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闇と猫

 声は、文字通りすべてを吹き飛ばしていた。

 エルデュアを覆っていた炎の壁も、中庭全体に広がっていた「敵」も。

 そして、隠されていた――隠れていたモノたち。

 エルデュアがとっさにあげた腕を下ろした時、そこに広がっている景色は一変していた。

 不思議な空間だった。つい先ほどまで、そこはよく通った中庭だったはずだ。しかし今は、目と鼻の先すらぼやけている。闇ではない。どこか薄いヴェールがかかったように、一つとして視界には明瞭なものが映らない。霧ではない。景色も、色も、隣に立つ人でさえ……捉えどころがなくなっていた。何度目をこすろうと、瞬きをしようと無駄だった。

 そう……隣には、唐突に湧いて出かのようにヒトが立っていた。

 そして。

「あーあ、やっちまったか」

「……」

 場違いなほど、脱力したため息が洩らされた。思わず見上げるも、やはりどこか目鼻立ちのはっきりしない絵を見ているようだった。

 その相手から、すっと手が差し出される。やや躊躇ったが……力強い掌を取って、立ち上がる。もう、ほとんど頭痛も眩暈もしない。

「悪いね副宰相様。ちょっとヤヤコシイことになってるから」

「なにが……起こったのです? 敵はどうなったのですか」

 目があるであろう、その位置を、思い切り睨む。と、軽く肩をすくめられた。

「てき? ああ。あのまき散らされたヤツね。それはもう、あの一瞬で虎がまとめて消しちゃったよ。あと、主犯はそっちが睨んだとおり、軍部の将軍様ね」

「……」

「くず魔鉱石って、使うと残りカスみたいなのが出るわけ。それってば、ばっちり人間に悪影響が出て、頭痛発熱精神異常っていうパターンに陥るわけよ。なにがしたかったかは、これから聞くところだけど、まあ、浅はかに混乱したお城を乗っ取りたかったとか言われそうだね」

「……」

「という訳で、この一件は今日で終わり。魔鉱石から出た痕跡も、俺らがガンパッテ片付けたし、アンタに付けられていた分はたった今、虎がまとめて消しちゃったから」

「……」

「あ、付けられていたってのは、あれって見える奴には触れるし、超ウザい代物で、目的の相手の周りにばらまけたりするってことね。ちなみにここ最近ではアンタの周辺、ヤバいことになってたから。あ、でも虎と狐がしっかりガードしてたから、別にアンタの不調はそのせいじゃなくて、過剰な守護壁によるただの魔力酔いだから。心配しなくていいよ」

 ペラペラとしゃべり続けるおそらく男と思われる相手に、エルデュアはあきれ返っていた。よくもまあ、些細な表情の変化とタイミングで、これだけうまいこと説明できるものだ、と。おかげでエルデュアには質問する機会も隙も全くなかった。

 すでにこの言葉が「報告」ならば、件の男は捕えられた後だろう。あとはこれから、背後関係や事実と状況を洗い出す必要がある。王神派の一件がようやく終息したというのに、なんとも頭の痛い事案だった。

 まあ、国王辺りは「ついでに軍部もどーにかならねーかなぁ」などと抜かしていたので、喜んで忙殺されてくれるだろう。いや、全面的に押し付けてやる、と心に決める。

 で、と続きを促すが、それ以上は語らなかった。エルデュアは再度目元をきつくした。

「それだけならば、なにも難しくないでしょう。言いなさい。何が起きているのです?」

「……まあ、ここで終わってくれる御仁じゃないわな」

 どこか諦めたような、面白がっているような、そんな複雑な顔をした。気がした。当然だった。先ほどから、音や気配がない。全くの無音のままなのだ。

「この状況が、おかしいと思わないのは、ただの馬鹿でしょう」

「いやあ。それがそーでもないんだけど……ま、ご要望にお答えして」

 すっと、前と同じように手がゆっくりと上がる。ゆるく伸びた指先に、つられて目線を転じると――

 そこが、爆発した。

「っ!」

 思わず息をのんだエルデュアに、隣でなぜかにんまりと笑う気配がする。

 音もない、吹き付ける風もない。だが、間違いなくそれは爆発だった。土埃が舞いあがり、垣間見える景色は、煤けた周囲の木々や抉れた地面だ。

 一瞬ののち、気づけばそこは、見慣れた中庭だった。

 緑と、光の溢れる穏やかな憩いの場は――既に豹変していたが。

 そのあちこちに、見知らぬ人影があった。

 闇であろう、とは容易に想像がつく。一対一で相対する二人を、めいめいの場所から観察している。

 争っているのは……一人は、すぐに分かった。

 闇の虎、リィ・ウォン。

 だがもう一人は。

 見覚えはあるものの、違和感がぬぐえない。確かに、顔は間違いなくあの「軍人」だ。しかし……遠目に見ても――なんど目を凝らしても、「女」だった。

 そういえば、とエルデュアはついさっきの記憶を掘り起こす。

 リィは確か、「女狐」と叫んでいたような。

 はっと乾いた笑いが隣から洩れた。あの薄闇の中にいた時と違い、今度ははっきりと表情を捉える。

 均整のとれた体つき。背はやや、自分よりも高い。同性であるエルデュアから見ても、十二分な「いい男」だった。

「今は擬態が解けてんだ。なにしろ、あの虎との諍い真っ最中だからな」

「ならば……あの者は元々、女性だった、と?」

「……」

 答えないのが、なによりも正確な答えだった。

 もう一度。今度は金属のぶつかる音がして、何度も打ち合わさった。エルデュアの目には映らないが、おなりの男はその黒い目を、小刻みに動きしながら追いかけていた。

「これが、あなたの言うところのヤヤコシイ事態、ですか?」

「そう。ま、元はと言えば、狐が悪いんだけど。自主的に身を引いた虎を、からかうような真似をして逆鱗をぶん殴ったんだよ」

 楽しげな口調。どこにも、ヤヤコシイ事態に困った様子はない。エルデュア一人が、ただただ苦々しく思う。

「今、イライラしてるだろ?」

「はあ?」

 そろそろ限界が近いエルデュアの感情は、荒れた時のままに口調と態度があからさまに崩れていた。普段はハルエス辺りにしか見せないのだが。

「だから、アンタはイラついただろ、あの狐と虎を見て、さ」

 だからなんだというのだ。と氷の目は鋭く男を射抜きながら、忌々しそうに細められた。くしゃりと髪をかき上げながら、だから、と男が続けた。

「見て、楽しんでたんだよ、アンタらをさ。特に、あの狐は他人の感情を読み取るのが得意だし」

 とどのつまりは、覗き趣味だ。苦かった口の中には、さらに忌々しさが広がっていた。エルデュアの葛藤も、嫉妬も。まとめて見透かして、楽しんでいたのだから。

 当然、先ほど直接会話した時も。

「ついでにバラしちゃうと、虎にも違う意味で鋭い感覚が備わってるわけよ」

 虎の力は、魔力や魔術ではない。無論魔力も十二分に強いが、単純な魔力であれば、龍の方が強い。武術も、また、しかり。

 虎の最大の強み。それは、感覚の鋭さ。

 五感と、見えないものを視る力。魔力の流れを事細かに追いかける能力。

 それが、虎の強さの鍵。

「だから、アンタにあのカスが大量につけられていたのを、虎はかなり初めから知っていた」

 虎は魔鉱石の事件が起きてすぐに気づいていたはずだ。それをエルデュアに告げずに距離を取ったのは、あくまで魔鉱石の一件を請け負ったのが狐だったから。

 そしてエルデュア自身が、早期解決を望んだ。そのために、あえて余計な手出しをしないために身を引いた。

 にもかかわらず、ちょっかいを出された。

「だからさ、自業自得」

 もともと短気な虎だ。その上、わざわざエルデュアの目の前で擬態した狐が現れるのだから、二重の意味でうっとうしかったに違いなかった。すべてを見通しながらも、辛抱強く我慢した。

 それが、今日になってキレた――ひとえに、エルデュアが体勢を崩したために。

 一連の種明かしをされ、相手はさあ、どうする、と言わんばかりの態度を向けてきた。

 穏便でも気の長い方ではないから、可能ならばリィに代わって、ふざけた狐を縊ってやりたいと……否、思い切り締め上げよう、と――エルデュアは、決めた。

 唐突に据わりきった目になった副宰相に、隣の男は怪訝そうな顔になった。

「なんか……顔変わった?」

「バカなことを言ってないで、あなた方ならそれ相応に手段をお持ちでしょう? 暇なら手伝ってきてはどうです?」

「……」

 初めて、余裕の表情が崩れた。中途半端に口角を上げたまま、黒ずくめの男が沈黙する。別段おかしなことを言ったつもりはない。

「いい加減になさい、鴉。先ほどから、エルデュア様に対して無礼ですよ」

 黙り込んだ鴉に代わって、やはり唐突に表れたのは、細面の、優しげな雰囲気を持った男だった。闇であろうとは予測がつくが、およそ戦いに向いているとは思えない。丁寧な物腰も、どこか貴族的だ。

「申し訳ありませんエルデュア様。礼儀に無頓着なものが多いものですから……それと、鴉に虎に立ち向かえ、というのは、死んで来いと宣言するも同じですのでご寛恕いただきたく存じます」

「鵲、でしたら、俺が」

 さらに声が加わった。振り向くと、こちらは屈強な体つきをした、いかにも武人という出で立ち。いきなり姿を顕わにし出した闇たちに、戸惑いつつも、警戒心がもたげた。

「やめとけ狼。キレた虎なんぞ、手に終えねえって」

「黙っていろ軟弱者。鵲、必ずや止めてみせます」

 堂々と豪語した直後、また爆発が起こった。さらに炸裂した閃光を……またしても、かの闇の虎は剣を抜いて、その閃光を切り裂いた。

「あっちゃあ。相変わらず規格外でありえねー」

 鴉がぼそりと呟くまでもなく、さすがに異様さを嗅ぎ取ったのか、先ほどの男から勢いがそげた。ただ、鵲と呼ばれた人物だけが、変わらぬ冷静な瞳を向けている。

「狼、実力も言葉も買いますが、今は少々状況が悪すぎますね。あれほど歯止めの効かなくなった虎は初めてです。本来であれば禁じられている闇同士の争いを無暗と起こすような虎でもありませんし」

「だけど、これ以上やったら、あいつの方を殺さにゃならんかもって?」

 調子を取り戻した鴉が、嬉々としてまぜっかえす。

 エルデュアは黙っていた。事情をのみ込んで、冷静に分析する。いや、するまでもないに等しい。

 これ以上、時間をかける気は毛頭なかった。

「リィは、……感覚が鋭い、とおっしゃいましたね?」

「は? ああ。そうですよ、」

 鴉の言葉もそこそこに、すうっと息を吸う。

 誰にも使えない方法だが……己にだけは、残されていると。

 そう、信じてい疑わなかった――


「リィ・ウォン! 今、すぐっ。その女狐(愚か者)を! ここに――連れてきなさい!」


 朗々とした声音は、中庭に響き渡った。




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