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やりすぎテンプレ、監査入ります。  作者: @zeppelin006
第二章 悪役令嬢断罪監査編 ― 第4502王都学院恋愛劇ライン
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第22話 セラフィナの素顔と望み

 学院の図書塔は、夕刻が近づくと嘘みたいに静かになる。

 昼間は席を取り合っていた机も、今はところどころに学生が散っているだけだ。


 その一番奥――窓際の机に、俺は「臨時講師」の顔で座っていた。


 監査官としてではなく、あくまで学院のモブ教員として。

 タブレットは上着の内ポケットにしまい、目の前には紙の成績表と、学院経由で提出させた各家の財政資料を広げている。


 控えめなノックと共に、扉が軋んだ。


「失礼いたしますわ」


 澄んだ声とともに姿を現したのは、ルーベンス公爵家の令嬢――セラフィナ・ルーベンスだった。


 昼間はいつも華やかな視線を集める彼女も、今は装飾控えめの学院制服姿だ。

 それだけで、肩にかかっていた見えない飾りが少し減ったように見える。


「お時間を頂けると伺いましたが、こちらでよろしいかしら」


「ええ。ルーベンス嬢の成績と、事前にいただいた資料を拝見して、少し気になるところがありましてね」


 俺は紙束を軽く持ち上げてみせる。

 中身は、ナラティブ庁から取り寄せた領地経営ログを、学院用の帳簿っぽく整えたものだ。


 セラフィナは綺麗な所作で椅子を引き、向かいに腰掛けた。

 背筋は一直線。膝の角度、手の置き方まで教本どおり。


「こちらがルーベンス領の歳入の推移ですね」


「はい。先生が数字にお強いと伺いましたので、余計なものまで持たされましたわ」


 冗談めかした言い方だが、目は笑っていない。


 俺はグラフになった線を指でなぞる。


「主な収入源は穀物の輸出と、工房からの上納……ですが、この二年ほどは少し厳しいように見えます」


「豊穣祭の前後で不作が続きましたもの。商隊も減りましたし、魔王軍対策の特別税も増えておりますわ」


 セラフィナは淡々と言う。


「それに、弟の薬代もばかになりません」


 さらりと出てくる単語に、俺は心の中でログを呼び起こす。

 ――第二子、病弱。療養にかかる費用が固定支出。


「弟君の容体は?」


「以前よりは落ち着いております。ただ、あの子の体では戦場に立つことは出来ませんわ。だからせめて、領地だけでも次の世代に残しておきたいのです」


 静かな声の中に、一瞬だけ固いものが混じる。


 ログ上の一行、

『家族構成:長女セラフィナ、次子レオン(持病あり)』

――その裏側にある重さが、ようやく実感を伴って迫ってくる。


「だからこそ、奨学生枠の会議でも、発言を?」


「『庶民に学ぶ資格はないと言い放った』と噂されている件ですわね」


 セラフィナは、わずかに目を伏せた。


「予算は有限です。基準を曖昧にしたまま枠を増やしてしまえば、数年も持たず制度が潰れます。……奨学生のためを思うなら、なおさら線を引かなければなりませんわ」


「けれど、言葉だけ切り取れば『庶民に学ぶ資格はない』と聞こえてしまう」


「分かっていても、うまく飾れないのです」


 セラフィナは、わずかに口元を引き結ぶ。


「私が少しでも言い淀めば、『公爵家は自分たちの利益しか考えていない』と受け取られるでしょう? ならばいっそ、誰が聞いても分かるくらいのはっきりした言葉で言い切るほうが良いのです」


「たとえ、嫌われるとしても?」


「ええ」


 あまりに即答だったので、思わず目を瞬かせた。


◇ ◇ ◇


「この学院には、いろいろな立場の方が集められていますわ」


 セラフィナは窓の外に視線を向ける。

 西日がステンドグラスを透かし、色の破片が彼女の横顔を染めた。


「殿下のように、皆から愛される方。エヴァンズ嬢のように、新しい風を持ち込む方。そして、嫌なことを口にする役を引き受ける者も」


「嫌なこと、ですか」


「誰かが不作や戦費の話を出さなければ、会議は永遠に楽しいお茶会のままです。誰かが身分差を口にしなければ、庶民と貴族の溝は見えなくなる。誰かが礼儀を叩き込まなければ、舞踏会は笑いものになりますわ」


 その「誰か」に、自分を当てはめているのは明らかだった。


「でしたら、その役目は私一人で足ります」


 セラフィナは穏やかに笑う。

 けれどその笑みには、春の温度がない。


「私一人が嫌われ役で済むなら、安いものですわ。どうせ、公爵家の娘など、最初から距離を置かれますもの」


「ご自分でそこまで言い切らなくてもいいと思うんですが」


「たとえ私を好ましく思う方がいたとしても、それを表に出せる方は多くありませんでしょう? 殿下の婚約者に肩入れしたと見られれば、周囲との軋轢を生みますもの」


 理屈としては通っている。

 だが、ここまで冷たく切り捨てる必要が本当にあるのかは、別問題だ。


「ルーベンス嬢は、それで本当に構わないんですか」


「……少なくとも、今はそう思い込まないとやっていけませんわ」


 セラフィナは、扇子の持ち手をぎゅっと握り締めた。


「私が嫌われれば、殿下は庶民にも優しい素晴らしい王子でいられる。エヴァンズ嬢は、誰からも守られる純粋な令嬢でいられる。役目の分担としては、悪くないでしょう?」


 役目。

 筋書き、運命、立場――彼女はそういった言葉を、当たり前のように使う。


 この世界を生きる人間として、与えられた役をこなしているだけ。

 ただ、その役が、物語システムのテンプレとほとんど重なっていることに、彼女自身は気づいていない。


「でも、嫌われるのは――」


「慣れますわ」


 一度目の「慣れますわ」は、きっぱりとしていた。


「……慣れるしかありませんもの」


 二度目は、ほんの少しだけ声が細い。


 俺は、言葉を探して喉の奥で絡ませた。


◇ ◇ ◇


「ところで、先生」


 沈みかけた空気を断ち切るように、セラフィナが話題を変える。


「先日の舞踏の演習でのご助言、ありがとうございました」


「ああ、立ち位置の話ですか?」


「ええ。『どちらか一方ではなく、二人ともが楽になる位置を探す』という考えは、新鮮でしたわ。私にはつい、『どちらかを守るためには、どちらかに我慢してもらうしかない』ように思えてしまいますので」


「両方守れる場所も、探せばあるものですよ。手間はかかりますけど」


「そうだと良いのですけれど」


 セラフィナは、ごくわずかに口元を緩めた。

 その一瞬だけ、彼女が年相応の少女に見える。


「先生は数字にお強いのでしょう?」


「一応、そういう仕事をしていたことはあります」


「でしたら、いつか領地の収支についてもご意見を伺いたいですわ。こちらとしても、外の目は貴重ですもの」


 さらりと重い相談を放り込んでくる。


「公爵家の帳簿まで、臨時講師の守備範囲かどうかは微妙ですが……出来る範囲なら」


「十分ですわ。ありがとうございます」


 セラフィナはほっとしたように息を吐いた。

 そのあと、ふと視線をさまよわせる。


「もし、家の数字に何の問題もなければ――」


 そこまで言って、言葉を飲み込んだ。


「いえ、取るに足らないことですわ」


「気になりますけど」


「本当に、くだらない願望ですもの」


 そこで終わらせるつもりなのだろう。

 けれど、図書塔の静けさが彼女の沈黙を押し返す。


 やがて、セラフィナは視線を机に落としたまま、ぽつりとこぼした。


「……たまには、家のことを考えなくていい時間が少しほしいと思っただけです」


「家のことを、考えなくていい時間」


「帳簿の数字でも、政略の駒でもなく、ただの物語を歩む時間を。誰の運命も動かない、お話を」


 その声音には、淡い諦めと、幼い頃の名残のようなものが混じっていた。


「愚かな願いでしょう?」


「いいえ」


 俺は、迷わず首を振る。


「とても普通だと思います。むしろ健全です」


「私は普通ではありませんわ」


「それでも、人間でしょう」


 口をついて出た言葉だった。


 セラフィナは驚いたように瞬きをする。


「世間が何と呼ぼうと、ルーベンス嬢は一人の人間です。役目とは別に、願いがあってもいい」


 この世界では、『悪役』だの『ヒロイン』だのといった言葉が、道徳の分類として普通に使われる。

 彼女も例外ではないだろう。自分が物語の中でどんな位置に置かれているか、なんとなくは感じているはずだ。


 だが、自分を『悪役令嬢』と決めつけているのは、あくまで周囲と噂と、彼女自身の諦めだ。


「先生は、変わった方ですのね」


 セラフィナが、少しだけ柔らかい声で言った。


「ここでは皆、私を『公爵家の娘』か『殿下の婚約者』として見ます。あるいは、最近は『悪役令嬢』などと面白おかしく呼ぶ者もいるようですが。個人として扱おうとなさる方は、ほとんどおりませんでしたわ」


「それは……こちら側の手抜きでしょうね」


「ふふ。そうかもしれませんわね」


 そう言いつつも、その瞳の奥にはわずかな安堵が見えた。


「先生。もし、世間が噂するような『断罪』とやらが本当に起こるのだとしたら――」


 唐突に、彼女はそんな前置きをした。


 こちらの心臓が、不自然な速さで跳ねる。


「少なくとも、その場だけは、私を一つの人として見ていてくださるかしら」


「一つの、人として」


「悪者としてではなく、公爵家の看板でもなく。……ただのセラフィナという、一人の人間として」


 噂として流れている学院舞踏会での公開断罪。

 その可能性を、彼女は「噂話」として半ば冗談めかしながらも、どこかで本気で恐れているのだろう。


 俺は喉の奥の引っかかりを飲み込み、ゆっくりと頷いた。


「約束します」


 セラフィナは、ほんの少しだけ目を見開き、それから満足げに目を細める。


「良かった。これで少なくとも一人は、私のことを見ていてくださると分かりましたわ」


 扇子を丁寧に畳み、椅子から立ち上がった。


「本日はありがとうございました、先生。……また授業でお会いしましょう」


 彼女が去って扉が閉まると、図書塔には再び紙の擦れる音だけが戻った。


◇ ◇ ◇


 誰もいなくなった机の上で、俺はそっとタブレットを取り出し、庁内モードに切り替える。


 画面の片隅に、新しい行が追加されていた。


『第4502王都学院恋愛劇ライン

 キャラクターログ更新:セラフィナ・ルーベンス

 ・領地財政・病弱な弟・政略婚に対する負担感を第三者に言及

 ・「家のことを考えなくていい時間が少しほしい」との私的願望を、外部に初めて言語化』


 登場人物福祉指数の小さなグラフが、ごくわずかに上向いている。


 数字の変化は、本当に些細だ。

 これから公開断罪イベントという大波が待っていることを思えば、誤差と呼んでも差し支えないレベルかもしれない。


 それでも――


「少なくとも、ただの『悪役』じゃないってことは、ログに刻めたか」


 小さく呟いて、タブレットを閉じる。


 悪役令嬢と噂されるセラフィナ・ルーベンス。

 本当は、疲れた肩を少しだけ解いて、誰の運命も動かない物語を読みたいだけの、一人の人間だ。


 そのことを忘れないうちに、次のざまぁ調整に取りかからなければならない。

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