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やりすぎテンプレ、監査入ります。  作者: @zeppelin006
幼馴染死亡ルート監査編 ― 第2781勇者物語ライン
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第8話 避難フラグと村長説得

 翌朝、まだ空気に夜の冷たさが残っているうちに、俺は店の戸を開けた。


 広場は、いつも通りだ。


 井戸の周りで女たちが桶を運び、子どもたちが追いかけっこをしている。鍛冶場からはかすかに金属音が聞こえる。パン屋の前には焼きたての匂い。


 ――この景色に、『あと二〜三日』って賞味期限がついてるの、本当に性格悪いよな。


 視界の端で、UIがふわりと開く。


『第2781勇者物語ライン

 日付:D+3

 主要フラグ状況:

 ・村への不穏な噂:発生数 4/5

 ・森の魔物出現ログ:3件記録済

 ・村人の不安度:中→やや高』


 村焼きウィンドウ開始まで、あと二日。


 やれることは、今のうちにやっておかないといけない。


◇ ◇ ◇


 最初のターゲットは、村長だ。


 何かあったとき、村をどう動かすかを決めるのは、形式的にはこの人になる。


 もっとも、テンプレ村長の役割は『判断が遅い象徴』になりがちなのだが。


「ユウト殿が、わしに話とは珍しい」


 村の一番奥まった大きな家。広めの座敷の上で、白髭の老人が茶をすすっていた。壁には、この村には不釣り合いなほど立派な槍が立てかけてある。昔は戦士だったらしい。


「最近、街道の治安が悪いって話、増えてるじゃないですか」


 俺は、できるだけ雑貨屋の兄ちゃんらしい口調で切り出す。


「鉄の値段も上がってますし、行商人も『この先に行くのは怖い』って」


「うむ。わしのところにも話は入っておる。森の魔物も、以前より増えておるようじゃ」


 村長はうなずいた。


 ちゃんと状況を把握はしているらしい。


「それでですね。もしもの話なんですけど」


 胸の奥に渦巻く『ログ』を意識の外に追いやりながら、言葉を選ぶ。


「この村にも、大きめの魔物の群れが来る可能性って、どのくらいあると思います?」


「さあな。わしは占い師ではないでな」


 村長は苦笑した。


「ただ、森の奥で何かが蠢いておる気配はある。わしのような年寄りでも、それくらいは分かる」


 ――それ、多分ガチの魔王軍フラグなんですよ。


 喉元まで出かかった言葉を、なんとか飲み込む。


「だったら、その……避難の準備とか、決めておいたほうがいいんじゃないか、って」


「避難?」


「はい。『もし魔物が来たら、女や子どもはどの方向に逃げる』とか、『集まる場所はどこにする』とか。何も決めてないと、いざというときに混乱するじゃないですか」


 村長は、ふむ、と顎髭を撫でた。


「……たしかにな。だが、あまり大げさに騒ぎ立てると、今度は村人の不安が高まりすぎてしまう。心配しすぎても、暮らしは立ち行かん」


「分かります。だから、『今度の収穫祭の話し合い』とかに紛れ込ませておくとか」


 俺は畳に座り直す。


「『収穫祭の前に、一度みんなで避難経路の確認をしておこう』とか言えば、そこまで怖がられないと思うんです」


 ナラティブ庁のフローチャートだと、こういうのは『ソフト避難フラグ』と呼ばれるやつだ。あからさまに「災害訓練です」と言うと物語が明るさを失うので、別のイベントに紛れ込ませる。


「ふむ……」


 村長はしばし目を閉じていたが、やがてゆっくりと頷いた。


「ユウト殿の言うことにも一理ある。わしも、ただ『何もないとよいのう』と祈っておるだけでは、村長の名折れじゃな」


 そこで一拍置き、少しだけ苦笑する。


「もっとも、『避難訓練』などと言い出したら、若い連中に笑われそうじゃが」


「そこは、『昔戦った経験のある村長の知恵』ってことにしましょう」


「はは、うまいのう」


 村長が肩を揺らして笑う。


「よかろう。今度の集会のときに、『万一のときの集まり場所』くらいは決めておくとするか」


「ありがとうございます」


 とりあえず、ひとつ。


 『全員がバラバラに逃げる』という最悪パターンは、少しだけ避けられるかもしれない。


 もっとも、それで『全員同じ場所にいてまとめて襲われる』リスクも増えるわけだが……それはそのときの位置取り次第だ。


◇ ◇ ◇


 村長の家を出ると、ちょうど鍛冶場のほうからリアムが走ってくるのが見えた。


「ユウトさん! こんなところで何やってるんですか」


「村長に、ちょっと帳簿の話をね」


 半分は嘘ではない。村長の家計簿も、ついでにさらっと見てきた。立場上、村の金の出入りは押さえておきたかったので。


「リアムこそ、鍛冶場サボって大丈夫?」


「ちょっと炭を多めに買ってきてこいって。最近、親方、炎の勢いを前より強くしたがるんですよ」


「魔物が増えてるから、武具の注文が増えてるんだろうね」


「この村で戦う人、そんなにいないですけどね……」


 リアムは苦笑しながら、肩の荷を持ち直す。


「あ、そうだ。ミナが探してましたよ。『今日、森の神殿に一緒にお参り行きませんか』って」


「森の神殿?」


「村の子どもが遠出するときに、だいたい寄ってお祈りするところです。最近、あんまり行く人いないですけど」


 タブレットのログが頭の中で開く。


『サブイベントB:森の小神殿への参拝

 ――ミナがユウトとリアムを誘い、小さな祠にお参りに行く。

 読者への「森の地理情報」の提供、「神への祈り」モチーフの導入。』


 そして、その先に別の注釈。


『※本イベントは、村焼き時の避難ルート認知にも寄与』


 ――なるほど。


 森の神殿イベントは、単なる雰囲気作りではなく、『逃げ道の下見』も兼ねているわけだ。


「森に行くのは、今は危ないんじゃ?」


 思わず口をついて出る。


 リアムが、少しだけ表情を曇らせた。


「まあ……村長も、『あまり奥には行きすぎるな』って言ってました。神殿は、村からそう遠くないんで、大丈夫だとは思うんですけど」


 森の中の簡易マップを頭の中で描く。


 村→浅い森→小さな開けた場所→神殿。

 魔物が多く出没するのは、そこからさらに奥の、深い森方面だ。


 ログによれば、このサブイベント自体に直接的な戦闘はない。森の静けさ、不穏さを印象付けるだけの描写だ。


 ――とはいえ、フラグが積み上がっている状況で森に入るの、正直ちょっと怖いな。


「ミナの祈りくらい、神様に聞かせてあげたいじゃないですか」


 リアムが、冗談めかして笑う。


「ユウトさんも、都会から来たなら一度くらい見といたほうがいいですよ。あそこの神殿」


「都会から来た人間が、田舎の神社に連れて行かれるやつだね。それ」


 苦笑しながらも、心の中では別の計算をしている。


 森の地形を把握しておきたいのは、こちらも同じだ。


 村が焼かれたとき、この森が『逃げ道』にも『袋小路』にもなりうる。


「……じゃあ、午後から行こうか。炭の買い出しが終わったら」


「はい!」


 リアムが嬉しそうに頷いた。


◇ ◇ ◇


 午後。

 森に向かう道の入口で、ミナが待っていた。


「遅いですよ、二人とも。私、待ちくたびれて木の数を数え始めるところでした」


「森の木の数を数えようとするなよ……」


 リアムが呆れ顔をする。


 ミナは、旅支度というほどではないが、少し丈夫そうな服装をしていた。腰には小さなポーチがぶら下がっている。回復薬や簡単な道具が入っているらしい。


「ユウトさんも来てくれてありがとうございます。都会の人、森嫌いだって聞いてたんですけど」


「偏見がひどいな」


 笑いながらも、周囲をぐるりと見回す。


 森の手前には、古びた柵と、簡単な注意書きが立てられている。


『森に入る者は自己責任で。奥に行きすぎるな。』


 テンプレ感あふれる警告だ。


 UIが、森のマップを半透明で重ねてくる。


『森エリア・リスク評価:

 ・入口〜神殿周辺:低〜中

 ・神殿以奥:高(魔物出現頻度↑)』


 今は、魔物の密度もギリギリ『散発的』レベル。村焼きの直前になると、ここが一気に真っ赤になる。


「よし、じゃあ行きましょうか」


 ミナが一歩踏み出す。


 落ち葉を踏む音が、さくさくと心地いい。


 森の中は、村の喧騒と違って静かだ。鳥のさえずりと、枝を渡る風の音だけが耳に届く。


 その静けさの中に、かすかな違和感が混じっているのを、俺の『監査官補』の感覚が拾う。


 ――魔物の気配、ってこういう感じなんだな。


 タブレットが、ポケットの中でかすかに震えた。


『フィールドログ:

 ・小型魔物(スライム系)×1:接近中(回避可能)』


「……左前方」


 思わず口に出していた。


「え?」


「いや、なんでも」


 ミナとリアムの前に、さりげなく一歩出る。


 数秒後、草むらの陰から、ぶよぶよした青い塊が、ぬるりと這い出てきた。


「スライム?」


 リアムが目を見開く。


「こんなところまで出てきてたんだ……」


「大丈夫、大丈夫。小さいやつだし」


 ミナは落ち着いた様子で手をかざした。


「『浄化』」


 淡い光がスライムに降り注ぐ。じゅっと音を立てて、塊が溶けるように消えた。


「やるじゃないか」


「これくらいなら、なんとか」


 ミナは少し息を整えながら、笑う。


「最近、森の奥のほうにスライムの巣ができたって話もありますしね。たぶん、その辺から流れてきたんでしょう」


 スライム程度なら、村にとっては『ちょっとした厄介ごと』レベルだろう。


 ただし――その裏で、ログが静かに書き換えられていく。


『森の魔物出現ログ:4件目記録

 読者への「不穏さ」印象度:+』


 村焼きへのカウンターが、またひとつ進んだ。


◇ ◇ ◇


 森の奥が少し開けた場所に、小さな石造りの祠があった。


 苔むした階段。割れた石の鳥居。祠の中には、顔のよく分からない石像が置かれている。古くからある、小さな神さまの祠だ。


「ここが森の神殿。って言っても、誰が祀られてるのか、詳しいことはあんまり聞いてないんですけど」


 ミナが階段を上りながら言う。


「昔は、村の祭りのたびにお参りしてたらしいんですけどね。今は、子どもが遠出するときに、たまにこうして寄るくらいで」


 リアムも続く。俺も後を追う。


 祠の前に立ち、二人が手を合わせる。


「森の魔物が、あんまり村に来ませんように」


「みんなが無事でいられますように」


 ミナとリアムの祈りを、俺は横で聞いていた。


 石像は、黙ったままこちらを見ているように見えた。


 タブレットが、また小さく振動する。


『ローカル守護存在:検知

 応答度:低〜中

 ※当該祠の神格は、村焼きイベントに部分的影響を及ぼす可能性あり』


 ――え。


 思わず、祠を二度見する。


 この世界の『神』は、ナラティブ庁の上のレイヤーにいる存在だ。世界ごとのローカル神格は、物語システムと契約したり喧嘩したりしながら、各世界を管理している。


 この小さな祠も、ただの飾りではないらしい。


(……もしかして、ここ、避難ポイントに使える?)


 そんな考えが頭をよぎる。


 村焼きが始まったとき、森の神殿に逃げ込めば、ローカル神格が多少はバリアを張ってくれるかもしれない。


 もちろん、期待しすぎるのは危険だが、『丸腰で燃える村』よりはマシだ。


「ユウトさんは、何かお願いしないんですか?」


 ミナが首をかしげる。


「都会の人は、こういうの信じないタイプ?」


「いや、信じないわけじゃないけど……」


 俺は祠の前に立ち、両手を合わせた。


「――この村の人たちが、できるだけ少ない傷で済みますように」


 ローカル神格がどれだけ本気を出せるかは分からない。ナラティブ庁のシステムと力関係もある。


 それでも、祈るくらいはタダだ。


 『監査官』であると同時に、一人の『異世界モブ』として。


 祈らずにはいられなかった。


◇ ◇ ◇


 森からの帰り道。


 夕暮れが、村の屋根をオレンジ色に染めている。


 子どもたちの声。犬の鳴き声。煙突から上る煙。


 ――村焼きの前の、『最後の夕方』かもしれない。


 そんなことを思ってしまって、慌てて頭を振る。


「ユウトさん?」


「いや、なんでもない」


 ミナが不思議そうにこちらを見る。


 リアムは、森で拾った枝をいじりながら歩いていた。


「さっき、森の中でスライム倒したじゃないですか」


「うん」


「ああいうのがもっと増えてきたら、どうするんですかね、この村」


「……さっき村長に、ちょっとその話をしたよ」


 俺は、できるだけ軽い口調を装う。


「収穫祭の前に、みんなで一回集まって、『何かあったときの集まり場所』決めようって」


「避難場所ですか?」


「そう。たとえば、広場じゃなくて、さっきの森の神殿の近くとか」


「森の中に逃げるんですか?」


 ミナが目を丸くする。


「火事のときは、開けた場所に逃げろって、昔聞いたことありますけど」


「火事だけならね。でも、魔物相手なら、ローカルの神さまがいる場所のほうが多少はマシかもしれない」


 リアムが腕を組む。


「たしかに、森の神殿、何となく落ち着きますよね。あそこに集まるの、ありかもしれません」


「ただ、全員で押し寄せると逆に危ない可能性もあるから、そのへんはちゃんと考えないとね」


 口ではそう言いながら、頭の中ではフローチャートを組んでいた。


 ――神殿ルートは、『子どもと非戦闘員』限定にする。

 リアムや戦える大人は、別ルートから村外へ誘導する。


 そんな分岐を、脳内で仮組みする。


 タブレットが、また一度震えた。


『フラグ更新:

 ・避難場所候補として「森の神殿」が登場

 →村焼き時の生存ルートが複数化』


 ほんの少しだけ、胸の圧迫感が和らぐ。


 まだ、何も救えてはいない。


 それでも、『村が燃える=全員死亡』ではなく、『燃えるけど、逃げ道はある』状態には近づいている。


 監査官としてやれることは、小さな分岐の積み重ねだ。


◇ ◇ ◇


 その夜。


 雑貨店の奥でタブレットを開くと、画面の端で赤い点がちろりと光った。


『新規システム通知:

 「村焼きイベント003」発火ウィンドウ前倒し検討中』


「……は?」


 思わず声が漏れる。


『理由:

 ・森の魔物出現頻度の増加

 ・登場人物の不安度上昇

 ・避難フラグの早期発生による「緊張感」高まり』


 システムは、冷静にこう言っている。


『読者にとって最もおいしいタイミングに悲劇を配置するべく、イベント発火日をD+5→D+4に前倒しする案を検討中』


 ――こっちがフラグいじれば、向こうもフラグいじってくるのかよ。


 天井を見上げる。


 ナラティヴァの顔は、相変わらず見えない。


「本当に性格悪いな、お前ら」


 苦笑とも、ため息ともつかない声が、狭い部屋に落ちた。


 村焼きまでの猶予が、一日減る。


 その代わり、避難の必要性はより村人に伝わりやすくなる。緊張感が高まり、『逃げる』という選択を取りやすくなる。


 ――メリットとデメリットが、きっちりセットで出てくるあたり、さすが物語システムと言うべきか。


「上等だよ」


 タブレットを閉じて、ベッドに仰向けになる。


「フラグを前倒ししてくるなら、その分、こっちも全力で折りに行くだけだ」


 目を閉じる。


 まぶたの裏に、夕暮れの村と、森の神殿と、井戸端で笑っていた二人の姿が浮かぶ。


 そのどれもが、『仕様書』の一行で焼き払われる未来を、俺は知っている。


 だからこそ――その仕様書に、できる限り多くの赤ペンを入れてやりたかった。

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