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やりすぎテンプレ、監査入ります。  作者: @zeppelin006
第三章 学院防衛戦監査編 ― 第2781勇者物語ライン
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第41話 数字の勝利、現場の後味

 夜明けは、勝利の色をしていなかった。


 薄い灰色の光が、焼けた壁の煤をなぞり、折れた槍と割れた瓦礫の輪郭を浮かび上がらせる。音が戻ってくるのは遅い。最初に戻るのは匂いだ。血と薬草と煙、それに湿った布の匂い。『助かった人数』の分だけ呼吸があるのに、穴は埋まらないまま空気を冷やしていた。


◇ ◇ ◇


 医務室は、夜が終わっても終わっていなかった。


 廊下にまで人があふれ、ベッドが足りず、床に毛布が敷かれる。片腕を吊った学生、顔に包帯を巻いた学生、震えが止まらず両膝を抱え込む学生。軽傷も重傷も、同じ匂いに混ざっている。


「次、こっち!傷口見せて!」

「水、足りない!」

「先生、薬草、もう残り少ないです!」


 ノーラは、声が枯れる寸前だった。治療者としての手つきは崩れていないのに、目の焦点が薄い。布に染みた赤を洗い落とそうとして、洗面桶の水がすぐに濁る。落ちない。落ちないのが当たり前だと分かっているのに、指先だけが繰り返す。


 神崎は、そこにいた。補助講師の腕章は、いまや『避難誘導』『搬送』『伝令』の次に、『照合』へと用途が変わっている。


 名簿。救護班の記録。避難完了のリスト。家族への連絡先。確認印。確認印。確認印。


 紙は現場を救わない。


 だが紙がなければ、現場は次の地獄に飲み込まれる。


 神崎は机の上に広げられた名簿に目を落とした。生存確認の欄が埋まっていく。埋まるたびに、隣で誰かが泣き出す。泣き出すのは、救われたからだ。救われたと理解したからだ。遅れて安堵が来て、その安堵が恐怖に変わる。


「……いた。三年生の、マルクは?」


「医務室の奥!足、折れてるけど生きてる!」


「よかった……よかった……」


 よかった。


 よかった、はずだ。


 神崎の手が止まるのは、その欄に来た時だけだった。


 教官用の名簿。担当教官の欄。そこに、レオナの名前がある。線が引かれていない。生存でも死亡でもない。空欄。空欄のまま、紙が白く冷たい。


「レオナ……教官は……」


 誰かが言いかけて、言葉を飲み込んだ。飲み込まれた言葉が、廊下の空気をさらに重くする。


 医務室の隅には、教官用の席があった。夜のうちにそこへ誰かがマントを掛けたのだろう。汚れた布が、肩の形を残したまま椅子に垂れている。人の不在は、目に見えないはずなのに、目に見える形で残っている。


 神崎はペンを握り直した。


 紙に印を付ける手が冷たい。昨夜の冷たさがまだ取れない。


『埋まるべき欄が埋まらない』


 その事実が、胃を削る。


◇ ◇ ◇


 中庭は、焼け跡のまま静かだった。


 火は消え、煙も薄い。代わりに残るのは、濡れた灰の匂いと、折れた木の焦げた甘さだ。訓練場の端に、リアムたちが座っていた。四人が揃っているのに、空席が一つ増えたように見える。


 リアムは、剣を膝に置いたまま動かない。握っているのか、支えられているのか分からない。クレアは汚れた手袋を外し、指先を見つめている。テオは壁にもたれ、視線をどこにも置けずに揺らしている。ノーラは少し離れた場所で、救護班に混ざって包帯を裂いていた。彼女の背中は、背中のまま仕事をしている。


リアムが、喉の奥から声を引きずり出す。


「……守れたのか」


 クレアが顔を上げる。いつもの冷静さで返そうとして、声が一度引っかかった。理屈が喉でつかえる。


「避難は完了した。門も閉じた。数字上は……勝った」


「勝った、か」


 テオが笑うような音を出す。


「その言い方が一番嫌いだな。勝ったって言うたびに、誰かが置いていかれる気がする」


 置いていかれる。


 その言葉は、昨夜レオナがリアムに渡した重さに似ていた。誰もその場で口にしないのに、全員が思い出している顔がある。いま、この中庭にいない顔。


 リアムは視線を落としたまま言った。


「俺たちは……守る役だった。穴に行くなって言われた。行けば何か変わる気がしたのに、行かなかった」


 クレアが短く息を吸う。


「行っていたら、避難が落ちていたかもしれない」


「かも、だろ」


 テオが吐き捨てる。


「かも、って言い方、便利だよな。誰も責任を取らなくていい」


 クレアが反射的に言い返そうとして、黙る。責任という言葉が、昨夜の命令の硬さを連れてくる。責任の置き場所は、いつだって最前線ではなく、選ばれた背中に乗る。


リアムは続けた。


「でも……俺の中では、守れた実感が薄い。守った気がしない。……レオナ教官を、置いてきた感じだけが残ってる」


 ノーラが包帯を裂く手を一瞬止める。顔は上げない。声も出さない。だが背中が小さく揺れた。


 クレアが、理屈で支えるために言葉を探す。


「私たちの役割は、最初から決まっていたように見える。でも、それは……私たちが選んだ役割でもある」


テオが鼻で笑う。


「選んだって言葉、もう信用できない。昨夜、何かが……手で押されたみたいだった。誰かの手で、ここに留められたみたいな」


 誰かの手。


 その誰かが誰かなど、彼らは知らない。知らないからこそ、不気味さだけが残る。テンプレの手触り。物語が勝手に落ち方を決めている気配。


 リアムが、かすかに首を振る。


「俺は……教官が言ってたことを思い出す。置いていく選択が来るって。守るべき『誰か一人』に自分入れろって」


 クレアが目を閉じる。


「……来たのね」


「来た」


 テオが低く言う。


「来た上で、終わった」


 終わったのに、終わっていない。


 彼らの言葉が、朝の冷たさに吸われていった。


◇ ◇ ◇


 切り替わる。


 匂いが変わる。煙と血から、乾いた空調へ。


 ナラティブ庁、勇者一課。フロアはいつも通り明るい。窓の外に朝が見える。ここでは朝は『勤務の始まり』でしかない。


 神崎は席に戻っていた。アバターから離脱したが、現場の汚れは残っている気がした。いや、その汚れを落としたら、手の冷たさまで消えてしまいそうだった。


 タブレットの画面が開く。


 第35号様式、事後速報。


 文字は綺麗だ。綺麗すぎる。綺麗な文字で、死が整理される。


『E-ACD-07:王立学院急襲(事後速報)』

『避難完了率:高』

『学生重症:低(初期案A想定比)』

『教官死亡:1(レオナ)』

『炎上分散リスク:低下』

『エピローグRSI:安定予測(喪失焦点化により回収線確保)』

『監査方針(第29号様式)適用結果:有効』


 そして、ナラティヴァの短評が添えられている。


『雑な大量死の抑制により、RSIの割れを軽減。喪失焦点化により回収線を確保。テンプレ濃度の過剰上昇を抑え、ジャンル寿命に寄与』


 神崎の喉が、きゅっと縮む。


 これは自分が作った言語だ。自分が庁内で振り回してきた武器だ。だから公的には頷ける。頷けば、周囲も頷く。


雨宮が画面を覗き込む。いつもの調子で、軽く言った。


「割れなかったね」


 割れなかった。


 その言葉の軽さが、神崎の胃をまた削る。


「上出来だよ。雑な大量死は避けた。テンプレも締めた。これ、成功扱いでナレッジに載るやつ」


 別の監査官が椅子を回して笑う。


「うちの部署らしい成功だな。誰かは必ず死ぬけど、作品としては整う」


「整ったからこそ、次に繋がる」


「そう。次の大型ノードに向けての基礎工事」


 神崎は、頷く動作だけはできた。言葉は出なかった。出すと、現場の匂いが庁内に漏れる。


 神崎はタブレットの隅に、報告用の整った文章を組み立て始めた。


『E-ACD-07は第29号様式に基づく監査方針適用により、テンプレ過多(雑な大量死)を抑制。喪失を焦点化し、回収線を確保。短期RSIピークを過度に跳ねさせず、割れリスクを低減。中長期RSIの安定化に寄与』


 完璧だった。


 冷たくて、正しい。


 その文章を打ち込む指が、冷たい。


 昨夜、盤面を作った指と同じだ。足と口と紙で、誰かを単独行に追い込んだ指。追い込んで、多数を救った指。


 神崎は、個人メモを開いた。これは提出しない。提出できない。提出した瞬間、規程に引っかかる。あるいは、自分が壊れる。


『公的:品質改善として成功』


『私的:救うために冷たく整えた。手が冷たい。』


 痛いのに、飲み込むしかない。飲み込まなければ、次のページがめくれない。


 さらに、もう一行だけ足す。


『次は回収にされる。回収されるのが一番嫌だが、回収されないと次は割れる』


 画面の端で、第35号様式が自動更新される。『次イベント候補:E-ACD-08(学院葬/英雄候補誓い)』という仮ラベルが点滅した。


 淡々と、次が来る。次が来るのが仕事だ。次が来るのが物語だ。


 神崎は目を閉じた。閉じても、昨夜の背中が消えない。


 背中は、今日から数字になり、数字は言語になり、言語は回収線になる。


 それが一番、嫌だった。


 それでも――割れないためには、回収されなければならない。


 神崎はゆっくりと目を開け、報告文の最後に句点を打った。


 その句点が、どこかの現場で誰かの息を止めたように感じられて、胃がひっくり返りそうになる。


 手は冷たいままだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

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