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闇の虎

 闇を動かしてください。

 その一言だけで、レアン国の宰相、ハルエス・リンの纏う空気が変わった。

 レアン国を率いる二人のやり取りを眼下に見下ろしながら、ふと気配を感じて振り返る。

「虎」

「梟か」

 同じように二人を見下ろして、あとから来た方が仕事だな、と呟いた。

「お前に任されるみたいだぞ」

「そうか」

「とすると、俺はお役御免だな。ガザンには興味あったんだが、仕方ない。どうみても、虎向きだ」

「そうだろうな。細かな情報収集や操作なら、梟向きだが」

「すでにその時は過ぎているな」

「だが必要だ」

「じゃ、俺も出張ることになるかな」

 しばし、沈黙が落ちて、声を拾う間があった。

(とら)(ふくろう)(かささぎ)。三人か」

「妥当だろう」

「いいのかお前。最近は副宰相のお守りで、碌な仕事してなかっただろ?」

「あのお方の過保護のおかげでな。腕のなまりを心配しているなら、後で相手になってやるが?」

「いやいーわ。それにしてもホント、切り替え激しいよな、お前って」

「何か不都合でも?」

「……いーや、別に。エルデュア様も可哀そうに」

「昼休みに休んで、なにが悪い」

「だからいーんだって。お前は何にも悪くない……と俺は思う」

「潰されたいか」

 すう、と温度の下がった声音に、暗闇の中で慌てて梟は両手を振った。

「勘弁しろよ。仕事前だって」

「まあいい。既に鵲殿は現地に向かっているそうだ」

「あの方も、ここ半年城に戻れず出ずっぱりか。大した事件があるわけでもないんだが」

「優秀な方だからな。闇に序列も階級もないが、最も信頼されているせいだろう」

「なにかあれば鵲にってなるわけか。俺たちももうちょっと頑張らないとなあ」

「それでどうにかなる物か?」

「一番の新人のくせに、生意気言ってんじゃねえよ……というか、そろそろ行くぞ」

「……了解した」

 最後の言葉が終わると同時に、ふっとその場から二つの気配が消えた。


 

 音もなくその場に降り立った時、目と鼻の先ほども見えぬ闇の中で、誰かがかすかに身じろいだ。闇は隠れる者を覆い飲み込むが、探る者を阻むことはない。

「虎でしょう」

「鵲殿」

 柔らかく問いかけたのは、身を隠していた方。

「実行犯のあぶり出しは済んでいます」

「梟も動きました。朝には何かしら結果が出ます」

「かなりの人数を用意しているようですが、半分はただのならず者です。残った方の四分の一は、ならず者になりかかり、といった塩梅ですよ」

 ほら、と示されて、耳を澄ませる。すぐ隣の壁の向こうでは、言い争いをする物音や声がする。

「……なにをなさったのですか」

「そうですねぇ。梟の真似事を少々、といったところでしょうか」

 やや間を置いてから、お見事です、と虎は告げた。梟よりも狐に近いのでは、という無駄口は叩かなかった。

「で、あとは虎にお任せしたいのですが」

「わかりました」

 到着早々に動くことになっても、虎は文句ひとつ言わなかった。それは普段通りのことでおかしな点ではない。が、鵲はさも珍しい物を見た、とでも言わんばかりの口調で、「なにかありました?」と尋ねた。

「なにか、ですか?」

「虎が素直に言うことを聞くなんて、初めてでしょう?」

「仕事で文句や愚痴を言った覚えはありませんが」

「ええ。あなたは狼と違って、あまり感情を表に出しませんからね」

「……」

「かといって、隠しているわけでもない。いつもはやる気も熱意もないあなたが、珍しく早期解決しようと意欲を持っている……滅多にないことでしょう?」

「……そうかもしれません」

 己の心情を、自分自身よりも正確に暴いて見せた鵲に、渋々虎は同意した。図星すぎて、反論の余地が一切ない。

「だれか、待ち人でも?」

 そうですね、と虎は少しの間を置いて考えた。

「気位の高い猫がすり寄ってきたのを、少々無碍にしたせいかもしれません」

「ねこ、ですか」

「ええ。賢いので行くな、とは言わないのですが、不満だったのは伝わってきましたし」

 含み笑いがかすかに鵲の口から洩れた。

「面白いですね……では、あとは頼みましたよ、闇の虎」

「はい」

 踵を返した虎の背に、隠れていた月が雲間から現れて、光を当てた。

 しなやかに伸びた手足。音のしない優雅な動き。そして、月光を浴びて闇に浮かぶのは、美しい白金の髪。

 闇と称されても、その姿かたちを現すとは限らない。

 使命をおびて、悪を払うのは。

 

 その身に、はかれぬ力を秘めた、白虎であった。



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