌だなあと思っていたのだが、人あたりの良さそうな人でよかった。
話し方も丁寧で好感が持てるし、なにより先ほどの自己紹介で弓道部の顧問だと言っていた。
名前は安藤茂雄というらしい、男前で日本男児という言葉がよく似合う人だ。
やっぱりこの人も昔弓道をやっていたりするのだろうか?
背もスラッとしていて顔立ちも整っている安藤先生が弓道着を着たらとても似合うと思う。
そんなことを考えていると安藤先生と目があった。
自分がどうしようかと考えていると先生の方から声をかけてきた。
「これから一年よろしく。」
「あっ、はい。よろしくお願いします。」
自分が慌ててそう返すと少し微笑んで教室から出て行った。
やっぱりいい人だと思った。
先生が出ていくと途端に教室が騒がしくなる。
同じ中学出身であったり、中学の時の部活で交流があったりするのだろう。
いくつかのグループが出来ていてこれからメシを食いに行こうだとか、ゲームセンターに行こうだとか話をしていた。
自分は帰宅部だったし、この学校に来ている同級生はそう多くない。
仲のいい友達もいないのでこの学校での交友関係はゼロからのスタートだ。
そう考えると少し不安になるが、中学の時のように帰宅部になるわけじゃあるまいし、部活に入るのだから大丈夫だろうと自分に言い聞かせた。
自分もこの後は近くのコンビニに寄って適当な弁当でも買って家に帰るつもりだ。
両親が共働きなので家には誰もいないし、兄弟もいないので家に帰ると一人だ。
そこまで考えるとまた言い表せないような孤独感がこみ上げてくるが、家でゲームでもやって過ごそうと考えつつ席を立つ。
(確かシューズの受け取りは会議室だったっけか。)
会議室は二階にあるらしいので教室がある三階から階段を下りて会議室へ向かう。
会議室には新入生の列が出来ていたのですぐに場所がわかった。
自分もその列に並んでシューズを受け取って帰ることにする。
「そういえば今日は新刊の発売日か。」
校門を出た時にふと思い出したが、今日は自分が贔屓にしている雑誌の発売日だ。
コンビニに寄ってすぐ帰ろうと思っていたが、書店に先に立ち寄ることにした。
自分がコンビニに寄っているあいだに売り切れるなんてことはないと思うが気持ちの問題だ。
どうせなら早いうちに買っておきたい。
駆け足で横断歩道を渡ろうとするが目の前で信号が赤に変わる。
流石に赤信号に突っ込んでいくわけにはいかないので、歩道でおとなしく待つことにする。
そうすると後ろから何かがぶつかったようだ。
なにかと思って振り返ると小学生くらいの男の子だった。
「あ、ごめんなさい。」
この男の子も急いでいたらしくすぐにそう言うとまた反対側の歩道に向かっていった。
両腕には大きなカバンを持っていたので前がよく見えなかったのだろう。
...いや、ちょっと待て。
男の子は反対側の歩道に向かっていった。
信号が赤なのにかかわらず。
「ちょっと待った!」
叫んだ時にはもう遅かった。
男の子は持っていたカバンを放り出し横断報道の真ん中で転んでいた。
転んだ拍子に派手に膝をすりむいたらしく立ち上がれそうにない。
車道を見るとトラックが向かってきているが、まだ十分な距離がある。
運転手が気づいてブレーキを踏めばあの男の子は助かる。
ひとまず安心だと胸をなでおろし、運転手の方に目をやると運転手が船を漕いでいた。
(マジかよ!?)
男の子はなんとか立ち上がったようだがまだ足が痛むらしく動けそうにない。
(このままじゃマズイ、どうにかしないと。)
俺でもトラックが来るまでに男の子を安全な位置まで運ぶくらいは出来る。
周りの人達はオロオロするばかりで動きそうにない。
そうとなったら俺がやるしかない。
俺が走って男の子一人助かるなら安いものだ。
そうと決まったら早く行動に移さなければトラックが来てしまう。
(トラックはもうすぐそこまで...ってなぜもうこんなところまで!?)
トラックが予想以上に近くまで来ていて驚いたが走り出した足はもう止まらないし、止められない。
こうなってしまったらもう抱きかかえて安全な位置にまでとは行かないかもしれない。
最悪突き飛ばしてでも男の子を助けようと思った。
「こっちだ!」
後ろを向いている状態で突き飛ばしては足の傷がひどくなってしまうと思い、こちらを向かせようと声をかける。
俺に声をかけられてこちらを向いた男の子をそのままを突き飛ばす。
いくら帰宅部とはいえ、弓がちゃんと引けるように最低限の筋トレぐらいしてきた。
小学生ぐらいの小さな体なら楽に突き飛ばせる。
男の子は前から突き飛ばされた形になり向こう側の歩道に尻餅をつく。
これでひとまず男の子は大丈夫だろう。
次は自分が逃げなければ、トラックはもうすぐそこまで来ている。
すぐに走り出そうとするが何かにつまづく。
「えっ」
男の子が持っていたカバンだった。
その時急に時の流れが遅くなったように見えた。
歩道の方では何かを叫んでる通行人。
トラックの運転手はようやく目が覚めたのか急いでブレーキを踏んでいるがもう遅い。
この距離でブレーキを踏んでも確実に俺の頭はトラックに潰される。
男の子は状況がつかめていない様子でこちらを見ている。
(もしかしてこれって走馬灯ってやつかな...)
だとしたら納得だ。
この状況で生き残れたら奇跡だしな。
正直もう助かる気がしていない。
耳元で大きなトラックのブレーキの音が響く。
(父さん母さん先立つ不幸をお許し下さい...なんてな)
そんなことを考えながら俺の意識が途絶えた。




