幕間
「おチビ、なにしてんの?」
「おチビ言うな」
「だってチビじゃん」
「そちらが無駄にでかいだけだ」
「まあ、そうかもね。で? なにしてんの?」
「考えている」
「なにを?」
「対処法を」
端的な答えに、なぜか質問者のほうが身を固くした。
「その顔で対処法とか、物騒な予感しかしないよ?」
話しかけられる前はずっと黙りこくっていたが、その剣呑な雰囲気はダダ漏れだった。鋭い狩猟者の双眸にひたと睨まれた方は、肩をすくめた。だからどうした、と言葉にせずとも突っかかっているのは、ここ最近ずっと不機嫌な「虎」だった。
「ねえ? やめてよその機嫌の悪い勢いで問題起こすとか。狐に主人を取られて怒っているのはよくわかるけど」
「今動く気はない。そういう問題であり、そういう約束だ」
「分かってるならいいんだけど。あの、気持ちは分かるよ」
多少の同情がにじむ声音だが、虎はただ眉間にしわを寄せただけだった。
「理解も共感のいらん。これが今回の仕事だ」
「はいはい。相変わらず愛想のないことで……ところで、僕の相方を知らない? ここで待ち合わせのはずなんだけど」
「……逃げた」
「なにしたのさ?」
ええー、と抗議すると、虎はふいと顔を背けた。ばつが悪い、というよりは、発言を拒否していた。
「もう、またどうせ図星突かれて容赦なく睨んだ挙句に、臆病な天龍を思いっきり怯えさせたんだろ?」
「知らん」
「またまたぁ。その言葉は嘘だよね」
「……」
つっけんどんな言葉に、さらに追い打ちをかけると虎の方が黙り込む。こうなると絶対に肯定は返ってこない。話しかけた方はがっくりと肩を落とした。
「むやみとビビらせないでくれるかなー、アレ。結構機嫌取るの面倒なんだよ? 怒ってるの知ってて声掛けたアイツも馬鹿だけど」
「別に怒ってなどいない。睨んだ覚えもない」
「じゃあ、目をつぶって会話したの? 君、今凄まじい目つきだけど」
「そんな間抜けをした覚えはないな」
「じゃあやっぱ、睨んだんだ」
「これは地顔だ」
「まあ、そういうことにしておくよ……ずいぶん怒りも抑えてるみたいだし、狐に手も出してないからね」
さも許してやろう、とばかりの口調に、不本意だと虎が声をやや大きくした。
「誰がそんな馬鹿をするか。あれは態度が気に入らないがそれでも仕事だ。半端なことはせんだろう」
「そりゃそうだけど……怒ってるよね」
「……」
二度目の否定はされない。ただ、ついとその金の目が細くなった。
「不埒なことをしでかしたら、その場で息の根を止めてくれる」
「考えていた対処法って、やっぱりそっち?」
不穏な気配はビシビシ感じていた。が、ゆっくりと虎は否定する。
「違う。城をうろつく虫の方だ」
「むし、ね……まさしく身中の虫だよ」
ふふ、と柔らかく笑う。楽しげに、そして心底愉快そうに。
「なにが可笑しい、地龍」
「だって面白そうじゃないか。跳ね回る虫をプチッとつぶす、その瞬間。想像するだけで楽しいよ」
「言ってろ。居場所もつかめぬムシを潰せるものか」
「おや、その分だと知らないね?」
「なに」
「狐が住処を掘り当てたんだ。向こうもさすがにあわてたみたいで、もぬけの殻の中には少々跡が残ってた。動き出すには、十分だったみたいだけど?」
「……」
虎の瞳が炯炯とした輝きを帯びると、金目は一層闇に浮かぶ。だがすぐに閉じられて、黒い闇にはただ音と気配を消した虎がすべての動きを止めたかのごとく、うずくまった。しばしの間、そのままじっとしていた二人の闇。その場の空気でさえ、止まったかのような一時。
それはまさしく、嵐の前の静けさで。
その中で、抑えきったはずの剣呑な殺気を、地龍は付き合いで読み取った。
「あの、勘弁してよ? 闇同士で殺し合いなんて。後片付けは面倒だし、余計な仕事が増えるだけなんだから」
「……狐に手をかける気になるほど、狂ってはいない」
「いやいや。正気に見えるから恐ろしいっていうか」
「狐の前に、無駄口を叩きに来たのお前に一撃をくれる気になる程度には、正気だからな」
「えっと……」
それって正気って言わないよ、とは口に出さなかった。余計なひと言を添えて、散々な目に遭った鼠をよく知っていたから。
「……止める気はないけど、程々にしておいてよ」
「善処しよう」
予告通り飛んできた鋭い剣の一振りを、片手を上げて壁を作ることで受け流す。
すでに狐が得物として捕捉されたのを地龍は覆せないと悟った。念のために、手は回しておこうと心の中で決める。衝撃が来た、その次の瞬間には虎の気配は完全のその場から掻き消えていた。




