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真実の愛は……  作者: 川崎 春


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その2

 バルベナが城に通うようになって一年後、父親のサンフォール侯爵は城に呼び出され、騎士に抑えられたままロウランと対峙していた。


「二回」

 ロウランは言った。

「私がサンフォール侯爵家に釣書を送った回数だ」

 サンフォール侯爵は真っ青になる。

「王族からの釣書を、侯爵風情がなかったことにできるとでも思っているのか?」

 勿論、そんなことはできない。サンフォール侯爵は、『王弟の釣書を買い取りたい。決して表沙汰にはしない』という契約で金を受け取った。

 実際、釣書が行方不明であることは表沙汰になっていない。だから安心していたのだ。


「私がバルベナ嬢と婚姻を結びたいと願って何年になると思う?前の婚約者が亡くなったのは十五年前。……何故、私が永遠に彼女に操を立てて結婚しない美談になっているのだろうな」

 侯爵は理由を知っているが、口にできなかった。

「侯爵は、王妃殿下あねうえの侍女とよく会っているみたいだね?」

 心臓を冷たい何かにわしづかみにされたような気がした。

 ロウランは近づいて来ると、しゃがんで侯爵と目線を合わせた。

「愛人かな? それとも……違う何か?」

 侯爵は気絶しそうだった。

 王妃は、何としても第二王子を皇太子にしたいのだ。隣国の王である彼女の兄も、第二王子であれば王のまま属国にすると約束をしていたと聞いている。


 ロウランにはかつて婚約者がいたが、急な病で亡くなってしまった。酷い病で城でも同じ症状の者が数人出た。その中心には王妃がいたのは調べてわかったものの何をしたのか分からないため、そのままになっている。他にもロウランに関わる令嬢や夫人の事故が重なっている。

 それでロウランは色々な意味で身動きの取れない状態が長く続いた。それもこれも、王妃が第二王子の為にしていることだ。侯爵は属国化の未来を見据えて、密に貢物をしたりしていた。


 ところが、バルベナがサンフォール領の立て直しに成功したことから、ロウランの臣籍降下する相手に選ばれてしまった。

 王妃と犬猿の仲であるロウランを婿入りさせたら、侯爵は追い出された挙句、王妃に贈っていた物や金額が全て露見することになる。


 だから侯爵は王妃からの提案に乗って、絵姿と共に釣書を王妃に売ったのだ。

 普通であれば、高位の身分の者からの婚約打診を突っぱねる……無視することはできないのだが、今回はそれをうやむやにすることが可能だった。王族への郵送物を管理する部署に、王妃の息のかかった隣国のスパイがいたのだ。


 侯爵は釣書が届くと、その侍女に連絡をして金と引き換えに渡す。その後、郵送物の管理事務所に侍女から連絡が行き、王城から発送された事実そのものが書類から消されていたのだ。

 その者は既に行方をくらませており、今も捜索しているが見つかっていない。責任の所在は宙に浮いたままだ。


 大勢の目が確認した末に消えた釣書。ロウランは王に報告した後、あることを実行に移した。それは、すぐさまバルベナへ釣書を再送することだった。

 普通、王族であれば、消えた釣書の行方が分かるまでは次のものは送らない。しかし、その慣習を踏み倒したのだ。

 慣習にないロウランの動きに侯爵は慌てていた。それでよく考えないままに再度王妃に売ってしまったのだ。


「王妃は、終わりだ」

 虚ろになった侯爵の意識が急激に現実に引き戻される。

「彼女の兄である隣国の王は、彼女を切り捨てることになるだろう」

 王妃と隣国の王は仲が良いと聞いていた。だから、将来生き残れると信じていたのに。侯爵はどうしてそうなるのか分からなかった。


「王妃が同腹の子だというのに、第二王子ばかりを贔屓(ひいき)にしている理由を知っているか? 第一王子は顔立ちが兄上に似ていて、王妃の髪色である栗色を継いでいる。しかし、第二王子は王妃に顔立ちが似ていて、髪色と瞳の色は兄上と同じ。だから溺愛したのだ」

 少女の様な笑みを浮かべる王妃、緊張したまま一切内心を見せない侍女達……。王妃に会う時には、いつもただならぬ雰囲気があった。その理由を侯爵は知らなかった。元が怠惰なのだから引っ掛かっても知ろうとしなかったのだ。

「私と兄上は髪色と瞳の色が全く同じ。……私との間に生まれた子だと、ずっと妄想して育てていたのだ」


 王妃はロウランに懸想していたのだ。


「狂っている」

 思わずそう呟いた侯爵を咎めることなく、ロウランは言った。

「その通りだ。だから……切り捨てることになると言っている」

 詰んだ。侯爵は自分の立場を悟った。


「爵位をバルベナに移す。そして……国外に名誉ある住まいを用意した。そこで暮らすがいい」

 名誉ある住まい。国外。そこで侯爵は青ざめた。

「侯爵、貴殿は愚かではない。……とんでもない怠け者で非情だったというだけでな。よく隠しおおせたものだ」

 侯爵は青を通り越して白くなった。

「どうしたら怠けたまま好き勝手に暮らせるか計算したのだろう?エキドナを当主にしてしまえば恨まれて追い出される。だからバルベナへの縁談を全て断った末に、溺愛しているフリをして嫡子をバルベナに置き換えた」


 侯爵は怯えた目でロウラン(うかが)った。

 下の娘を溺愛するどうしようもない父親。その姿は嘘だ。実際には愛したことなどなかった。ただ都合の良い駒。……演じて来た姿は、家族ですら見破れなかったのに、ロウランは見破ったのだ。


 ロウランは忌々しげに続ける。

「バルベナの家庭教師達に聴取をした。……経営学だけが抜けていた。次女だからと誤魔化すにはおかしい程にだ。帳簿は夫人でも付けるのに、その基礎すら教えていなかった。真面目なバルベナが、経営にかかりきりになるように仕向けたのだ。疑問に目を向けさせない為だったのだろう?それに領地が崩壊しない程度に、貴殿は手を加えていた。書類を見れば分かる。知識不足だったバルベナに分からなかっただろうが……そろそろ気づく。お前はそうなる前にバルベナに次の罠を用意していた」


 事実だった。サンフォール家には子爵位に当たる寄子がいる。その子爵は領地で執政官をしている。侯爵はその嫡子にバルベナを嫁がせ、権限を維持したままバルベナに領地経営をさせる気だったのだ。

 だからロウランからの釣書を王妃に売ってしまうという暴挙に出た。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。取り上げられる訳にはいかなかったのだ。


「な、何故……」

「私はバルベナを愛している。だから、お前の悪意に気付いた。それだけだ」

 ロウランの目は怒りのためか、侯爵には光って見えた。


 侯爵は歯をガチガチさせながら、必死に言う。

「ベ、ベスティア……だけは……」

 ベスティア大聖堂。王族の推薦状のある貴族だけが修道士として所属できる、この世界と切り離されたベスティ教の総本山にある巨大な聖堂だ。一度入れば、戒律による厳しい行動規制と、神に祈る日々が待っている。大聖堂に所属できるのは名誉ある神の代行者だけとされており、排出した家は一目置かれることになる。

 ロウランはバルベナと婚姻を結び、サンフォール家に婿入りするつもりでいる。だからサンフォール家の汚点を、名誉に変えようとしているのだ。


「何故そこまで貴族の義務を拒んだのだ」

「……父には敵わないので」

 ロウランは呆れたように言う。

「そういうのは努力してから言うものだ。己を研鑽して輝かせた先代や、お前のせいで無理矢理研磨されて輝くことになった娘達に敵わぬのは、当たり前であろうが」

 ロウランは押さえつけている騎士に視線を移す。

「連れて行け。貴族牢に入れておけ」

「は!」

 侯爵は抵抗することなく、のろのろと起き上がる。

「……お前は己を磨く機会をみすみす逃したのだ。石ころのまま朽ちるがいい。それが家族を駒のように扱い、犠牲にしたお前への罰だ」

 侯爵は立ち止まり、暗い目で嫌な笑みを浮かべて言う。

「既に年増だ。価値などあるまいに」

 次の瞬間、ロウランの拳が侯爵の顔に刺さっていた。

 歯が折れた侯爵は気絶したまま運ばれ、ロウランの手もすぐに手当されることとなった。


 ロウランは暮れていく景色を窓から眺めた。

 あの男は先妻も後妻も、離縁するように仕向けたのだろう。父親に連れて来られた才覚豊かな令嬢達。あの男は妻達を愛せなかった。生まれた娘達もだ。しかし役に立つと分かったから、父親の権限で娘達を孤立させ、自分の怠惰を埋める駒とすることにしたのだ。

 上の娘には己の意図を偽らなかったから憎まれた。だから下の娘には己の意図を隠し、万一の場合にもただ無能な父親と映るように仕向けた。


『お祖父様が亡くなったのは悲しいけれど、お父様がいるから大丈夫です』


 政治学の師である先のサンフォール侯爵の葬儀で出会った十二歳の少女(バルベナ)は、父親が大好きだった。疑うことなど一切していなかった。

 婚約者を病で亡くした上に尊敬する師も失って気落ちしていたロウランにとって、無邪気な彼女の笑顔は小さな灯りのようで、立ち直るきっかけになった。


 あれから十五年。彼女の目から父親への信頼は失われてしまったが、情はまだ残っている。ダメな父親。だが唯一残った家族。彼女はそう感じているから、爵位を継承しても領地に閉じ込めておけばいいだろうと考えているのが分かった。

 結果、バルベナは生涯あの男を養うことになる。王都程ではなくとも、サンフォール領の領都は大きい。酒も女も揃っている。死ぬまで怠惰に暮らす。それこそあの男の望むものだ。予定通りでなくても満足するだろう。ロウランは侯爵にそれを与えるつもりは微塵も無かった。


 バルベナへの感情は、最初は好意ではなく、尊敬していた師の孫だというだけだった。どことなく師に似ているバルベナが気になった。それだけだった。暫くして恋情に変わったと気付いたのは、彼女が成人して暫くの頃だ。しかし王妃の執着のせいで身動きが取れないロウランは諦めた。彼女まで殺されることが恐ろしかったのだ。


 きっと良い縁に恵まれて美しい夫人になるのだろうと思っていたのに……気づけば悪魔の采配で、孤軍奮闘の末に忙殺され、安らぎのポプリなどと蔑称で呼ばれるようになっていた。そんな彼女を庇う伴侶は……どこにもいない。

 駆け寄り、助けたかった。守りたかった。こんなことになるなら、もっと早く手を打つべきだった。

『既に年増だ。価値などあるまいに』

 侯爵の捨て台詞がロウランを苦しめる。ロウランの愛情を信じていないバルベナの表情も思い出され、彼女の苦しんだ歳月に心が一気に重くなった。

 第一王子との交流が癒しになっていると言う手紙を読んで、甥に嫉妬する程度にはロウランはバルベナが好きなのに、その気持ちが伝わらない。後手に回ったからだ。


 全てが片付いたら、必ず口説き落とす。ロウランはその未来のために自分を奮い立たせた。


「悪魔は浄化される」

 地平線に日が沈み、星灯りがちらつく宵の空を見ながら、ロウランは呟く。

「次は狂女の始末だ」

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