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やりすぎテンプレ、監査入ります。  作者: @zeppelin006
第二章 悪役令嬢断罪監査編 ― 第4502王都学院恋愛劇ライン
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第29話 セラフィナ退場とケーススタディ化

 王立学院の正門前は、まだ朝靄が残っていた。


 石畳を濡らす薄い霧の向こうに、一台の馬車が停まっている。深い紺色の車体に、公爵家の紋章が控えめに刻まれた、見慣れた公用馬車だ。


 ただ、今日はいつもと違って見えた。


 荷物は最小限。侍女と護衛も最低限。

 『国外社交留学』という名目の一時退場にふさわしい、静かな準備。


 俺は、統計学の臨時講師アバターとして、門の陰からその光景を眺めていた。


 タブレットの端には、淡々としたログが流れている。


『第4502王都学院恋愛劇ライン

 イベント:公爵令嬢セラフィナ・ルーベンス 留学のため学院退学

 ステータス:進行中』


(……送別会、って雰囲気じゃないな)


 学院側の立場としては、「問題を起こした令嬢が、穏当な形で処理された」という建前だ。

 だからこそ、華やかな見送りではなく、静かで事務的な出立になる。


 とはいえ、好奇心を抑えきれなかったのか、校舎の窓や中庭の影から、何人かの生徒がそっと様子を窺っていた。


 その中に、リナとアランの姿もある。

 どちらもこちらには気づかず、ただ遠くの馬車を見つめていた。


◇ ◇ ◇


「おはようございますわ、先生」


 俺の存在に気づいたのは、出立の直前だった。


 馬車に乗り込む前、セラフィナがふと視線を巡らせ、門の陰に立つ俺と目が合う。


 今日の彼女も、白に近い淡い色合いのドレスに、控えめな装飾。

 ただその表情は、舞踏会の夜よりも少しだけ柔らかかった。


「偶然お見かけしただけですよ。……留学のご準備、すべて整ったんですか」


「ええ。教本も、語学の資料も、必要と判断したものは一通り」


 セラフィナは、わずかに口元を上げる。


「できれば、『余計な噂』はここに置いて行きたかったのですけれど。そればかりは、荷物に詰めて行くわけにも参りませんのにね」


「噂には重量制限がないですからね。どれだけでも積み込めてしまう」


「困りましたわ。そういうところだけは、皆さま実にお強い」


 軽口のように交わしながらも、セラフィナの視線は一瞬だけ校舎の窓のほうへ向く。


 遠くで、カーテンの影がさっと揺れた。

 誰かが見ている。リナかもしれないし、別の生徒かもしれない。


 タブレットに、小さなログが追加される。


『観測:

 ・学院内の噂フラグ:セラフィナ断罪/留学処分

 ・トピック遷移傾向:

  セラフィナ個人攻撃 → 取り巻き・侍女への転嫁 → 徐々に風化』


 補正ざまぁが「軽傷」で済んだことを示すグラフが、端に小さく表示されていた。


「ルーベンス嬢。いや、セラフィナ様」


 俺は、臨時講師らしく、少しだけ堅い口調で言う。


「今回の件で、あなたは随分と損な役回りを引き受けさせられましたが……それでも、領地も家も、最低限守られた。あなたが『筋書き』に抵抗した結果です」


「まあ」


 セラフィナは、ほんの少し目を丸くした。


「先生、時々とても変わったことをおっしゃいますのね。まるで、この世界に『筋書き』があると信じているみたい」


「『筋書き』があると感じたことはありませんか?」


「ええ、もちろんありますわ」


 彼女はあっさりと頷く。


「三つか四つ、選択肢が用意されていて、そのどれかを選ばされているような気分になることは。――ただ、私が本当に選びたい選択肢は、いつもありませんけれど」


 タブレットの画面端で、「セラフィナ:自己認識パラメータ」のグラフが少しだけ動いた。


『ラベル:

 ・筋書き存在感知:弱~中

 ・能動的選択志向:中~強』


(……やっぱり、この人は薄々気づいてるんだよな)


 世界の外側に「何か」があるということに。

 それでも、その何かに向かって直接文句を言うのではなく、自分の立ち位置を選び直すことで抗おうとしている。


「今回、私がどれほど上手く立ち回れたかは分かりません。きっと私のことを、最後まで『悪役令嬢』としか見ない方も大勢いらっしゃるでしょう」


 セラフィナは、ゆっくりと息を吐いた。


「それでも――」


 言葉を区切り、彼女は少しだけ笑う。


「私が悪役であることに異論はありませんわ。ただ、その役を誰にどう割り当てるかくらい、自分で選べたのなら……それだけで、少し救われた気はいたしますの」


「あなたが選んだ『悪役』は、少なくとも誰かの踏み台ではなかったですよ」


「踏み台にされたくない時は、自分から階段になればよろしいのですわ。登り切った後で、皆さまが振り返ったとき、『あら、こんなところに段があったのね』と思ってくだされば、それで充分」


 そんな比喩をする登場人物、なかなかいない。


 タブレットが、忙しなくログを取っているのが視界の端で分かる。


『引用候補フラグ:ON

 ――セリフ:「踏み台にされたくない時は、自分から階段になればよろしいのですわ」

 タグ:悪役自覚/能動的役割選択』


 これは確実に、ケーススタディの本文に載る。


 だからこそ、もう一歩だけ踏み込んで聞いておきたくなった。


「セラフィナ様。……次に、どこかで『舞台』に立つことがあったら、そのときはどんな役を選びたいですか?」


 俺の問いに、セラフィナは少しだけ目を細める。


「そうですわね」


 空を一瞬見上げ、それから俺のほうに視線を戻す。


「本当は、家のことを考えなくていい場所で、一日中くだらないお喋りだけしていられる役がいいのですけれど。――そんな役、なかなか割り当ててもらえませんもの」


「割り当ててもらえないなら、自分で取りに行くしかないですね」


「だからこその留学ですわ。次に舞台に立つとき、少し違う役を選べたら良いのですけれど……そのための準備期間、とでも思うことにいたします」


 それは、社交界の話であり、この世界全体の話でもある。


 俺が口を開く前に、御者が時間を告げた。


「お時間です、お嬢様」


「ええ、参りましょう」


 セラフィナは、軽くスカートの裾をつまんで一礼した。


「先生。短い間でしたが、お世話になりましたわ。あなたのおかげで、ひとつだけ、『悪役』の選び方を学べた気がいたします」


「こちらこそ。……どうか、お元気で」


「ええ。あなたも、どうかあなたの『仕事』を、あまり嫌いになりすぎませんように」


 そう言い残して、セラフィナ・ルーベンスは馬車に乗り込む。


 車輪が軋み、ゆっくりと動き出す。


 タブレットが、静かに通知を表示した。


『イベント:セラフィナ・ルーベンス国外社交留学出立

 ステータス:完了

 復帰可能性フラグ:ON(低~中)』


 白に近い淡い色のドレスの背中が、小さくなっていく。


(……次にどこかで舞台に立つとき、少しはマシな脚本でありますように)


 講師アバターとしての俺は、それ以上何も言えず、ただ馬車の後ろ姿を見送った。


◇ ◇ ◇


 ナラティブ庁・恋愛物語監査第一三課。


 モニターの一つに、「社内ナレッジポータル」の画面が開いている。


『【新規登録】

 悪役令嬢断罪テンプレ是正事例:第4502王都学院恋愛劇ライン』


 タイトルの下に、要約とタグが並ぶ。


『タグ:悪役令嬢/公開断罪/婚約解消/救済パターン/補正ざまぁ軽減』


 ケース本文のスクロールバーは短く、ページ全体がそこまで長くないことを示している。


 画面を下にスクロールすると、見覚えのある文言が並んでいる。


『1.案件概要

 本事例は、「学院舞踏会における悪役令嬢公開断罪」という高RSIテンプレイベントにおいて、

 ・身体的屈辱表現の削除

 ・制裁内容のソフト化(爵位剥奪→国外社交留学)

 ・被断罪者への弁明機会付与

 等を行い、ざまぁ効果を中~高の範囲で維持しつつ、登場人物福祉指数の危険域突入を回避したものである。』


『2.主要登場人物の行動特性

 ・公爵令嬢セラフィナ・ルーベンス

  ――自らを「悪役」と位置づけつつも、その役割配分について能動的に選択しようとする志向を持つ。

   例:

   「私が悪役であることに異論はありませんわ。ただし、その役を誰にどう割り当てるかくらい、自分で選ばせてほしいのですわ」

   「踏み台にされたくない時は、自分から階段になればよろしいのですわ」』


『3.テンプレ是正のポイント

 (1) 断罪形式の維持と制裁内容の調整

 (2) 被断罪者の再起ラインを明示的に残す構造

 (3) 補正ざまぁ(スケープゴート化)の発生を、モブ生徒レベルの軽傷に抑える現場介入』


『4.教訓

 ・「悪役令嬢=サンドバッグ」という単一パターンからの脱却は、

  ざまぁ効果の瞬間値をわずかに下げる代わりに、ジャンル寿命と議論余地を拡張し得る。

 ・登場人物福祉指数は、L-13およびZM-02において、事前・事後の両方で参照することが望ましい。』


(……きっちり“事例”になったな)


 自分の書いた報告書やメモが、他部署の監査官も参照するナレッジとして整えられていく光景は、少しだけくすぐったい。


 画面の右上には、小さなアイコンが並んでいた。


『閲覧数:12

 ブックマーク:3

 コメント:1』


 コメント欄を開くと、短い一文が残されている。


『「悪役を自覚的に選び直す」という観点、今後の設計会議で引用予定(物語設計局)』


 ナラティヴァだけでなく、物語設計側にもこの事例が届いているらしい。


(セラフィナ、君のセリフはちゃんと届いているぞ)


 心の中でそう報告しつつ、画面を閉じる。


◇ ◇ ◇


 自席に戻り、個人メモ用の文書を開く。


 タイトルはシンプルに、


『個人備忘録:第4502王都学院恋愛劇ライン/セラフィナ・ルーベンスについて』


 とだけ。


 キーボードに指を置き、少し考えてから、書き始める。


『・「悪役令嬢」というラベルは、あくまで物語構造上の役割名であって、人格そのものではない。

 ・セラフィナ・ルーベンスは、

  ――領地財政の現実、病弱な弟、政略結婚といった複数の制約の中で、

   自分が引き受けるべき“嫌われ役”を選び直そうとしていた人物。

 ・彼女は、筋書きに完全に従うことも、完全に逆らうこともできない立場にありながら、

  その中間で「せめて踏み台にはならない悪役」を模索していた。』


 そこで一度、指を止める。


 続けて、短く付け足す。


『・監査官補・神崎悠斗にとって、

  「悪役令嬢=サンドバッグ」という図式を一度壊してくれたのは、間違いなく彼女だった。』


 自分の中で、セラフィナの像がゆっくりと固定されていくのが分かる。


 ナラティブ庁の公式ログ上では、彼女はこれからも『悪役令嬢』タグのついた人物として扱われ続けるだろう。

 でも、俺の個人メモの中では、少し違う名前が付いている。


『分類:

 ・筋書きと静かに戦おうとした人

 ・悪役から一時降板した人

 ・次に舞台に立つとき、違う役を選びたがっている人』


(勇者リアムと同じで、セラフィナも『違う物語』の候補者なんだよな)


 タブレットの端に、小さな通知が点いた。


『第2781勇者物語ライン

 第2章(王立学院編)準備ステータス:進行率 上昇中』


 リアムのラインが、ゆっくりと次の山場に向かって進み始めている。


(……そっちにも、いつかこのケースを持ち込めたらいい)


 死者を『燃料』にしない勇者物語と、悪役を『サンドバッグ』にしない恋愛物語。

 その両方を、テンプレの中でどこまでやれるか試すのが、当面の俺の仕事だ。


 そう思いながら、俺はメモの末尾に一文を追加した。


『追記:

 次に“悪役令嬢”というラベルを見たとき、

 少なくとも一度は「この人も、どこかで役を選び直そうとしているのではないか」と疑うこと。』


 それは、監査官補としての誓いというより、

 一人の読者としての、ささやかな自戒だった。

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