2.記憶の揺らぎ
「僕たちは闘わなくちゃいけないんだ!」
トウヤが自分に言い聞かせるように言った。彼の指で輝く青い宝石がきらりと人知れずに輝く。ネックはその様子を見て確信した。このプレイヤーは当たりだと。
「ねぇ……ネック?」
ためらいがちにトウヤがネックを見上げている。わずかに身体を震わせてふにゃっとした笑顔を浮かべていた。かぶっていた薄い布団を引き上げてくるまっていく。
「寒いんだけど」
気にはしていなかったせいかネックには少年の様子が見えていなかった。布団の下が裸も同然であることに。肌に突き刺さるようなひんやりとした空気は少年を震えさせるには十分なものだった。
物があまり置かれていない部屋を見まわして、ネックは隅におかれた衣装棚へ向かう。その中を見てみると、どこかの学校の制服がきちんとたたまれた状態でそこにあった。暗い紺色を基調とした制服には赤のラインがすそに入っている。布団をその身にくるんでトウヤがすり寄ってきた。制服を一瞥し少年は驚いたような表情を見せた。
「あっ」
歯切れの悪い声を出してそのままトウヤは黙ってしまった。ネックはそんなことはお構いなしというように少年の布団を引っぺがし、下着からシャツ、ズボンと順に着せていった。少年はされるがままで、ネックに言われたことを黙ってやっていく。
「……うぅ」
くぐもった声が下から聞こえてきた。
「どうかしました?」
「うぁああああっ!!」
頭を押さえ床の上を転がるトウヤ。きつく目を閉じ苦痛に耐えようとしている。だが耐えきれないのだろう。漏れ出るうめき声がだんだんと大きくなっていく。胸を強く押さえ縮こまるとトウヤは突如静かになった。怪訝に思いネックはしゃがむと、うずくまる少年の肩をつかむ。
「御主人様? 大丈夫でしょうか??」
「ふふっ」
笑いを含んだ音を吐き出す。そして気が触れたかのようにトウヤがネックの首に掴みかかってきた。撃ち抜かれた弾丸のように少年がまくし立てる。
「君はいいよね、ホント。僕にはなーんにもないからさ! うらやましいんだよっ!! 僕なんてただの……」
「御主人様」
「君なんて大っ嫌いだ、とーってもだいきらい」
涼しげな笑みを浮かべて少年は徐々にネックの首をきつく絞めていく。息が苦しくなっていく。肺が空気を欲しがる。手を重ね合わせ少年の手を引きはがそうともがく。離れない。トウヤはあざ笑うかのように顔を近づけてきた。ゆがんだ表情は嘲りしか映っていない。舌で唇を湿らせ、歯をむき出しにする。
そんな彼を見てネックは何も思わなかった。
「どうして僕だけがあんな目にあわなくちゃいけないんだっ! 何もしていないのに……君のせいだろ!!」
まだ記憶が混乱しているようだった。少年はおそらくネックと誰かを間違えている。ネックがある一言をささやこうとする。こういった時に使う言葉だ。しかしその前にトウヤの様子が変わった。
不意にネックののどを絞める手の力を緩め、泣き始める。粒の涙をネックの頬に落としていく。
「ごめんなさい……ごめんなさい。だいきらいだ本当に僕自身が、大嫌い」
少年を慰めるでもなくネックは耳元でささやいた。
「おやすみなさい御主人様」
すると糸の切れたマリオネットのようにトウヤの全身の力が抜ける。優しく受け止めるとベッドの上へと運んで寝かせた。静かな寝息が聞こえる。目元にはまだ涙が流れている。
ネックは窓の外を見た。透けるような青空が広がっているが、西の空からは大きな雲が少しづつ折り重なり色を濃くしていっている。
もうすぐ雨雲がやってくる。それはようやく始まるゲームの開幕を告げる鐘となるのだ。
時計塔の入り口辺りを見下ろすと何人かがプレイヤーを伴って街へ向かっていた。ここへ入る前に話しかけてきたフレデリック・リースターもいた。あの男は金色の髪の少女を大切そうに連れている。
ネックは地上を見下ろして、煙草に火をつけた。白煙を開いた窓の向こうへ吐き出す。