第4話 村の雑貨屋アバター
「じゃ、アバター設定やろっか」
雨宮が言うと、タブレットの画面が切り替わった。
さっきまで勇者ラインのフローチャートが映っていた場所に、簡素なキャラメイク画面が現れる。人型のシルエットが立ち、その横にいくつかの項目が並んだ。
『アバター基本設定
・性別
・年齢
・外見特徴
・職業
・口調
・所持スキル(モブ範囲)』
「ゲームかな?」
「半分ゲーム、半分公務かな。君の世界で言うと、オンライン会議のアバター+フィールドワークって感じ」
フィールドワークと言いながら、『村焼き』が予定された世界に送り込むのをやめる気配はない。だいぶブラックな現場研修だ。
「おすすめは『二十代前半の兄ちゃん』くらいかな。リアムたちと接点持ちやすいし」
「じゃあ、そのへんで。年齢は二二、くらいで」
「外見特徴は? あんまり目立たない方向性で」
「村の雑貨屋なら、何でも屋っぽい感じがいいですよね。中肉中背、優しそうだけど、ちょっと影がある感じで」
「影?」
「過去にちょっと失敗して村から逃げてきたとか……」
途中で、自分で笑ってしまう。
「監査官補になってまで余計なバックストーリーつける必要ないか」
「いや、大事だよ。アバターの『生きてきた感じ』は、登場人物との距離感に出るから。じゃ、そこはシステム側に任せよう。タグだけ付けとくね、『過去にちょっとだけ失敗した経験あり』」
軽くタップすると、画面の端に小さなタグが追加された。本当にそんな項目があるあたり、このシステム、妙に芸が細かい。
「職業は『雑貨屋』でいい? 村の物流とか人間関係に自然に絡める、優良モブ職だからおすすめ」
「優良モブ職って言葉、初めて聞きましたけど……まあ、雑貨屋で」
「口調はどうする? 今の君みたいな敬語混じりの柔らかめか、もうちょいフランクか」
「リアムたちと話すなら、敬語だと距離ありすぎますかね。基本砕け気味、年上感出したいときだけ少しだけ大人っぽく、で」
「了解」
雨宮が入力していくたびに、中央のシルエットの輪郭が少しずつ具体性を持っていく。中肉中背、肩にかかるくらいの髪、よくある顔立ち。どこにでもいる村人だが、笑顔にわずかに疲れが混じっているように見えるのは気のせいだろうか。
「モブ範囲スキルは――そうだね、『会計ごっこ』つけとく?」
「会計ごっこ?」
「日々の帳簿が自然に付けられるくらいの事務スキル。村では貴重だよ」
「ああ、それなら確かに役に立つかも」
村の経済状況を把握するのにも使えそうだ。監査官的には、ついそこに目が行ってしまう。
「で、最後に一番大事な項目」
雨宮が、画面の下部を指差した。
『介入方針(初期設定)
A:物語システム寄り(読者満足度優先)
B:登場人物寄り(個別救済優先)
C:中庸』
「これ、変えられるんですか」
「運用上は変わっていくよ。現場での行動ログを見て、システム側が自動で補正する。ただ、最初に『自分はどうありたいか』の意思表示はしてもらうのがルール」
躊躇は、あまりなかった。
「……Bで」
画面上の『登場人物寄り』にタップする。選択肢が青く光った。
「その選択、けっこうしんどいよ?」
「こっちに来た理由がそれっぽいので。読者がどう思うかは、正直まだ実感できなくて。目の前で誰かが死ぬ方が、まず嫌です」
言いながら、胸のあたりが少しざわつく。
さっき見た『補正悲劇リスク評価』という項目が、頭の片隅でちらついている。誰か一人を救えば、別の誰かが死ぬかもしれない。それでも、目の前の誰かを救うことを選ぶのか。
雨宮は、そんな俺の迷いごとまとめて見透かしたみたいな顔をした。
「いいと思うよ。監査官補のころに一度はBを選んで、自分の限界を知るのも仕事のうちだから」
「限界、ですか」
「いつかどこかで、必ず折り合いをつけなきゃいけない瞬間がくる。そのときに、『自分は最初、こういう選択をしたんだ』って思い出せるかどうか。覚悟の足場みたいなものだよ」
覚悟の足場。
監査法人で最初の決算レビューにサインした夜のことを、ふと思い出す。あのときも、『このサインが、誰かの生活に影響を与える』と思って手が震えた。
あの震えを忘れた監査官だけには、なりたくないと思っていた。
「――じゃ、設定はこんなところかな」
雨宮が画面の右上をタップすると、『アバター設定完了』の文字が表示される。
「次は、降下手続き。初めてだから、簡易モードでいくね」
「簡易モード?」
「現場で致命傷を受けても、アバターだけが回収される設定。本体(君)は庁舎にちゃんと残る。痛覚も七割カット。優しい世界でしょ?」
「残り三割は?」
「リアリティ維持のため」
即答された。
「痛みゼロだと、命を軽く扱いやすくなるからね。ある程度の痛みは、倫理感覚のための仕様」
「倫理感覚、システム側で調整するんですね……」
だんだんと、ここが本当に『庁』なのか怪しくなってくる。倫理委員会とゲーム開発とブラック企業研修を全部混ぜたような仕事場だ。
◇ ◇ ◇
降下用のブースは、フロアの端にあった。
透明なカプセル状の装置が並び、その中には簡易ベッドのようなものが設置されている。SF映画で見たことがあるような風景だ。
「ここに横たわってもらって、意識だけアバターに同期させる感じ。肉体はこっちに置いていく」
雨宮が説明する。
「死んだら戻れない、みたいな話ではないんですね」
「アバターが破壊されても、本体の意識は切断されるだけ。ただし、現場での記憶はある程度は残る。トラウマになりやすいから、ほどほどにね」
ほどほどに、という単語に、まるで信用できない重みがある。
カプセルのそばの端末には、『降下先:アルシオン王国・アルシオ村近郊』『アバター:雑貨屋見習い(仮)』と表示されていた。
「アルシオ村?」
「アルシオン王国の一地方だよ。リアムとミナの住んでる村。人口は二百弱」
画面の隅に、簡単なマップが表示される。森と川と畑、その中心に小さな集落。『ここが焼けます』とでも言いたげに、村の部分が淡く赤くハイライトされていた。
「……これ、本当に防げないんですか、村焼き」
「規模の調整はできる。全焼から半焼にするとか、一部区域だけに被害を集中させるとか。ただ、全体としては『村焼き』という象徴的な悲劇が必要、ってのがこのラインの前提」
「象徴的な悲劇」
「読者は『勇者の原点』みたいなものを求めるからね。何も失ってない勇者だと、話が薄いって言われがち」
理屈は、わかる。
わかるからこそ、腹が立つ。
「せめて、その『原点』の中で死ぬ人間を、ちゃんと選びたいですね」
自分でも、物騒なことを言っている自覚はある。
誰かを選んで死なせる、ということだ。その罪悪感から逃れるつもりはない。
「選び方を間違えれば、読者からも、登場人物からも、苦情が来る。監査官の腕の見せどころだね」
雨宮は、少しだけ真顔になった。
「いい? 君は今から、『誰をどこで傷つけるのか』を選ぶ側に回る。そのことだけは忘れちゃダメだよ」
「忘れたくても忘れないと思います」
本音だ。
カプセルの中に横たわる。柔らかいクッションが背中を包む。頭の位置を調整すると、天井に薄い光のパターンが浮かぶのが見えた。
「気分悪くなったら、すぐに帰還申請していいからね。逃げる権利は常にある」
雨宮の声が、ガラス越しに聞こえる。
「けど、一度くらいは最後まで見届けてみるといい。『物語の現場』ってやつを」
「……了解です、上席」
敬語が自然と出た。
雨宮が小さく笑った気配がした。
「じゃ、行ってらっしゃい、モブ監査官」
視界が白く染まる。
◇ ◇ ◇
次に目を開けたとき、そこには空があった。
雲ひとつない青。高すぎず、低すぎず、適度に『ファンタジーの空』らしい、均整の取れた色合い。
風が頬を撫でる。草の匂い。遠くで牛か何かの鳴き声がする。
ゆっくりと上体を起こすと、足元には土と石が混じった道が延びていた。その先に、こじんまりとした村が見える。木造の家々、煙突から立ち上る白い煙。畑では、人影がちらほら動いている。
「……アルシオン王国・アルシオ村、か」
口に出してみると、妙にしっくりきた。
視界の端に、薄くUIが浮かんでいる。意識を向けると、小さなウィンドウが開いた。
『アバター:雑貨屋見習い(名前:ユウト)
年齢:22
職業:雑貨屋兼なんでも屋
スキル:帳簿付け/仕入れ交渉(初級)/雑談』
自分の名前がそのまま付いているのは、正直どうかと思うが、たしかにこの世界で名乗るには違和感が少ないのかもしれない。
身体の感覚を確かめる。手を握る、開く。足を踏み出す。重さもバランスも、現実の自分とそう変わらない。ただ、どこか身体が『軽い』気がした。痛覚が七割カットされていると聞いたせいかもしれない。
「……よし」
小さく息を吐いて、村に向かって歩き出す。
近づくにつれて、生活音が増えていく。水を汲む音、子どもたちの笑い声、犬の吠える声。どれもこれも、『村の日常』とラベルを貼られたイベントログに書かれていたものだ。
それはたしかに、好感度上昇フェーズとして申し分ない光景だった。
だからこそ――これからこの村が焼かれる、という事実が、胃のあたりに鉛を落とす。
「おーい、ユウト兄ちゃん!」
不意に、甲高い声が飛んできた。
振り向くと、村の入口近くで遊んでいた子どもたちのひとりが、こちらに手を振っている。アバターの記憶がリンクしているのか、『誰か』が分かった。
「お、ロロ。今日も元気だな」
自然と、そんな言葉が口をついて出る。
村の雑貨屋の兄ちゃんとしての『日常』の断片が、すでにある程度埋め込まれているようだ。完全な白紙ではなく、『この世界で生きてきた人間』としての薄い履歴がある。
それが、逆に怖い。
この世界で続いてきた日常の上に、『村焼き』が予定されている。
子どもたちの笑い声も、畑の土の匂いも、全部、悲劇の前奏にすぎないと、ログは言っている。
「……現場、ですね」
自分に言い聞かせるように呟く。
勇者リアム・グランツは、この村の鍛冶屋の見習いだ。
幼馴染のミナ・ホルンは、すぐ近くの家の娘で、回復魔法の素質がある。
この村で、彼らの日常が積み重ねられたあと――『村焼き』が起こり、その中でミナが死ぬのが、今のラインだ。
今ここにいる俺は、その流れに『赤ペン』を入れるためにいる。
雑貨屋として、モブとして、監査官として。
その役割の重さを噛みしめながら、俺は村の中心に向かって歩いていった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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