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やりすぎテンプレ、監査入ります。  作者: @zeppelin006
第二章 悪役令嬢断罪監査編 ― 第4502王都学院恋愛劇ライン
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第24話 舞踏会前夜

 王立学院の女子寮は、夜になると別の城みたいに静かになる。


 昼間は笑い声と足音で満ちている廊下も、今は灯りを落とされ、ところどころのランプだけが橙色に揺れていた。


 その一角――三階の奨学生用フロアの端の部屋で、リナ・エヴァンズはベッドの上に膝を抱えていた。


「……わたし、何か、間違ってるのかな」


 声に出してみても、答える人はいない。


 カーテンの隙間からは、明日の舞踏会に使われる大広間の灯りがちらちら見えた。

 学院創立祭の前夜。王太子殿下や高位貴族が出席し、そこで――


(そこで、断罪が行われるかもしれない)


 同級生たちがそう囁きあっているのを、リナは何度も聞いた。


『殿下がみんなの前でルーベンス様の罪を暴くのよ』

『庶民出身のリナ嬢を守るって宣言なさるんだわ』


 耳に入るたび、くすぐったいような、気まずいような気持ちになる。


 だって、セラフィナ・ルーベンスは――


(怖い人、だと思ってた。ずっと)


 最初に視線がぶつかった日のことを、リナは鮮明に覚えている。


 高いヒールにロングドレス。まっすぐな背筋。

 ほんの少し口元を引き結んでいるだけで、こちらの失敗を全部見透かされるような気がした。


 招待状の件。授業中のあの叱責。

 廊下ですれ違ったときの、冷たいような視線。


(でも……本当に、全部いじめだったのかな)


 最近のセラフィナを思い出す。


 ――リボンの色が違うわ。式典用は向こうよ。

 ――その挨拶の順番では、相手に恥をかかせることになります。


 言い方は厳しくて、ときどき胸に刺さる。

 でも、その言葉の奥には、確かに「恥をかかないように」という意図があるようにも感じられてきた。


 あの日、図書室でアランと話していたときも、セラフィナは遠くからこちらを見ていただけだった。

 噂に聞くような露骨な嫌味も、意地悪な笑いも、そこにはなかった。


(殿下に、ちゃんと聞いてみようと思ってた。わたしの気のせいかもしれないって。それでも、何か変だって)


 けれど、アランの前に立つと、言葉はいつも途中で絡まってしまう。


 彼の前で、自分が「セラフィナ様にも良いところがある気がする」なんて言ったら――

 彼の助けたい気持ちを、否定することになるのではないかと怖くなる。


(わたしが彼女を庇ったら、殿下は困るかもしれない)


 胸の奥で、もやもやが膨らむ。


「わたしが、悪いことをしてるのかな……」


 セラフィナのことを「怖い人だ」と思い続けること。

 でも、最近見えてきた別の顔に気付かないふりをしていること。


 そして、明日の舞踏会で、自分だけが守られる位置に立つこと。


 罪悪感の芽は、まだ小さい。

 それでも確かに、リナの胸の中で根を張り始めていた。


◇ ◇ ◇


「リナ、顔色が優れないようだね。明日が心配になってきたかな?」


 男子寮の貴賓フロア。

 王太子アラン・ベルフォードは、自室のサロンで向かいに座る少女の表情を覗き込んだ。


 夜なのに、リナの髪にはまだリボンの跡が残っている。

 いつもより少しだけ、目の下に影が見えた。


「いえ……その、少しだけ、です。うまく踊れるかどうか不安で」


「そこは心配いらないよ。君はちゃんと練習していたじゃないか」


 アランは朗らかに笑いかけた。

 微笑みは板についている。学院内のどこにいても、彼は常に「優しい殿下」でいなければならない。


「それに、もしステップを間違えたとしても、僕がリードする。君は僕の腕の中で笑っていればいいんだ」


「……殿下、そういうことをさらっと仰います」


 リナの頬が、少し赤くなる。


 アランは、その反応に内心ほっとしていた。

 彼女が笑ってくれると、自分の選んだ道が正しいように思えるからだ。


(僕は――彼女を守る騎士でいたい)


 セラフィナとリナ。

 二人の間に、いつの間にか深い溝ができてしまった。


 最初は小さなすれ違いだった。

 セラフィナの厳しい言葉にリナが怯え、涙ぐみ、アランがそれを慰めた。


(そのたびに、僕は良い王子様でいられた)


 泣きそうな庶民の少女の肩にそっと手を置き、

 「君は間違っていない」と囁く。


 周囲の視線が変わる。

 『さすが殿下』『弱き者の味方』『冷たい公爵令嬢とは違う』――そんな言葉が舞う。


 それは、心地よかった。


(セラフィナの言っていることにも、理はあるのは分かっている)


 奨学生枠の会議で、彼女は何度も数字や領地の現状を挙げた。

 生徒会の議題でも、彼女の意見はいつも現実的で、長期的な視点を持っていた。


(でも、難しい話ばかりだ。今ここで困っているリナを前にすると……)


 目の前の少女が涙をこらえているときに、「予算が」「制度が」と説教を始める自分を想像すると、どうしても気が進まない。


 リナは、庶民でありながら懸命に努力して学院に馴染もうとしている。

 そんな彼女を守る自分を、学院の誰もが「良い王子」と褒め称える。


 その構図に、アランはいつしか酔っていた。


「殿下」


 リナがおずおずと口を開く。


「……セラフィナ様のことなのですが」


 その名前を聞いた瞬間、アランの背筋にわずかに力が入る。


「最近、少しだけ……前と違うような気がしていて。わたしのことを、本当に嫌っているのかどうか……」


「リナ」


 アランは、穏やかな声で遮った。


「君は、優しすぎるんだよ」


「え?」


「君はきっと、自分を責めてしまう。あの人にもきっと事情があるんじゃないか、と」


 セラフィナの顔が脳裏をよぎる。

 何度も、自分に何か言いたげに視線を向けてきた婚約者の姿。


(聞かないほうが楽なこともある)


 その視線から、アランは目をそらし続けてきた。


「でもね、リナ。君が泣いていたのも、本当のことだろう?」


「それは……」


「君が辛い思いをしたのなら、それをなかったことにはできない。僕は、その涙を見過ごしたくない」


 アランは、リナの手の上にそっと自分の手を重ねた。


「明日の舞踏会で、僕はみんなの前ではっきりさせる。君を傷つけるものから、僕が守ると」


「殿下……」


 リナの瞳に、また涙がにじむ。


 それを見て、アランは自分の決意をなぞるように心の中で繰り返した。


(難しい話は、いずれまたすればいい。今は――)


 今は、目の前の少女を救う姿を見せるときだ。

 王子として、恋人として、皆の前で。


 セラフィナの合理的な提案も、領地の数字も、明日の断罪がもたらす揺らぎも。

 そのすべてから、アランは意識的に目をそらしていた。


◇ ◇ ◇


 学院の上空、少し離れた位置に、薄く透き通った窓が浮かんでいる。

 そこから内部を覗き込むのは、ナラティブ庁監査課からの出向職員――俺だ。


 タブレットには、二つのログが並んでいた。


『心理ベクトルログ:リナ・エヴァンズ

 ・セラフィナへの印象:恐怖→混乱/違和感

 ・自責感:微増(自分が悪いことをしているのではという疑念)

 ・王太子アランへの信頼:高/依存傾向やや上昇』


『心理ベクトルログ:アラン・ベルフォード

 ・自己像:『良き王子』『弱き者の守護者』維持欲求 高

 ・セラフィナの現実的助言に対する認知:理解あり/回避傾向 強

 ・断罪イベントに対する内的動機:

   ― リナを守る姿を示したい

   ― 周囲からの期待(良い王子様像)に応えたい

   ― 自らの責任(判断ミス/構造への加担)に正面から向き合う意欲 低』


「……きれいに『構造+本人の弱さ』の形だな」


 思わず、独り言が漏れる。


 アランは確かに、構造の被害者でもある。

 王太子として生まれ、常に「期待される振る舞い」を求められ、皆の前で正しい選択を迫られている。


 セラフィナの「嫌われ役を引き受ける」という選択は、その構造を支えるためのものだ。

 彼女が全部の嫌われ役を引き受けるからこそ、王子は『誰からも愛される』立場でいられる。


 けれど――


「完全な被害者、ってわけでもない」


 タブレットの片隅で、アランの責任ラインを示すログが点滅していた。


『責任ライン評価:アラン・ベルフォード

 ・断罪イベント主導度:高

 ・噂拡散への関与:黙認/助長あり

 ・是正機会:複数回(セラフィナからの進言、教師からの進言 等)

 ・是正を選択せず、良き王子像維持を優先した回数:多』


「見て見ぬふりをするたび、ログは溜まっていくんだよな……」


 第2781ラインのときの、村長や領兵たちの記録を思い出す。

 補正悲劇の発生に、彼らの行動や見過ごしがどれくらい関与していたか、数字は冷静に指摘していた。


 あのとき、俺は「システムが悲劇の総量を調整した」と理解した。

 けれど同時に、「誰がその悲劇の一部を引き受けるべきだったのか」も、ログは淡々と示していた。


 今回も同じだ。


 『悪役令嬢』セラフィナ。

 『庶民ヒロイン』リナ。

 『良い王子様』アラン。


 システムは、ざまぁの総量をどこかに配分しようとする。

 それを誰に、どの比率で負わせるか――そこに俺たち監査官の余地がある。


「アランにどこまでざまぁさせるか、って問題なんだよなあ……」


 彼を完全に許す結末にすれば、たぶん読者の苛立ちは消えない。

 逆に、あまりにも厳しい制裁を下せば、「悪役令嬢どころか王子まで処刑する地獄ライン」としてジャンルそのもののバランスが崩れる。


 タブレット上で、ZM-02の予測が更新される。


『ざまぁ配分案:

 ・セラフィナへの直接的制裁:中(公開断罪+婚約解消+国外社交留学)

 ・アランへの社会的評価変動:中(軽い批判+学びの機会)

 ・取り巻きへの責任分担:小~中』


 現時点での改変方針を反映した、仮の配分だ。

 しかし、このまま進めて良いかどうか、まだ迷いは残る。


「ざまぁさせないって選択肢はないんだよな、そもそも」


 ジャンルが求めているのは、ある程度のスカッと感だ。

 完全にノーざまぁ路線に舵を切れば、別のところで補正ざまぁが暴れ出す。


 リナの罪悪感の芽。

 アランの自己像へのしがみつき。

 セラフィナの、誰にも見せていない疲れた肩。


 どこか一箇所だけを綺麗に救おうとすると、他のどこかが歪む。


「それでも――」


 図書塔で見た、セラフィナのごく小さな願いが脳裏をよぎる。


『たまには、家のことを考えなくていい時間が少しほしい』


 それは、物語の筋書きとは何の関係もない、個人的でささやかな望みだ。


「少なくとも、『全部あいつのせいでした』って終わり方だけは、避けたい」


 セラフィナ一人に全てを押し付ける構造。

 それは、第2781ラインでエリナ一人に悲劇を集約させたときの感触に、どこか似ている。


 あの時の補正悲劇を思い出して、背中に薄い汗が滲んだ。


「構造と、個人の弱さ。どっちからも目をそらさない――そんな落とし所、あるのか?」


 自分でも無茶を言っている自覚はある。

 それでも、探さなければこの仕事をやっている意味がない。


 タブレットを閉じると、窓の向こうに学院の灯りが揺れて見えた。


 舞踏会前夜。

 明日ここで、ざまぁと寿命と責任を天秤にかけた断罪劇が上演される。


 その筋書きに、どれだけ赤ペンを入れられるか――

 監査官補・神崎悠斗の腕の見せどころは、まさにこれからだった。

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