第23話 作戦会議:ざまぁと寿命の天秤
「――というわけで、第4502ラインのざまぁ仕様を、このまま流すとこうなります」
会議室の壁一面に広がるスクリーンに、三本の線グラフが描かれた。
瞬間RSI、エピローグRSI、そして中長期RSIのトレンド予測だ。
どれもナラティブ庁・恋一三課専用の分析様式、ZM-02。
ざまぁ効果と副作用をまとめた、あのシートの拡張版である。
瞬間RSIの線だけが、やたら景気よく跳ね上がっている。
一方、エピローグRSIは後半でじわじわと下がり、中長期RSI予測は右肩下がりだ。
「うわ、きったないグラフだな」
柊先輩が、いつもどおりの口調で唸った。
「『売れる地獄』ってこの形だよなあ。クライマックスでドカンと稼いで、そのあと燃え尽き」
「そもそも前提が地獄なのは否定しませんが」
俺はレーザーポインタで一番派手な山を示す。
「ここが学院舞踏会での公開断罪+婚約破棄+爵位剥奪のセットです。ざまぁ瞬間RSIは高いんですけど、その直後からエピローグRSIが緩やかに落ち始めている」
「読者の『やり切った感』が出ちゃうパターンね」
早乙女課長が腕を組んで、グラフを見上げた。
「テンプレとしては一番盛ったやつ。悪役令嬢をボコボコにして、王子と庶民ヒロインが幸せになっておしまい。次に同じのを出されたときに『あれ前にも見たな』ってなるやつ」
「さらにこの辺りで、CCRの『胸が悪い』系が増えてます」
俺は画面の別の部分を切り替えた。
今度は棒グラフだ。
カテゴリ別CCR件数――『スカッとした』『爽快』『可哀想』『後味が悪い』『やりすぎ』などのラベル付き件数が並んでいる。
「断罪直後の『スカッとした』は多いんですが、その後の『可哀想』『やりすぎ』が、前期の同ジャンルラインと比べて目に見えて増加しています。登場人物福祉指数もこのとおり」
画面の端に、小さな折れ線が表示される。
セラフィナ・ルーベンス、アラン・ベルフォード、リナ・エヴァンズ――三人と、主要取り巻きたちの福祉指数だ。
「断罪の瞬間に、セラフィナの福祉指数が一気にマイナス領域に落ち込み、その後も回復していません。しかも、アランとリナも、エピローグ時点で微妙に下がっている」
「ざまぁしすぎて、ヒロイン側への感情移入も下がるやつか」
柊先輩が頭を掻く。
「悪役を徹底的に叩くと、最初は気持ちいいんだけど、途中でそこまでやる?って空気になるラインね。現場感覚的にも心当たりあるな」
「で、問題はここです」
俺は別のチャートを出す。
「ジャンル単位の中長期RSI予測。悪役令嬢もの全体のトレンドです」
いくつものラインが重なったグラフだ。
横軸には時間、縦軸にはジャンル別平均RSI。
「数年前の『断罪ブーム』初期は右肩上がりでしたが、直近数十ラインで伸びが鈍化しています。このまま盛りすぎ仕様を量産すると、悪役令嬢テンプレ自体の寿命が縮む可能性が高いです」
「つまり、『今は売れるけど、先は細る』と」
「はい。第4502の仕様は、短期的には稼げますが、ジャンル全体の持ちを考えるとマイナス寄りです」
それが俺の、公的な主張だった。
◇ ◇ ◇
「とはいえだな、神崎くん」
柊先輩が椅子にもたれ、両手を頭の後ろで組む。
「『生ぬるい断罪』を読者が一番嫌うってのも、こっちの現場感覚としてはガチなんだわ」
「それは分かります」
「『悪役令嬢なのにあんまり痛い目に遭わない』『ざまぁ要素弱くてモヤる』系のCCR、読んだことあるだろ?」
ある。
画面上で何度も見た。
『あれだけやらかしておいて、これだけ?』
『もっとスカッとさせてほしい』
『悪役なのに優しすぎて感情移入できない』
「断罪イベントってさ、読者の感情の発散先なんだよ。積もり積もったストレスを、悪役にぶつける場所」
柊先輩は、テーブルに指で円を描く。
「そこが弱いと、『わざわざ悪役令嬢ものを読んでる意味ない』ってなる。そういう作品が一定数出ると、ジャンルごと『生ぬるい』って評価される。そっちのリスクもある」
「……だから、『一発一発を強くするか』『全体の寿命を延ばすか』の天秤になるわけですね」
「そう。短期RSIと中長期RSIの綱引き。ほんとは毎回バランスよくやれればいいんだけど、現場としてはどうしても『今期の数字』を優先しがちなんだわ」
言い方はふざけているが、言っていることは正しい。
今の仕様を少しマイルドにしたくらいでは、瞬間RSIを維持しつつ長期も守る――なんて都合のいい形にはならないだろう。
だからこそ。
「なら、なおさら『違うパターン』を織り混ぜないと詰みます」
俺は、あえて少し言い切り気味の声で返す。
「毎回同じテンプレの、同じ濃度の断罪を繰り返すから期待値が上がりすぎるんです。たまに『外れパターン』を混ぜて、読者側の予測と感情の振れ幅を広げないと、どこかで現場も燃え尽きる」
「外れパターン、ねぇ」
「たとえば――」
俺は、手元の紙束をめくる。
L-13様式、『悪役令嬢断罪イベント倫理チェックリスト』。
「公開性は維持しても、身体的屈辱と一族郎党処分を外す。爵位剥奪ではなく、国外社交留学のような物理的距離を置く処分にする。それだけでも、福祉指数の落ち込みは抑えられます」
柊先輩は鼻を鳴らした。
「それで読者は納得するかね。悪役なのに国外で悠々自適ってキレる奴も出そうだが」
「だから、ざまぁ要素は別のところで稼ぎます」
俺は、セラフィナとの会話ログを思い出しながら言葉を選んだ。
「公開の場で、セラフィナ自身に『自分の悪役としての役割』を言語化させる。そのうえで、自分から婚約破棄と退去を申し出させる形にする。『周囲から一方的に叩かれて追放される』のではなく、『自分の意思で役目を降りる』物語です」
「ざまぁの矛先、どこに行くんだ?」
「王太子殿下と、取り巻きたちです」
俺は、王太子アランの責任ラインをまとめたシートを机に出した。
「現状、設計上は『ちょっと流されやすいだけの良い人』で逃がされそうになっていますが、断罪を主導しているのは事実です。最低限、『構造+本人の弱さ』の両方に一定のツケを払わせるべきです」
「お、言うねぇ」
「ざまぁをゼロにするつもりはありません。ただ、『悪役令嬢一人が全部かぶる構造』を壊したいんです」
柊先輩はしばらく黙り、画面のグラフと紙のL-13を見比べていた。
「……早乙女さん、どうです?」
視線が課長に向く。
◇ ◇ ◇
早乙女課長は、しばらく黙ってZM-02のグラフを見つめていた。
やがて、小さく息を吐く。
「柊くんの言う『現場感覚』も分かるのよ。生ぬるいざまぁをやると、私たちがCCRで焼かれるのは間違いないから」
「ですよねぇ」
「でもね」
早乙女は、エピローグRSIの線を指先でなぞった。
「ここ数期のグラフを見てると、『全部盛りざまぁ』の賞味期限が近いのも事実なの」
スクリーンをスライドさせると、別のジャンルのグラフが表示された。
かつて一時期ブームだった『転生チート逆ざまぁ』もののトレンドだ。
「ほら、これ。主人公が元パーティを徹底的に叩きのめす逆ざまぁが流行ったライン。瞬間RSIは良かったけど、三期くらいで一気に冷え込んだでしょ?」
「『見飽きた』の一言でライン自体が打ち切られたやつですね」
「そう。テンプレを使い倒すのは構わないけど、どこかで『こういう終わり方もある』ってサンプルを混ぜておかないと、次のバリエーションが育たないのよ」
早乙女は、L-13シートを手に取る。
「神崎くんの案。形式は維持する、身体的屈辱は禁止、処分は爵位剥奪から国外社交留学へソフト化、弁明機会を必ず付与。ざまぁの方向性を、断罪の場のカタルシスから、それまでの行動に対する整理と反省に少し寄せる」
柊先輩が眉をひそめる。
「読者、ついて来ますかね」
「一回くらいは、ついて来るかどうか実験してもいい頃合いだと思うの」
早乙女は苦笑した。
「悪役令嬢テンプレを長生きさせたいのよ。悪役がひたすら殴られるだけの話ってラベルが固定されちゃう前に、もう少し幅のあるパターンを混ぜておきたい」
それは、庁内のデータを見続けてきた人間の、実務的な欲求だろう。
「なので、方針はこうしましょう」
早乙女は指を折っていく。
「公開断罪の形式は維持。舞踏会の場での公開イベントはそのまま。ただし――」
一つ目の指。
「身体的な屈辱は一切禁止。ドレス破り、土下座強要、暴力行為はNG。既に設計されている分は、別の象徴的な演出に差し替える」
二つ目。
「処分は爵位剥奪から、国外社交留学にソフト化。社交界からの事実上の退場という意味では制裁として十分。死なないし、家も即時には潰さない。領地の再建と弟くんの治療費も、ギリギリ繋がるくらい」
三つ目。
「必ず、当人の弁明機会を設けること。セラフィナに、自分のやってきたことと、その理由を自分の言葉で語らせる。その上で『役目を降りる』選択をさせる」
そして最後に、俺のほうを見た。
「その具体的な落とし所を、あなたに任せるわ。L-13とZM-02を使って、RSIと福祉指数のバランスがギリギリ許されるラインを探してちょうだい」
「……はい」
思った以上に大きな球を投げられた気もするが、ここで引き下がる選択肢はない。
「ただし勘違いしないでね?」
早乙女は、少しだけ声を低くした。
「これは『悪役令嬢救済物語』ではなく、『悪役令嬢テンプレの寿命を延ばすテストケース』よ。登場人物福祉指数を理由に、RSIを無視することはできない。その前提は忘れないで」
「分かっています」
本心では――セラフィナを生かしたいし、人格を踏み潰したくない。
けれど、ここでそれを口に出した瞬間、議論の土台ごとひっくり返ってしまう。
だから俺は、あくまで公式ロジックの上に立つ。
「ざまぁ総量を全体として減らすつもりはありません。ただ、一人をサンドバッグにしない構造を試したいんです。第2781ラインで補正悲劇を見たときから、ずっと引っかかっていたところなので」
雨宮先輩の顔が頭をよぎる。
『全員は救えない』『どこまであがくかが仕事だ』と言った先輩なら、このやり方を見て何と言うだろうか。
「よろしい」
早乙女が小さく頷く。
「じゃあ、第4502ラインの断罪イベント改変案、正式に恋愛一三課として検討に乗せましょう。神崎くんを主担当、柊くんがフォローに入って」
「はいはい、若手の暴走にブレーキ役ね」
柊先輩が肩をすくめる。
「暴走し過ぎそうになったら、ちゃんと止めるから安心してぶっ飛べ」
「フォローと言いつつ、だいぶ突き放しましたね今」
「庁内なんてそんなもんだ」
軽口に、少しだけ緊張がほぐれる。
◇ ◇ ◇
会議室を出るとき、俺は最後にスクリーンに視線を向けた。
ざまぁ瞬間RSIの山。
エピローグRSIの緩やかな下落。
中長期RSIの右肩下がり。
その上に小さく重ねられた、改変案適用後の予測線は、まだ仮データに過ぎない。
瞬間RSIはわずかに下がり、中長期RSIはほんの少しだけ持ち直している。
――天秤の針を、どこまで動かせるか。
セラフィナの『家のことを考えなくていい時間がほしい』という小さな望みと、『悪役令嬢ものはやっぱりスカッとしないと』と叫ぶCCRの山。
その間に、どこか一本、通せる線はあるはずだ。
「……やるか」
誰にともなくそう呟いて、俺はL-13とZM-02のファイルを抱えて、次の作業フロアへ向かった。




