第28話 数字と気持ち、監査官補の自己採点
机の上に、白いフォームが三枚、きれいに積まれていた。
左から順に、L-13様式、ZM-02、そして恋一三課用の簡易まとめシート。
要するに、『今回の仕事の成績表』だ。
ため息をひとつ飲み込んで、一番上のL-13から開く。
◇ ◇ ◇
『――悪役令嬢断罪イベント倫理チェックリスト(L-13様式)
案件番号:第4502王都学院恋愛劇ライン
イベント名:学院舞踏会における公開断罪および婚約解消』
事務的なフォントで、いつもの項目が並んでいる。
『1.公開性の度合い
チェック:学院生徒および一部教職員に限定
評価:許容範囲内(王都全域への拡散なし)』
『2.身体的屈辱表現の有無
チェック:土下座強要・衣服破損・直接暴力いずれも発生せず
評価:倫理基準クリア』
『3.被断罪者に対する弁明機会の付与
チェック:学院長裁定のもと、本人からの説明時間を設定
評価:最低限の手続き的公正は確保』
『4.社会的制裁の範囲
チェック:婚約解消/国外社交留学による一時退場
爵位剥奪・家の没落・一族郎党処分等は実施せず
評価:重過ぎる制裁は回避』
『5.代替イベントの有無
チェック:留学先での社交再起ラインを設定可能な余地あり
評価:将来的な再登場の選択肢を保持』
その下に、小さめのフォントで総評。
『総合所見:
本イベントは公開断罪の形式を維持しつつも、
身体的屈辱および家系壊滅に至る制裁を回避し、
最低限の倫理ラインをクリアしている。
ただし、被断罪者に対する感情的バッシングは一定量発生しており、
登場人物福祉指数の観点からは「許容限界ギリギリ」と評価する。』
最後の一文に、俺の手書きコメントが紛れている。
『※当該イベントにおいて、登場人物福祉指数は危険域への突入を回避したが、
依然として長期的影響(トラウマ・社会的レッテル)の懸念は残存。
今後の類似イベントでは、本件を「最低限ライン」として扱うべきであり、
さらなる低減が望まれる。 ――監査官補 神崎』
(……よし、ちゃんと残ってる)
『登場人物福祉指数』という単語が、単なるオマケではなく「考慮事項」として正式に記載されている。
俺の中で決めていた第二章の目標のひとつ――
『福祉指数を報告書の中で、きちんと“議論の土台”として扱わせる』――は、最低限クリアだ。
次に、ZM-02を開く。
◇ ◇ ◇
『ざまぁ効果・副作用評価シート(ZM-02)
案件番号:第4502王都学院恋愛劇ライン
フェーズ:公開断罪〜翌日まで』
『1.ざまぁ瞬間RSI(イベント中)
実測値:0.82(同ジャンル平均比 -0.07)
所見:従来テンプレに比べ、瞬間的な「スカッと感」はやや弱い。』
『2.イベント後RSI(3日以内)
実測値:0.74(同平均比 +0.05)
所見:断罪直後の熱狂は小さいが、反動による「後味の悪さ」も軽減。』
『3.予測エピローグRSI(物語完結時)
予測値:0.77(同平均比 +0.08)
所見:セラフィナ救済派・王子批判派など、複数の感情ラインが共存し、
一定の議論・再読需要が見込まれる。』
『4.登場人物福祉指数(主要3名)
セラフィナ:危険域(赤)→注意域(黄)まで改善
リナ:安定域(緑)を維持するも、罪悪感パラメータ上昇
アラン:安定域(緑)だが、責任認識ギャップに起因する葛藤リスクあり』
『5.ジャンル寿命への影響
サブジャンル「悪役令嬢系」寿命予測:+1.3クール
所見:極端な断罪パターンへの依存度をわずかに下げたことで、
テンプレ飽和による早期崩壊リスクを軽減。』
最後の欄に、オマケのような小さなグラフが付いている。
『CCRコメント内訳(速報):
「スカッとしない」「生ぬるい」系……38%
「妥当な落とし所」「救われてよかった」系……36%
「セラフィナ視点も読みたい」系……14%
その他(制度批判・王子批判など)……12%』
(綺麗に割れてるな……)
数字だけ見れば、賛否両論。
物語として「一発で全員を気持ちよくさせる」構造からは、意図的に外した結果だ。
良く言えば、多様性。
悪く言えば、器用貧乏。
その評価をどう扱うかは、監査官ではなく課長の仕事だ。
◇ ◇ ◇
「――で、自己採点は何点?」
紙から視線を上げると、早乙女課長がコーヒーを片手にこちらを見ていた。
「いきなり本題ですね」
「数字は見たから。本人の気持ちも聞いておかないと」
課長はL-13とZM-02をざっと目でなぞり、ふむと頷く。
「最低限の倫理ラインはクリア。ざまぁ効果は中〜高。福祉指数は危険域をギリギリ回避。――まともな監査官としては、まずまずの仕事だと思うわよ」
「『まともな監査官』ってカテゴリがあるのかどうか、若干怪しい気もしますが」
「あるの。うちの部署基準でね」
早乙女課長は、CCR内訳の欄を指でトントンと叩いた。
「賛否両論は悪くないわ。むしろ、『スカッとした! 最高!』一色のときのほうが危険。単一の快楽に依存し始めたジャンルは、だいたいその後の落ち方が急になるから」
「さっきのグラフにも、『寿命が伸びてる』って出てましたね」
「ええ。ざまぁを楽しみたい人も、セラフィナに肩入れしたい人も、『王子クソだな』って言いたい人も、それぞれ居場所がある。そういうラインは、案外長持ちするのよ」
そこへ、隣の席から柊が顔を出した。
「寿命寿命って言ってても、結局は数字だろ。RSIとCCRと、あとPVのグラフ」
「現場の本音きた」
俺が苦笑すると、柊は肩をすくめた。
「いや、数字は大事だよ。むしろ大好き。数字がなきゃ俺たちの仕事、全部“感想”になっちゃうからな。ただ……」
柊はZM-02のグラフを見ながら、小さく息を吐いた。
「こういう“モヤるケース”も一つくらい混ざってた方が、ジャンルは長持ちするかもな、とは思うよ。毎回毎回、悪役フルボッコで終わってたら、人間側のほうが先にバグる」
「バグるんですか」
「バグる。『これくらい叩いて当然』って感覚だけが育っていくと、だんだん現実との境界が薄くなってさ。CCR読んでても分かるだろ、『この人ちょっと危ないな』ってやつ」
言われてみれば、第4502ラインに寄せられたコメントの中にも、現実と物語の線引きが曖昧になっているようなものがいくつかあった。
「だから、今回みたいに『スカッとしきれない』とか『どっちが悪いのか分からない』ってモヤモヤさせるラインは、個人的には嫌いじゃない。読者もたまには、考える筋肉を使ったほうがいい」
「珍しく褒められている気がします」
「気のせいだよ」
柊はいつもの調子で笑い飛ばし、マグカップを掲げる。
「ともあれ、お疲れさん。地獄案件の割には、ちゃんと戻ってこれたじゃないか」
◇ ◇ ◇
デスクに戻り、自分用のメモパッドを開く。
第二章に入る前、自分なりに立てた『マイルストーン』が三つ、画面の端に並んでいる。
――1.公開断罪という『形式』を残したまま、「誰か一人を徹底的なサンドバッグにする」結末を避ける。
――2.登場人物福祉指数が「ただの飾り指標ではない」と、少なくとも一回は改変の根拠の一部として公式記録に残す。
――3.「悪役」とラベルされた人物の中にも、『物語外では普通に生きている人間』がいるという感覚を、自分の中でちゃんと言語化する。
ひとつずつ、チェックしていく。
(1つ目。形式維持+サンドバッグ回避)
公開断罪の『舞台』はそのまま使った。
観客も集まり、王子も告発し、ヒロインも涙を浮かべた。
テンプレの外側の人から見れば、「いつもの悪役令嬢断罪シーン」に見えただろう。
ただ、その結末だけは変えた。
首も飛ばさず、家も潰さず、一族郎党皆殺しにもせず。
『悪役』であることをセラフィナ自身が引き受けたうえで、『違う役を選び直す』ところまで持っていった。
“完勝”とはとても言えないけど、『誰か一人を完全に壊す』ルートは外せた
自分の中で、○に近い△をつける。
(2つ目。福祉指数の扱い)
L-13の総評欄に、福祉指数の話を書き込んだ。
ZM-02でも、主要三人の福祉指数の推移が「評価項目」として扱われている。
課長は、それを見て普通に議論し、決裁に反映させた。
「福祉指数なんて感傷だ」と、一蹴されることはなかった。
これは……ギリギリだけど、目標達成と言っていい気がする
○に小さな印をつけておく。
(3つ目。セラフィナを人として描くこと)
ナラティブ庁の報告書には、数字しか載らない。
だから、俺は自分のメモに別の『報告書』を書いた。
領地の話。病弱な弟の話。政略結婚の話。
図書室でふと漏らした、「家のことを考えなくていい時間が少しほしい」という言葉。
それらを、ただの「悪役テンプレ」の裏設定ではなく、一人の人間の事情として書き留めた。
報告書の末尾には、ごく小さな一文を追加してある。
『(補足)
本イベントの結果、セラフィナ・ルーベンスは「悪役令嬢」として消費されるのではなく、「一度悪役役を引き受け、そこから降りる選択をした人物」として記録される余地を得た。
このことは、同サブジャンルにおける『悪役』の在り方のバリエーションを拡張し得る。』
これを『ちゃんと言語化できた』と呼んでいいかは分からないけど……少なくとも、第2781のときよりは、言葉にできている気がする
そう考えて、三つ目にも△寄りの○をつける。
◇ ◇ ◇
「で、総合何点?」
いつの間にか背後に回っていた雨宮が、ひょいと覗き込んできた。
「雨宮さん、いつからいたんですか」
「『福祉指数』って単語が見えたあたりから。で、点数は?」
「そうですね……第2781が『赤点ギリギリ落第』だとしたら、今回は『追試でなんとか単位をもぎ取った』くらいです」
「謙虚だなあ」
雨宮は笑いながらも、メモパッドの三つの○をちらりと見た。
「でもまあ、『第2781よりはマシな失敗だった』って感覚、嫌いじゃないよ。監査官の仕事って、大体その繰り返しだから」
「マシな失敗、ですか」
「完璧に正しいことなんてできない。誰も傷つけない物語も作れない。その中で、どれだけ『マシな失敗』を積み重ねていくか。君は今回、その一歩をちゃんと踏んだってことだ」
雨宮は、L-13の余白を指で軽く叩いた。
「『登場人物福祉指数』をここまで前に出した報告書が通ったのも、後々効いてくると思うよ。他の課が真似するかもしれないし」
「真似、してくれますかね」
「してほしいわけ?」
「……してほしくないわけじゃないです」
本音を言えば、してほしい。
俺一人が福祉指数を気にしていても、この世界全体は大して変わらない。
でも、『たまに数字より人間を見てしまう監査官』が一人より二人、二人より三人いたほうがいいに決まっている。
「ま、その辺はナラティヴァ次第かな」
雨宮が、天井を顎で指す。
ちょうどそのタイミングで、タブレットの端に小さな通知が現れた。
『システム人格よりコメント:
第4502ラインにおける“救済パターン”の導入、興味深い逸脱として記録。
今後の悪役令嬢系テンプレ設計において、一定割合の変化球として採用検討。』
「……勝手にパクる気満々じゃないですか」
「いいじゃない。テンプレをマシにしていくのが、あっちの仕事でもあるんだから」
雨宮は肩をすくめ、いつもの調子で締める。
「こっちはこっちで、自分のペースで赤ペン振るっとこう。勇者ラインも、そのうち第2章が動き出すだろうしね」
第2781勇者物語ライン――
リアム、ミナ、エリナの物語。
まだ戻れていない現場が、世界線のどこかでゆっくり進行中だ。
セラフィナのラインで学んだことを、次に持ち込めるかどうかだ
俺はメモパッドを閉じ、心の中で小さく区切りをつける。
数字上は「そこそこ成功」、感情的には「まだまだ不満」。
でも、第2781のときよりは少しだけ、自分で自分に丸をつけやすい案件だった。
ナラティブ庁・恋愛一三課で過ごしたこの数日は、
監査官補・神崎悠斗にとっての『マシな失敗・第二号』として、ログに残ることになる。




