第30話 一区切り
恋愛物語監査第一三課のフロアは、相変わらず紙とログとため息でできていた。
ざまぁ系ラインのRSI推移グラフがモニターに並び、その下でCCR対応用のメモが山をなしている。
ざっと見ただけでも『悪役令嬢』『悪徳令嬢』『婚約破棄』の文字が乱舞していて、ここ数週間の戦場の激しさがよく分かる。
応援要請から、思った以上に時間が経っていた。
「――で。今日でひとまず、うちの応援は終了、っと」
早乙女課長が、書類の束をぱたんと閉じた。
年末進行のピークはどうにか乗り切り、悪役令嬢ブームも少しだけ落ち着き始めている。
もちろんテンプレそのものが消えるわけではないが、『火事場』から『常時多忙』くらいには戻ったらしい。
「お疲れさま、神崎くん。登場人物の人権にうるさい子が来てくれて、本当に助かったわ」
早乙女課長は、半分笑い、半分本気の目でこちらを見る。
「おかげで、うっかり『処刑エンド』に流れそうだったラインが、何本か留学エンドに化けたからね。CCRも、地獄と修羅場の間くらいで済んでる」
「褒め言葉と受け取っていいんでしょうか、それ」
「もちろん。恋愛一三課の基準だと『死者ゼロで済んだだけで★五つ』よ」
さらっと言うあたり、この部署の感覚はやっぱりだいぶバグっている。
隣のデスクから、柊がマグカップ片手に顔を出した。
「まあでもさ」
彼はいつも通り寝不足そうな目つきで、こちらを一瞥する。
「ざまぁ嫌いの監査官も、一人くらいは現場にいた方がいいんだよ。『これやりすぎじゃないですか』って真顔で言う奴がゼロになると、数字のために誰かの人格をすりおろし始めるからな、うち」
「褒めてます?」
「さあ?」
柊は肩をすくめる。
「少なくとも俺はさ、あんたがL-13とZM-02持ってきて、『ジャンル寿命が縮みます』って真顔で脅してくれたおかげで、今後『このくらいならやっていい』と『さすがにやめとけ』の線引きが前よりマシになると思ってるよ。……まあ、現場でどこまで守れるかは別問題だけど」
「その『別問題』をどうにかするのが、監査官の仕事じゃないんですか」
「正論は嫌いだなあ」
柊は苦笑しつつ、デスクの端に小さな紙袋を置いた。
「ほら、送別品。ってほどのもんじゃないけど」
「……CCRログの詰め合わせだけはやめてくださいね」
「安心しろ。カフェテリアのコーヒーチケットだ。夜勤明けに飲むと、ちゃんとまずい」
「フォローになってないです」
そうツッコむと、早乙女課長がくすりと笑った。
「神崎くん。応援期間はここで一旦おしまい。正式な所属のほう――勇者物語監査第一課に返すわ」
そう言ってから、いたずらっぽく指を立てる。
「でもね、勇一課に戻したからって、うちとの縁が切れるわけじゃないから。悪役令嬢テンプレがまた暴れ始めたら、遠慮なく『貸して』って言いに行くから、そのつもりでいて」
「脅し混じりの引き留め文句ですね、それ」
「うちの愛情表現よ」
早乙女課長は、端末をとんとんと叩きながら続ける。
「勇者物語側でも、そのうち学院で恋愛要素が絡んでくるんでしょうし。……そのときは、うちのナレッジを思い出してちょうだい。『炎上しない程度に炎上する』コツは、一応貯めてあるから」
「参考にします。できれば、『炎上しない範囲で』」
「そう、それそれ。炎上しない程度に炎上してくれるのが、一番理想だから」
どこまでも恋一三課らしい締めの言葉だった。
◇ ◇ ◇
ナラティブ庁本庁舎の階を一つ上がると、風景が少し変わる。
勇者物語監査第一課――通称『勇一課』のフロアだ。
ここには、『第○○○○勇者物語ライン』と書かれたログがずらりと並ぶ。
魔王復活フラグ、勇者覚醒イベント、村焼き、裏切り、仲間の離脱と復帰――そういったテンプレが、数字とタグに圧縮されて流れている。
俺の元々の席も、このフロアにある。
自分のデスクに戻り、椅子に腰を下ろす。
机の端に置きっぱなしだったタブレットが、主の帰還を感知したかのように起動した。
『おかえりなさいませ 監査官補 神崎悠斗』
簡素なログインメッセージの下で、新着通知のアイコンが点滅している。
『新規/更新ログ:2件』
一つは、第4502ラインに関する社内ナレッジ登録完了のお知らせ。
もう一つは――見覚えのある番号だった。
『第2781勇者物語ライン:第2章イベントキュー登録』
指先でタップすると、サマリー画面が展開される。
『第2781勇者物語ライン
第2章:王立学院編(進行中)
・主たる舞台:王都セントラル/王立総合学院
・主要登場人物(現時点)
― リアム・グランツ(辺境アルシオ村出身/鍛冶職見習い→奨学生)
― 同期奨学生数名/貴族子弟/学院教員 他
・イベント進行状況:
E-ACD-01 基礎授業・模擬戦【完了】
E-ACD-03 小規模討伐課題(学院外クエスト)【完了】
E-ACD-05 パーティ編成試験【完了】
E-ACD-07 学院防衛戦(学院壊滅級災厄イベント)【次期メインイベント候補/キュー中】』
画面の右側には、イベントごとのRSI推移予測が折れ線になって重なっている。
基礎授業と模擬戦は、穏やかな小山。
学院外クエストで、少しだけスリルのある盛り上がり。
パーティ編成試験で、「どの組み合わせが“物語映え”するか」を巡って一時的にざわつき、
その先――E-ACD-07で、グラフは一気に鋭く跳ね上がっていた。
『予測指標(暫定)
・短期RSI:高(E-ACD-07時点ピーク)
・エピローグRSI:中
・登場人物福祉指数:要警戒(学生層死亡想定:中~大)』
そして、その下に小さく注記。
『【内部用注記】
E-ACD-01〜05の結果、奨学生リアム・グランツは「前衛職として有望な人材」として学院内評価が上昇中。
E-ACD-07における英雄候補浮上イベントとの紐づけ可能性:高』
「……“英雄候補”、ね」
学院の中でのリアムは、あくまで“一応腕の立つ田舎出身の奨学生”に過ぎない。
講師や一部の生徒たちが、「あいつ、なかなかやる」と噂し始めている程度だろう。
けれど、こちら側――ナラティブ庁の世界線ビューでは、既に細い線が引かれている。
村焼きの夜、崖の際でミナの手を掴み損ね、エリナの墓の前で歯を食いしばっていた少年の名前に、
“勇者”というタグが、じわじわと重なりつつある。
「村を焼いたあとに、今度は学院を半壊させるつもりか……。本当に加減って言葉を知らないな」
思わず口をついて出た愚痴に、タブレットが無言で新しいウィンドウを重ねてくる。
『関連ログ更新:
第4502王都学院恋愛劇ライン/悪役令嬢断罪事例
→ 第2781勇者物語ライン第2章との比較観測対象に設定』
「おい。さりげなく学院モノで並べないでほしいんですけど」
勇者学院と恋愛学院。
舞台こそ同じ王都セントラルだが、ラインもレーンも別物だ。
……別物のはずなのに、システムは平然と同じ棚に並べて観測しようとしてくる。
嫌な予感は、やはり的中する。
『システム人格:ナラティヴァよりコメント有』
観念して開く。
『監査官補 神崎悠斗の介入履歴について
第2781勇者物語ライン(第1章:村焼き〜出立編)
第4502王都学院恋愛劇ライン(悪役令嬢断罪編)
双方において、
・初期悲劇/断罪強度の調整
・登場人物福祉指数の考慮
・テンプレ構造の部分的変形
等の共通傾向を観測。
今後、以下の比較観測を継続することを推奨。
・ 監査官補 神崎悠斗の意思決定パターンの変化』
「……人の仕事を意思決定パターンってラベリングするの、本当にやめてほしい」
もちろん、聞き入れる気配はない。
追い打ちのように、行末に一文が追加される。
『参考:
第2781勇者物語ライン第2章への再介入権限
― 条件付き承認済
推奨監査フォーカス:
・E-ACD-07「学院防衛戦」前後における学生層死亡リスク箇所』
「防衛戦の前後……」
つまり、「勇者パーティが形を取り始めたから、大炎上イベントの前後までをちゃんと見張っていろ」ということだろう。
勇者物語の上位仕様書には、すでに『勇者誕生』『魔王軍との最初の激突』といった先の見出しがうっすら記されている。
けれど、その途中で誰がどれだけ理不尽な犠牲を払わされるのか――そこまでは、まだ確定していない。
その『まだ』に、どこまで食い込めるか。
監査官として、そして一度村で彼らと顔を合わせてしまった人間として。
◇ ◇ ◇
タブレットを手に、庁舎の窓際に立つ。
厚いガラスの向こうで、世界線の束が今日も静かに光を流している。
第2781勇者物語ラインの起点は、相変わらずアルシオ村のあたりで、少しだけ他より濃く輝いていた。
墓標が増えた丘と、崖下の森――エリナの名が刻まれた板と、行方不明のミナ。
そこから、線は王都へ伸びる。
学院の敷地のあたりで何本もの枝に分かれ、模擬戦や小さな討伐課題、パーティ編成試験といったイベントを経由して、
さらに先――“学院防衛戦”とラベルされた太いノードへと集中している。
タブレットをかざすと、そのノードの周囲に薄い赤のハイライトが浮かんだ。
『イベント:E-ACD-07「学院防衛戦」
・被害想定(暫定):
教員戦死:複数名
学生死亡:十数名~(学院壊滅級リスクあり)
・物語上の役割(内部注記):
― 学院内における英雄候補パーティの浮上
― 魔王軍脅威レベルの可視化
― 勇者ラインとしての“方向性”の固定』
「……せめて、『十数名~』の『~』くらいは削っておきたいんだけどな」
自嘲気味にこぼして、自分でも苦笑する。
第2781の第1章では、幼馴染の死を『行方不明』に変え、その代わりに村娘エリナを一人失った。
第4502では、悪役令嬢を真っ黒なサンドバッグにせず、そのぶん補正ざまぁの行き先をあちこちに分散させることで炎上を弱めた。
どちらも、綺麗な成功例からはほど遠い。
それでも、『誰か一人だけが全部のツケを払わされる』形を、ギリギリで避けてきたつもりだ。
学院防衛戦。
大量死リスク。
鍛冶屋上がりの奨学生リアムと、その周囲に集まりつつある仲間たち。
物語としての勇者誕生の瞬間を完全に消すことは、できない。
でも、その瞬間までに積み上がる理不尽の量と、犠牲の配り方については――まだ、手を入れる余地がある。
――ある、と信じたい。
「勇者リアムの学院編が本格的に動き続けているなら」
窓の外の細い光に向かって、小さく息を吐く。
「今度もちゃんと見届ける。『勇者が立つためなら学院一つくらい潰れても仕方ない』って顔をしている仕様書を、少しでもマシな方向に書き直しながら」
タブレットの隅で、ナラティヴァのコメント通知がそっと明滅する。
『勇者ラインと悪役令嬢ラインの比較観測継続。
監査官補・神崎悠斗の介入履歴、今後の推移が興味深い』
「……勝手に興味を持っててください」
そう返しながらも、自分の胸の奥でも、似たような感情が動いているのを自覚していた。
テンプレ異世界ナラティブ庁・第二章、悪役令嬢断罪編。
ここでひと区切り。
ページをめくれば次は、
学院で鍛えられ、仲間を得ていく一人の奨学生と、
そのすぐ隣でじっと出番を待っている『学院防衛戦』のノードの話になる。
――第2781勇者物語ライン、第2章。
やりすぎテンプレとの付き合い方は、まだ続く。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
もし「続きも追う価値がある」と思えたら、ブックマークだけ置いていってください。更新の目安にします。
また、可能なら評価★と、ひと言でも良いので「刺さった点/気になった点」をコメントでいただけると助かります。次の調整材料にします。




