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第五話

 


 翌日の放課後。


 雨は降ってなくて、だけどいつ泣き出すかもわからないような厚い雲が空を覆っていた。

 折り畳み傘は常備していたから問題ない。


 S駅に着いて電車を待っていた時、ひとつ手前の車両前に並ぶ金髪を見た。


 バレないようこっそりその列の最後尾に並ぶ。だけど声はかけなかった。

 周りの人はみんな一度は優輝を見る。あの金髪は目立つ。それも悪目立ち。


 見慣れたせいなのか今では金髪じゃない優輝を想像する方が難しくなっていた。

 中学時代の優輝の姿なんて卒業アルバムでも見ないくらい思い出せないくらい。小学校時代なんてなおさらだ。



 前のほうに並んでいた優輝は空席に座れていた。

 わたしは扉付近で立ち止まり、窓のほうを向いたまま長い席の真ん中あたりを陣取った優輝の姿を時々チラチラと見ていた。


 優輝は顔を上げず、スマホを弄っている。

 そのまわりの人たちもみんな似たようなもんだ。携帯だったり、ポータブルゲーム機だったり本だったり。誰も現実を見てない、そう思えた。



 一つ目の駅に着いて、乗車客がどっと乗ってきた。

 今までは空いていたけど、この駅では結構人が乗ってくる。

 扉付近の手すりの部分に寄りかかったわたしの前をひとりの女の人が通り過ぎた。

 なんとなくおなかがふっくらしているように見えた。肩にはショルダーバッグ。そこには『おなかに赤ちゃんがいます』のキーホルダーがぶら下がっていた。


 妊婦さんが優輝の座っている横に長い座席のほうに歩いて行った。

 その座席は八人掛けですでに埋まっている。優輝が真ん中あたりにいてその両サイドはサラリーマン。その他は女子高生ふたり組と地味目な服装のおばさんとくたびれたようなスーツのおじさん。

 一瞬優輝の両サイドのサラリーマンが妊婦さんを見たけど、目をさっと逸らして寝た振りを決め込んでる。女子高生はおしゃべりに夢中。おじさんおばさんも見ないフリ。


 大股開きで座ってた優輝がふと顔を上げた。

 そして、すくっと立ち上がる。


 すると、妊婦さんじゃなく反対側に立っていた派手なラメの服を着た少しふくよかなおばさんがそこに座ろうとした。



「おばさんまだ若いじゃん。こっちの人優先」



 それをすかさず優輝が止めると、おばさんは「まあっ!」と小声をあげてそこから離れて行った。

 妊婦さんはまさか席を譲ってもらえると思ってなかったのか首を小さく振って遠慮している。

 注目を浴びてしまって申し訳なさそうに俯く妊婦さんが何となく不憫に思えてしまった。



「大丈夫ですから……」

「俺、次で降りっから」



 妊婦さんが軽く会釈をして座ったのを確認すると、優輝がこっちに向かって歩いてきた。

 慌てて顔を背けると、気づかれなかったようで優輝は車両の真ん中よりやや扉側のつり革に掴まり、イヤホーンをつけて音楽を聴き始めた。



 次の駅に着くと、妊婦さんは再び優輝に会釈をした。

 その当事者の優輝もちらっとそっちを見たけど何もせずにわたしの横をすり抜けて電車を降りていってしまう。まだ、あと三つ乗るのに。


 あ、もしかして今日はこの駅に用があるとか?


 扉から身体を出してホームを覗くと、優輝が隣の車両に乗り込んだのが見えた。


 なにそれ?  

 やっぱりここで降りるなんて嘘じゃない。

  

 扉付近から車両の中のほうに進み、電車の連結部分の傍に寄って優輝が乗り直した車両を覗き込む。この車両より少し混んでるように見えた。

 あいつ、いいところあるんだ。妊婦さんに気をつかわせないよう嘘をついた。



 どんどん自分の中で優輝がいいひとに思えてきてしまう。

 わたしも優輝の何を見てきてたんだろう。これじゃ母と同じだよ。

 見た目で判断して……恥ずかしさと自分への苛立ちが募る。どうにもこうにも悔しかった。




 自宅のある駅に着いたら優輝に声をかけようと思った。

 電車を降りて、優輝の姿を探す。すると階段付近に金髪を見つけた。相変わらずライオンみたいだ。

 かったるそうにポケットに手を突っ込んでのろのろ階段を昇っている。

 

 その後を追うように小走りで近づく。


 その時。



「優輝!」



 改札の向こうで茶髪のふわふわなロングヘアの化粧をバッチリ施したセーラー服姿の女子高生が優輝に向かって手を振っていた。

 それに気づいた優輝が軽く手をあげて、改札を出てゆく。

 


「んもう! 遅かったじゃないー。早くしないとみんな待ってるよ」



 ぷくっと頬を膨らませたその女の子が優輝の腕に自分の腕を絡めた。

 わり、と軽く詫びを入れた優輝は自宅と逆側の道へ歩んで行く。


 どう見てもお似合いのカップルにしか見えなかった。


 お似合いっていうのかな? ヤンキーカップル? だけど彼女は化粧がうまいのかわからないけどモデルみたいだった。

 スタイルもいい。制服のスカートは本当に短くて、すらっと細い足が覗いている。身長も優輝につりあってる。


 ――彼女、いたんだ。


 声をかけなくて本当によかったと思った。

 やっぱり優輝だって綺麗にメイクしている子の方が好きなんじゃない。

 なんで昨日綾菜のこと、あんなふうに言ったの? 化粧お化けだなんて思ってもいないこと。わたしへの手前?


 他のやつの前では名前で呼ぶなとわたしには言った。だけど彼女なら構わない。

 彼女なら、当たり前――


 ばかみたい、ばかみたい、ばかみたい。


 同情されてただけ、ただわたしが少しでも楽に順平のことをフェードアウトできるようにつき合ってくれていただけ。

 それなのに。




**




「カラオケで優輝見たよ。女連れ。結構似合いのカップルだった」



 夕食の時、母に聞かれないよう隣の席の拓哉がこそりと耳打ちしてきた。

 あのふたりはカラオケに行ったんだ。



「他にも何人かいたけどね。なんだか雰囲気あるヤンキー軍団みたいで挨拶しなかった」

「……ふうん」



 もしかしてまだカラオケなのかもしれない。

 時計を見ると、二十時近い。今日は電話ないかも。

 今朝も『二十二時』メールは着ていたけど彼女のほうが大切だろうし、もう解放してあげないと。



 だけどついた習慣は恐ろしくて、二十二時を意識しないようにしていてもついその時間にはベッドに横になって携帯を枕元に置いちゃっている自分がいた。無駄にソワソワしてる。

 そして震える携帯。出れば優輝の『ヨウ』という低い声。

 毎日毎日欠かさずかけてくれた電話。本当はすごくうれしかった。

 優輝のおかげでわたし、あんまり辛くなかった。本当に感謝している。だから――



「優輝」

『ん?』

「もう電話しなくていいよ。今までありがとう」



 声が震えないようになんとか伝えると、一瞬の沈黙を感じた。



『何? 急に』



 いつもよりさらに低い声が耳の奥を刺激するようだった。

 動揺を見せてはいけない。小さく深呼吸をしてわたしは続けた。



「ん、もう眠れそうだし。あの時はパニックしてて眠れるわけないなんて言ったけどさ。ホラ、毎日わたしのほうが先に寝てるし、必要ないでしょ? それにさ、彼女に悪いよ」

『は?』



 少し怒ったような声が返って来る。

 それでもわたしはひるまずに続けた。



「彼女。今日カラオケで拓哉が見かけたって。お似合いだったって言ってた。実はわたしも見たんだよね。駅で。うん、確かにお似合いだったよ」



 一気にまくし立てるように伝える。

 優輝がしゃべる隙なんて与えない。今日で終わり。もう逢わないんだから何を言っても怖くない。


 だけど、なんで涙が出そうになるのかわからない。



『おまえらふたりとも俺見かけても声かけなかったのかよ』



 え? そこ追及するところ?



「いやあ、邪魔しちゃ悪いし。じゃ、元気で――」

『そんなにすぐ切りたいわけ? 今日まではつき合えよ』



 苛立ったようなトーンの優輝の口調が少し気になった。

 まあ、せっかくかけたのにっていうのは当たり前の感情だろう。

 その申し出を受け入れ、いつものようにたわいない話を続けた。

 今日のカラオケの話は全くしなかった。いつもなら学校であったことや友達のこと、いっぱい話してくれるのに。


 今日の優輝の話は昔のことばかりだった。


 小学校の頃、中学校の頃。わたしの知らない優輝の姿が少しずつ紐解かれる。

 だけどそれはきっと優輝の本心じゃない。

 自分の過去を面白おかしく話してくれる、でも本当は寂しいとか悲しいとかそういう感情だってたくさんあったはず。


 それを聞いてると切なくなる。苦しくなる。

 幼馴染なのになにもわかっていなかった自分が情けなくなる。



 三十分くらい話をして、わたしは反応するのをやめた。

 そうすれば優輝は電話を切れるはず。いつもどのくらいで自分が眠りについちゃうのかはわからないけども。



『……寝た?』

「……」



 携帯越しに小さな吐息が聞こえてきた。

 いつもこうやってわたしが寝たのを確認してたんだなって思ったら少しだけほろ苦い気持ちになる。



 そして次に聞こえてきたのは、小さい頃のお昼寝の時によく聴いた眠りの歌。

 不思議とこの歌を聴くとよく眠れた記憶がある。それを音程を少し外しながら小さな声で優輝が歌っていたのだ。



『――杳子』



 歌い終えたあと、不意に名を呼ばれ、鼓動が高鳴る。

 反応しそうになって口を押さえた。

 小さく囁くような優輝の声が聞こえてくる。



『もう、電話しないから』

「……」


『これで最後だから――』



 そんなこと言われたら、涙が出そうになる。

 喉元が苦しくなる。声を出さないようにギュッと目を閉じた。



『おやすみ、杳子』



 名前を呼ばれただけで、苦しい。

 なんでこんな気持ちになるのかわからない。



『好きだ』



 ――――!?



 次の瞬間、通話が切れた。


 

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