1.プレイヤーの元に
のんびり書いていきます
薄い紺色のサングラスをかけ直し、ネック・ジョーリオルは時計塔の入口に立った。横には一列となって似た姿をした者達が並んでいる。服の形は様々だが色はそろって黒だった。
ネクタイのずれを直している時、右隣から突然声をかけられた。背の高い男。金色の髪を後ろになでつけて、妖しい笑みを浮かべている。
「ねぇ、きみってさネック・ジョーリオルだよね?」
「そうですが……?」
不信感をあらわにして、ネックはサングラスの下から彼をにらみつける。彼は慌てたように手を横に振って頼んでもいないのに名を名乗った。聞いたこともない名前だった。
「おれはフレデリック・リースターって言うんだけど……」
冷めた視線だったのだろう。フレデリックは困った、というように苦笑している。ネックには彼の外観と名前から呼び覚まされる記憶はなかった。なので時計塔の方へ向き直る。
もう一度フレデリックが話し出した。耳に入れないつもりだったが聞き捨てならない言葉が突き刺さる。ありえないことだった。ネックはとっさに彼を見る。
「知らないよね。今のきみじゃあ仕方ないか、うん。おれのほうは……っていうか多分他の人はきみについてよく知っているよ」
「どういうことですか?」
単なる疑問の解消をしようとしたが時計塔から一人の男が現れた。彼が出てきてしまったら何も話せなくなる。現にフレデリックは前を向き視線を彼に固定していた。ため息をつきつつネックも前を向く。
彼は黒のコートにシルクハットをかぶっている青年だった。名はナイトメア・ドゥンケルハイト。
「やぁ皆。おはよう」
ネック以外のエスリド達はすぐさま低頭した。ネックのみ彼を正面からにらみつけている。ナイトメアは楽しそうにクスリと笑っていた。
「いよいよゲームが始まるね。楽園へとつながる階段を探すゲームが……。参加者たる《プレイヤー》はすでにこの時計塔内の部屋にそれぞれ入っている。そろそろ眠りから覚めるころだろう」
ナイトメアが話しつつ指を一度鳴らした。するとエスリド達の左の手首に細いブレスレットが現れた。何の細工も入っていない。だがよく目を凝らすと文字と数字が刻まれていた。ネックのブレスレットにはt-009とある。
「それはこの塔で必要なものだ。使い道は時期が来ればわかる。それまでなくさないようにね」
青年は再び指を鳴らす。今度は目の前に光の文字が突然浮かび上がった。エスリドそれぞれの前に違う数字が浮かび上がっている。ネックは009という数字を読み取る。隣のフレデリックを見ると016とあった。ぶつぶつとその数字をつぶやき忘れまいと努めているフレデリックにネックは肩をすくめるしかなかった。
「その数字はプレイヤーがいる部屋の番号だよ、すぐに行くといいエスリド達。そしてゲームが始まるのは、次に雨が降った時だ。その時までに準備を進めておくように」
彼は時計塔の中へと姿を消した。それと同時にネック以外の他のエスリド達も塔の中へと姿を消していく。フレデリックはネックに目線をくれていたが、首を横に振り時計塔の中へと進む。その後ろ姿を見てネックはようやく動き出した。フレデリックにも聞こえそうな程大きなため息をついて。
プレイヤーの部屋は009号室。この塔の中では四階に位置する。中心を貫く螺旋階段を上り、冷え切った廊下を横切りネックは目的の部屋の前に立った。
三度ノックする。中からは何の反応もない。もう一度ノック。
「失礼します」
扉を押し開けると生暖かい空気が頬をなでる。正面には小ぢんまりとしたベッドが存在している。その上で静かに寝息を立てる少年。真っ黒な髪がシーツの白と反対に際立っている。ゆっくりと上下する胸の上に手を組んで眠っていた。
「御主人様。そろそろ目覚めの時間ではないかと思われますが……」
ネックはベッドへと近づいて少年を揺り起そうとした。その時ベッド脇のテーブルにガラスの器に入れられた三つの指輪が目についた。指輪はそれぞれ銀色のリングに青色の宝石が一つついている。
「これが……。いや……御主人様」
少年に呼びかけるだけでは目が覚めることがなさそうである。故にネックは少年の華奢な肩をつかみ小刻みに揺らす。首が前後に揺り動かされ、気づいたのか彼がぼんやりと目を開け始めた。紅い瞳がまっすぐとネックの暗い瞳を貫く。ネックはその眼をそらさずに彼の肩から手を離した。
「お目覚めですか、御主人様。気分の程はいかかでしょう?」
視線を足元に向けて少年はうなずくだけだった。眠たそうにまぶたが落ちては持ち上がっている。色が引いたようだった唇に赤みが現れる。少年がネックを見上げた。その表情はどことなく自信がないように見えた。しかしネックの知ったことではない。
「あの……。僕はその、誰なんでしょうか?」
「お名前をお忘れですか、御主人様? そうであればまずそのリングを身に着けることを私はお勧めいたします」
何か言いたそうにしていたがネックはベッド横のテーブルへ手で指し示す。三個の指輪をちらりと見て、少年は一度ネックに視線を戻した。ネックが大きくうなずいてみせると彼は意を決したように指輪を手に取り、それぞれ右手の中指、薬指、小指にはめていく。すると一瞬きらりと青の宝石が輝いた。光に目を奪われた少年は一度瞬き、呼吸を乱れさせた。紅い瞳が光を持ち始める。
誰に言うのでもなく少年は自分の手のひらをじっと見つめて、名前を呟いた。ネックには聞き覚えのない名前である。
「僕は……トウヤ」
「思い出されたでしょうか?」
呆然としたようにうなずきトウヤはきつく目をつむる。
そしてゆっくりと目を開いてネックの方へと向ける。紅く見えた瞳が今では嘘のように鳴りを潜めていた。少年はネックに命令する。やるべきことが分かったのだろう。
「君の名前は何?」
「はい、御主人様。私の名はネック・ジョーリオルと申します」
「わかったよネック。僕は願いを叶えるためにここに来たんだ。叶えるために……!」
トウヤが強く手を握り締める。その手は震えていた。
「だからそのために、僕たちは闘わなくちゃいけない!」