第四話
その日の放課後。
優輝と連絡が取れ、駅に向かう。その日も梅雨空で雨がしとしと降っていた。
改札前で優輝と合流。その時、事件が起きた。
「あれ? 小埜さんじゃない?」
背後から名を呼ばれた。
嫌な予感がして振り返ると、そこには順平と綾菜が立っていた。
ふたりは怪訝な表情をしていた。特に綾菜はまるで嫌なものを見るような不躾な視線を優輝に注いでいる。すごく感じが悪い。
「よっ、順平」
そんな視線をもろともせず、ニヤッと意味深な笑みを浮かべて優輝が順平に近づいていった。
腰元のチェーンがジャラリと音を立てる。ハッと思い出したような順平の反応、そして波が引くかのごとく顔色が悪くなっていく。
「優輝……元気だったか? おまえその髪、どうした?」
「別に。おまえこそ何? 彼女? 随分べっぴんさんじゃん」
ずいっ、と優輝が顔を近づけると、綾菜はあからさまに嫌そうな表情をして順平の背後に隠れた。
「ふーん。おまえ女の趣味変わったな」
「……どういう意味だ」
「茶髪、嫌いって言ってなかったっけ? メイクも」
ふふんと勝ち誇ったような笑みを順平に向けて、挨拶もせずに優輝が改札を入って行った。
優輝も順平の趣味を知ってたんだ。
振り返ると綾菜は唇を噛みしめてわなわなしている。それを順平がバツの悪そうな顔でなだめてた。
「置いてくぞー」
こっちの様子を見ようともしない優輝の声。
順平が恨めしそうな目で優輝のワイシャツの背を睨みつけているのを見て、わたしは心の中で小さく笑ってしまった。胸のもやもやがまた少し晴れたような気がした。
「ねえ、順平怒ってたよ」
電車の中でそう伝えると、優輝はなんのこったって感じでどこ吹く風。
ライオンのような金髪をガリガリと掻いて、首を軽く回す。
「別に構わない。しっかしあんな化粧お化けのどこがいいんだ? あれメイク落としたら目なんかこんなよ」
自分の目を極限まで細めてわたしの方を向くからつい笑ってしまった。
優輝、メイクしてる女の子あまり好きじゃないのかな?
「でも、中学の時は順平と結構仲良かったじゃ……」
もしかして、わたしのため?
そう思ったらそれ以上聞けなかった。
「それより、今朝拓哉に会った。あいつ背、伸びたな。面構えもよくなってたし、ありゃもてるだろ?」
「さあ……」
「杳子は相変わらず小せえよな。あ、そうだ。似合ってんじゃん、その髪型」
わたしの顔を覗き込むようにして優輝が顔を近づけてきた。
どきん、と鼓動が高鳴る。
金色の眉、どことなく目の色も茶色っぽく見えた。
わたしとは大違い。まるで異国の人のようなその外見。顔立ちは日本人だけどまるで別の人種のよう。
さらっと髪型を褒められ、どうしたらいいかわからず俯いてしまった。
たぶん、今のわたしは頬が真っ赤になっていると思う。
窓の外を見ると、本降りの雨が叩きつける窓ガラスに優輝の姿が写っていた。
わたしの身長より頭一個分くらい大きい。昔は同じくらいだったのに。
少し視線を上げると綺麗に隆起した喉仏。だらしなく襟元の開いたワイシャツからはくっきりと鎖骨が見えた。
……やだ。
なんでこんなに顔が熱いんだろう。
優輝はただの幼馴染なのに、いつの間にこんなに男っぽくなっちゃったんだろうか。
その時、すでにわたしの中で優輝への恐怖感はなくなっていた。
家に帰ると、キッチンで母と拓哉がお茶をしていた。
何となく母の顔が険しい。
「あ、杳子お帰り」
「どうしたの?」
「いやさ、今日の朝、優輝に逢ったんだよ。そしたら金髪でさ。それを見た母さんがドン引きで」
めんどくさそうに拓哉がため息をつく。
「昔はいい子だったのにねえ……あんた達、あんまりあの子に関わるんじゃないわよ」
はあっと深く大きなため息を漏らす母に、わたしの胸がぴりりと痛んだ。
どうして? なんでそんなことを言うの?
幼馴染なのに関わるなだなんて……なんでそんな寂しいこと。
「優くんの家、ご両親がうまくいってないって風の噂で聞いたわ。それにあの子のお兄ちゃんができる子だからそっちにばっかり構ってるみたいだし……優くんがグレちゃったのは当たり前かもね」
母の言葉に無性にに腹が立った。
優輝はグレてなんかない! 確かに見た目はアレだけど。
でもそんなの聞きたくない。なんで優輝のことを悪く言うの?
わざと大きな足音を立てて部屋に向かうわたしをあのふたりはどう思っただろう。
そんなことはどうだっていい。
なんでこんなにイライラするんだろう。わからない。
優輝の家のこと、わたしは何も知らなかった。
確かにあの家に入って、温もりみたいなものを感じなかった。綺麗だったし、おばさんが掃除をきちんとしているからだと思ってた。
それもそうかもしれないけど、今頃あの家の空気が冷ややかだったような感じがして。
優輝は……。
その日も二十二時に電話が来た。
何も変わらない。いつもと同じ優輝だった。
わたしばっかり優輝に助けられているような気がした。
こうして毎日電話をかけてくるのは、もしかして寂しいからなのかもしれないって思ったら、今度はわたしが、優輝が眠りにつくまで声を聞かせてあげたくなった。
わたしで役に立つのなら、そう思ったのにやっぱりわたしが先に眠りにおちて、優輝はいつもの通り通話を切っていた。