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真実の愛は……  作者: 川崎 春


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その6

 サンフォール侯爵と王妃シスルがベスティア大聖堂に送られて、城の空気は一変した。


 姿を隠すように内政に関わっていたロウランが表に出てくるようになったのだ。ガウランは公務の一部をロウランに割り振り、王子達との時間を持つようになった。

 第一王子は元々ガウランとの間に信頼関係を築いていた。叔父のロウランとの関係も良好だ。

 聡明な第一王子はシスルがいなくなり、明るい笑顔を見せるようになった。次期国王として大勢が期待を寄せる王子の楽し気な姿に、皆が安堵した。


 第二王子は母親から離れたいと密に願っていた。彼の感性が真っ当だったのは、シスルに日々を支えるだけの道具のように扱われていた侍女達のお陰だった。彼は侍女達を信頼してその考えを学んだのだ。

 シスルの狂気じみたその行動と溺愛から、父親と兄に嫌われていると思っていた第二王子は自己肯定感が低く、何かを決めることを恐れる傾向があった。その事実を知ったガウランと第一王子は、第二王子に寄り添った。ロウランもだ。

 最初こそ遠慮がちで戸惑っていた第二王子は、時間が過ぎるにつれて父と兄に心を開き、周囲も信頼していくようになった。


 そして、ロウランがサンフォール女侯爵と結婚して臣籍降下をしたのは、約束からきっちり三年の月日が経った頃だった。このときサンフォール侯爵家は公爵家となり、名乗っていた名前を変えた。サンセット公爵家と言う。バルベナはロウランと結婚することに消極的だったが、第一王子の強い勧めとロウランの口説きにほだされて了承した。


 結婚後にバルベナは当主の座を明け渡そうとしたが、ロウランがそれを止めた。彼は城での仕事もあるので、バルベナに領主としての仕事をして欲しいと頼んだのだ。

 次代のことは既に決まっている。生まれたならその子に爵位を。もし生まれなければ第二王子を養子に取って爵位を継がせると。これは王命で周知された。

 第二王子は新しい公爵家を興すか、サンセット公爵になるかなので、どちらでも構わないのだ。


 隣国では王が退位した。スパイを忍び込ませ、シスルに唆されていた事実が知られている以上、そのまま留まることは不可能だったのだ。とはいえ、落ち人憑きが出たことが周知されると混乱を招くので、それで解決となり二国はそのままの関係を維持した。


 二人の結婚が決まった頃、ホウランからベスティア大聖堂への招待状が送られてきた。

「お父様に会うようなことは……」

「ないよ。彼の居る場所は特別区画だから」

 シスルもね。と、ロウランは心の中で付け加える。

「実は、こちらからも行きたいと打診していたんだ。王妃と侯爵を引き取ってもらったお礼をしたかったから。そうしたら、ホウランが招待してくれたんだ」

「そうだったのね」

「まさか、市街地の宮殿で挨拶かと思っていたら……大聖堂に入れてくれるそうだから驚いているんだけどね」

 ロウランとバルベナは、新婚旅行も兼ねてベスティア聖国へと旅立った。


 大聖堂は一つの建物ではなく、山のいたるところにある建物の集合体を指している。山頂にはベスティア神のシンボルが巨大なモニュメントとしてそびえていて、山が見える頃にははっきりと見える程だ。山頂にどうやって作ったのか分からないそれは、神の御業だと言われている。


 市街地は、巡礼兼観光客で溢れかえっている。彼らは市街地にある教会で神官達の説法を聞き、隣の小高い丘に案内されてモニュメントに祈りを捧げる。そして聖典を買って帰るのだ。

 市街地への巡礼は出来ても、大聖堂に招かれる者は王侯貴族でも滅多に居ない。


 聖国に到着すると、巫女王に軽く挨拶をする。巫女王は優しい笑顔で歓迎してくれた。

 その後、ホウランが二人を宮殿の奥にある別の場所に案内した。

「この場所は?」

 足元に文様が描かれて、青白く光っている。

「転移陣と言います。……神官と巫女が神力を加えると、望む大聖堂の建物に移動できる神の奇跡の一つです。外で話せば神罰が下るから注意して下さい」

 ホウランはそう言って、驚くロウランとバルベナににっこりと笑った。

 バルベナもロウランも……モニュメントだけでなく、山にある建物もこの麓の宮殿も、神によって作られたものなのだと分かってしまった。


 そこでホウランは真顔になった。

「実は、サンフォール侯爵も落ち人憑きでした」

 二人が驚いている中、ホウランは続ける。

「ロウランは私と双子だから、神官の素養があったのでしょう。気付かなくても、ちゃんと見破って送ってくれたのにはとても感謝しています」

「私は、バルベナのためにやったのだがなぁ」

「勿論分かっています。ただ、ここに送ろうと決めたのはあなたの中の神官の部分だと思っています。神官の修行をしていませんから、愛の力で神の代行者の能力を使ったのでしょう」

「私の愛が神に認められたと言うことか。……聞いたかい?疑い深い奥さん」

 ロウランの言葉に、バルベナが頬を赤くして俯く。バルベナは、長い間ロウランの気持ちを信じなかったのだ。


 そんな二人が転移陣で連れて来られたのは、一枚の絵が飾られている部屋だった。

「聖遺物の保管場所です。ここは愛の間」

 ホウランは絵の前で立ち止まる。

「強い記憶は、強い意志を生み出し、魂を傷つけ汚染します。だから神が取り出し、業火で焼くのですが、完全に燃やしきることができない場合もあるのです。神の浄化の末に残るものですから害はありませんが、神ですら壊せないものなので未来永劫、ここに安置するのです」


 天井からつるされているそれは、淡い桃色の花びらが舞う中、見慣れない黒目黒髪の男女が互いを見つめて向かい合わせに立っているものだった。

「何故でしょう。怒りたい気持ちもあるのに、安心してしまう気持ちがあって……」

 バルベナは何故か涙を流していた。その肩を抱くロウランが呟く。

「同感だ。無性に腹が立つ絵なのに、今まで見た中で一番心が安らぐ」

「私からの感謝と結婚祝いです。心行くまで見て下さい」


 二人は時間を忘れてこの絵を眺め続け、ホウランは静かにその様子を見守っていた。

 絵を堪能したロウランとバルベナは、その後数日の間、聖国に滞在して帰国した。二人の表情は来た頃よりも明るく、楽しそうなものになっていた。


 見送ったホウランは、妻である巫女王・セリミラに二人の帰国の報告をした。

「彼らの魂も無事に浄化できたみたいですね」

「ええ」

 落ち人憑きは一人でも災厄と言われている。それが二人。危うく近隣諸国を巻き込み、大量の死人を出す所だったのだ。それを回避できたのは、ロウランとバルベナの存在あってのことだ。

 しかし二人は長く汚染され続けていた。その魂が濁っていることにホウランは気づいていた。だから浄化するために、あの絵を見せたのだ。全ての因果が絡み合う前の美しい恋情だけで出来たそれは……因果と因縁のある二人の魂を浄化したのだ。


「どれだけ汚れようとも、傷つこうとも捨てられない恋情とはどういうものなのでしょうね……」

 セリミラの言葉に、ホウランは笑ってそっとその腰に腕を回す。

「私の愛では御不満ですか?」

 セリミラは少し目を伏せる。

「そういう意味ではないのです。ただ、そういうものって怖いのに、ちょっと触れてみたくなるでしょう?」

 セリミラは好奇心旺盛な、いたずらっ子の様な表情でホウランを見上げた。

「あなたはまたそんなことを言って……絵を見に行くのは出産してからです」

 セリミラは今、四人目の子を妊娠している。だから今回の騒動から遠ざけられているが、三百年ぶりになる聖遺物を見たくて仕方ないのだ。

 巫女王であるセリミラは、物に触れて宿す記憶を追体験する能力を持っている。ショッキングな記憶で体に何か影響があってはいけないと、ホウランだけでなく側近や側仕えの神官や巫女達がハラハラして見守っている状況だ。

 ホウランとセリミラは神託結婚だが……夫婦仲はとてもいい。激情は伴わないが、信頼と安らぎに満ちた姿は大勢に安心と安らぎをもたらしている。愛にも色々あるのだ。


 異世界からこの世界に来た魂の業は、その殆どが神の炎によって燃え尽きて消える。

 しかし極稀に、業が浄化されても残るものがある。残ったものは神の手によって大聖堂の建物に安置されて増える。

 今回のものは、二つの同じ運命を背負っていた魂の業が同時期に焼かれた末に出来た。とても希少な聖遺物だから、神官も巫女も一目見ようと隙を見て愛の間に赴く。


 そして……ベスティア神自身も、その絵を密かに見にやって来ている。

『身勝手なのに、これほど美しいのはどうしてなのでしょうね』

 神は知っている。若武者が姫の死後、関東武士の仲間入りをしたことを。そして、武士の時代がやって来ることに(くみ)したことを。


 もし姫が入内して、若武者がそのまま護衛であったなら、歴史が大きく変わっていた可能性もあった。関東武士の強さは、この若武者の血筋によって強化されたのだ。

 姫の子が帝になっていたら、若武者の血筋は取り立てられ、平安の世はもっと長く続いた筈だった。しかし、その流れは二人の強い感情によって拒絶され、消えてしまった。


 ベスティア神は、多くの運命が絡み合い一つだけが選ばれ、世界の過去と未来になっていくのを見つめ続けている。

 かつてのベスティア神は、ただあるがままにして介入しない兄神の世界の未来の可能性が、泡の様に消えていくのを惜しんでいた。可能性が育った先が見たい。彼はその気持ちを抑えきれなくなっていった。


 そして、とうとう我慢できずに手に取った一つの未来から、彼が育てたのがこの世界だ。

 彼はそれでようやく見守ることを覚えた。自分の育てた世界にしか存在しない過去、そして未来は唯一無二。だから可能性の世界に焦がれることはなくなったのだ。


 失われた可能性は、再び世界のエネルギーとなって巡るのが兄神の世界の理だった。ベスティア神がそのエネルギーを奪ったことで均衡が崩れて隕石が落ち、兄神のお気に入りだった恐竜は絶滅してしまった。そして、知能と感情を言葉にする人類が生まれ、兄神を悩ませることになったのだ。


 人が生まれたのはお前の影響なのだからと……彼は厄介な知的生命体の魂を浄化する仕事を命じられた。ベスティア神は、それを少しも後悔していない。どちらかと言えば楽しんでいる。兄の世界から落ちて来たものを浄化すると、宝物が手に入る。ベスティア神はそう考えているからだ。


 彼は好奇心旺盛で寂しがり屋なので、兄との繋がりも人との繋がりも無くしたくない。浄化で残った聖遺物は、兄や人との繋がりで彼が消えない限り残り続ける。それだけで、他の可能性に目が向くことがなくなったのだ。


『一つを選び、己の意志を通すと言うのは、時に残酷で醜く、美しく気高い。どんなことがあろうとも、私も兄もあなた達を愛していますよ』

 ベスティア神はそう呟いて、ふっと消えた。

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