第20話 L-13:断罪イベント倫理チェック
恋愛一三課の一角。
俺の端末には、見慣れないフォームのタイトルがでかでかと表示されていた。
『悪役令嬢断罪イベント倫理チェックリスト(L-13様式)』
その下に、小さな注意書き。
『※本様式はざまぁ効果を否定するものではありません。
テンプレ過多によるジャンル寿命の短縮を防ぐための補助資料です』
「言い訳から入るあたりが、庁っぽいよな……」
思わず小声でつぶやきながら、項目を上から順に埋めていく。
◇ ◇ ◇
第一項目『公開性の度合い』。
『学院内限定/王都上流社交界/王都全域への情報拡散』
第4502ラインの仕様書では、『学院内での公開断罪+翌日以降の噂による王都全域拡散』となっている。
選択肢のうち、もっとも右にあるチェックボックスが自動で光った。
画面の端が、ぴこ、と赤く点滅する。
『リスク評価:高
観客数の増加により、ざまぁRSIは上昇傾向。
一方、被断罪者および関係者の社会的復帰可能性は大幅低下』
「だよなあ……」
第二項目『身体的屈辱の有無』。
『平手打ち/土下座強要/衣服破り/その他』
第4502ラインの原仕様では、セラフィナが舞踏会の場でドレスを引き裂かれ、床に押し倒される予定になっている。
チェックボックスを入れる間もなく、『衣服破り』『転倒』『観客の嘲笑』などのタグが自動でセットされた。
画面の赤色が、さっきより一段階濃くなる。
『リスク評価:かなり高
短期ざまぁRSI+0.23見込み
→中長期CCR「胸が悪い」「やりすぎ」の増加要因』
第三項目『弁明機会の有無』。
『事前聴取あり/本番で一部発言可/完全に口を封じる』
第4502では、もちろん一番右だ。
セラフィナは、罪状読み上げの間一言も発さないまま、王太子に婚約破棄を宣言される。
チェックを入れると、今度は警告音が鳴った。
『警告:弁明機会ゼロ仕様は、近年CCRにおける炎上要因となっています。
→「話を聞け」「一方的すぎる」との感情ログが急増中』
第四項目『処分範囲』。
『本人のみ/家の財政に中程度の打撃/一族郎党の地位剥奪』
第4502は、『婚約破棄+爵位剥奪+領地大幅縮小』。
実質、一歩間違えば家ごと潰れるコースだ。
また赤い。
というか、ほぼ真っ赤だ。
『総合評価:地獄案件
・ざまぁ瞬間RSI:高
・エピローグRSI:頭打ち傾向
・登場人物福祉指数:危険域(特にルーベンス家/侍女層)』
「地獄案件って、お前公式フォームで言うワードじゃないだろ」
思わず端末に突っ込みを入れたくなる。
スクロールすると、下部に小さく『備考』欄があった。
『※本様式は、改変の可否を判断するものではなく、
案件の総合評価を関係者間で共有するためのものです』
「共有したうえで流すなよ、って話なんだけどな……」
とはいえ、この真っ赤さを可視化できるのはありがたい。
第2781勇者ラインでは、ここまで事前に『悲劇の量』を数字で見れてはいなかった。
結果として、補正悲劇で村娘エリナを失った。
今度は、最初から全部見えている。
見えているなら――何もしない言い訳は、さすがにしづらい。
◇ ◇ ◇
「お、やってるやってる」
背後から、気の抜けた声がした。
振り向くと、柊先輩が紙コップ片手にこちらを覗き込んでいる。
「L-13様式、久しぶりに真面目に埋めてる新人見たなあ。大体みんな一回目で心が折れてテンプレで提出するのに」
「テンプレって言わないでください、テンプレを是正する部署で」
「言い方の問題だよ、神崎くん」
柊先輩は俺の端末を肩越しに覗き込み、真っ赤な警告マークの一覧を見て口笛を吹いた。
「うわ、きれいに真っ赤。公開性フル、身体的屈辱フル、弁明ゼロ、一族郎党まとめて叩き落とし。教科書に載せたいくらいの地獄案件だね」
「自分の案件を『教科書に載せたい地獄案件』って表現しないでください」
「いやあ、知ってるよ、これが地獄案件ってことくらい」
柊先輩は、紙コップのコーヒーを一口飲み、肩をすくめた。
「でもさ、この濃度がRSIを引っ張ってるのも事実なんだよね。ざまぁ瞬間RSIだけ見れば、ここ十年のトップクラスだし」
「そうなんですよね……」
端末をスワイプして、ざまぁ瞬間RSIとエピローグRSIの予測グラフを表示する。
クライマックスの断罪イベントで、グラフは派手に跳ね上がる。
その後、なだらかに下がり、エピローグ時にはほぼ平均値に戻っている。
「『断罪シーンだけ切り取れば神回』『後味が悪いけどまあスカッとしたからヨシ』ってタイプのやつだな」
柊先輩は、どこか慣れた口調で言った。
「CCRログも、だいたい想像つくよ。『ざまぁ最高!』『スカッとした!』『でもちょっとやりすぎでは?』『胸が悪くなった』……この辺がセットで来る」
「セットで来るの、やめてほしいんですけど」
「俺だってやめてほしいよ。でも実際、RSIとCCRを並べて見ると、こういう『売れる地獄』が一番数字が安定するんだよな」
売れる地獄。
神妙な顔で言うにはあまりにひどい単語だが、数字だけを見れば確かにそうだ。
「……とはいえ、恋愛一三課がわざわざ応援要請出した時点で、『このまま流したらジャンルが死ぬ』って危機感はうすうすあるわけで」
「そうそう。うちは別に、悪役令嬢ざまぁを絶滅させたいわけじゃないのよ」
柊先輩は、コーヒーの残りを飲み干し、空の紙コップをくしゃっと潰した。
「この手のテンプレは、うまくやればまだあと十年は持つ。けど、今の濃度で連打し続けると、五年で飽きられてゴネCCRの山だけ残る。……その辺の線引きが、俺らの『現場の仕事』ってやつ」
「数字で『売れる』のと、『持つ』のは別問題、ってことですね」
「そう。だからこそ、その真っ赤なL-13を持って課長のところに行くんでしょ? 『テンプレ過多リスクです』って顔をして」
図星だった。
俺は端末の画面を閉じ、深く息を吸う。
「……一応、理屈は組み立ててきたので。あとは、課長がどこまで乗ってくれるか」
「早乙女さんなら、ちゃんと聞いてくれるよ。数字とCCRと福祉指数、全部並べて話せばね」
柊先輩はひらひらと手を振った。
「健闘を祈るよ、新人監査官補どの。地獄の濃度を一段階下げられたら、打ち上げくらい奢るから」
「そのフラグ、立てないでおいてください」
◇ ◇ ◇
恋愛物語監査第一三課課長室。
机の上には、紙の山と、端末が三台。
そのすべてに、何らかのRSIグラフとCCR統計が表示されている。
早乙女課長は、その中心でコーヒーをすすりながら、俺の差し出したL-13様式に目を通していた。
「……うん、真っ赤ね」
第一声がそれだった。
「やっぱり真っ赤ですよね」
「公開性、身体的屈辱、弁明ゼロ、一族郎党巻き込み。全部盛り。これを『教科書的悪役令嬢ざまぁ』って言わずして何て言うのかしらってレベル」
課長は淡々とチェック項目をなぞり、端末の画面を指で弾いた。
壁のモニターに、第4502ライン用のZM-02シート――『ざまぁ効果・副作用評価シート』が表示される。
「ざまぁ瞬間RSIは、この通り。クライマックス話数単体で見れば、ここ数年でトップ五に入るわ」
鋭く跳ね上がるグラフ。
その後、緩やかに低下し、エピローグ付近で平均近くまで落ち込んでいる。
「問題はこっちね」
早乙女課長は、別のタブを開いた。
CCRのカテゴリ別推移グラフだ。
『スカッとした』『ざまぁ最高』といったポジティブログがクライマックス時に急増する一方で、『胸が悪い』『やりすぎ』『可哀想すぎる』というネガティブログも、ほぼ同じタイミングで跳ね上がっている。
そして何より――
「登場人物福祉指数。ルーベンス家と侍女層が、断罪後にほぼゼロ近くまで落ちている」
「はい。ここが一番の問題だと思っています」
俺は、用意してきた資料を開いた。
「まずテンプレ過多リスクについてですが、第4502の仕様は、ここ三年で流した悪役令嬢断罪系ラインの中でも、最も強度が高い部類に入ります。公開性も処分範囲も、『過去最大級』という評価です」
「そうね。RSIを優先した結果よ」
「しかし、その反動として、中長期RSIが頭打ちになっている。エピローグ時のグラフを見る限り、ざまぁ瞬間RSIが高くなるほど、その後の『作品全体の評価』が平均に収束しやすくなっています」
モニターに、第4502と過去の類似ラインのグラフを重ねて表示する。
「ざまぁシーン単体での満足度は上がっているのに、『作品としてもう一度読みたい』『続編も追いたい』という指標は伸びていない。むしろ、悪役令嬢ジャンル全体のRSIが少しずつ削られているように見えます」
早乙女課長は、腕を組んで画面を見つめた。
「テンプレ過多で胃もたれ、ってやつね」
「はい。さらに、CCR対応コストの観点からも、現仕様は危険だと考えます」
別のグラフを出す。
「『ざまぁ最高』系コメントは、ほぼクライマックス話数で完結します。一方、『やりすぎ』『可哀想すぎる』系CCRは、その後もずっと残り続ける。中には、『この作者は人の心がないのか』など、ジャンル全体への不信に繋がるものも散見されます」
もちろん、ここで言う『作者』は、ナラティブ庁とナラティヴァのことだ。
「つまり、短期的なRSIのために、中長期の信頼残高を削っている状態です。このまま同様の強度でラインを流し続ければ、悪役令嬢ざまぁテンプレそのものの寿命が縮む可能性が高い」
「……悪役令嬢を救いたくて言ってるわけじゃなく、テンプレを長持ちさせたいから言ってるって顔ね」
早乙女課長が、じろりとこちらを見る。
内心では『どっちもです』と答えたいところだが、ここは公式ロジックを崩すわけにはいかない。
「あくまで、庁の目標に照らして申し上げています。『テンプレ物語を持続的に供給する』という観点から、第4502ラインは強度調整の余地があると判断しました」
「登場人物福祉指数は、オマケの根拠?」
「公式には、そういう扱いになります」
早乙女課長は、ふっと笑った。
「正直でよろしい」
そして、机に肘をつき、指先でL-13様式をとんとんと叩く。
「結論を言うわ。私としても、このままの仕様で流す気はない。少なくとも、『形式は維持、中身ソフト』の方向性で調整をかけたいと思ってる」
「形式は維持、ですか」
「ええ。公開断罪という『形』は残す。婚約破棄も、庶民ヒロインと王太子の恋愛成就のために必要。そこは譲れないわ」
断罪イベントそのものを消すのは、やはり難しいか。
まあ想定の範囲内だ。
「そのうえで、身体的屈辱のレベルを一段階落とす。ドレス破りや転倒はカット、あるいは『そうなりかけて止まる』程度に留める」
早乙女課長の視線が、またモニターに戻る。
「処分範囲も、『爵位剥奪+領地大幅縮小』から、『婚約解消+国外長期留学』あたりにソフト化するのが妥当かしらね」
「……それで、ざまぁRSIはどれくらい落ちそうでしょうか」
「シミュレーションでは、瞬間RSIが一五%前後ダウン。その代わり、エピローグRSIは一〇〜一二%程度上がる見込み」
早乙女課長は、指でグラフを示した。
「全体としては、『売上は減少、ブランド価値は微増』くらいのイメージね。悪くない落とし所よ」
「弁明機会については、どうしますか」
「完全に口を封じるのはやめましょう。断罪の場で一度だけ、セラフィナに発言させる。……ただし、『読者が全部信じるほどの反論』にはしない。あくまで、彼女の事情が垣間見える程度に」
それはつまり、補正ざまぁの発生余地を残す、という意味でもある。
「そこはあなたの腕の見せ所よ、神崎くん」
早乙女課長は、こちらを指さした。
「第4502ラインの断罪イベント、形式はそのまま、強度は一段階落とす。ざまぁ瞬間RSIを大崩れさせない範囲で、セラフィナと周辺の福祉指数を『ギリギリ死なない』ラインまで引き上げる。その具体案を、あなたに考えてもらいたい」
「……俺に、ですか」
「他に誰がいるの。登場人物の人権にうるさくて、テンプレ過多リスクの数字まで揃えて突きつけてくるような新人なんて、うちには一人しかいないわよ」
そう言われると、断りづらい。
タブレットの画面を見つめる。
真っ赤なL-13。
ざまぁ瞬間RSIとエピローグRSIのグラフ。
セラフィナ家と侍女層の福祉指数ゼロ近くのライン。
第2781勇者ラインで、村娘エリナを救えなかったときの感覚が、ふっと蘇る。
彼女の名前をログに刻むことしかできなかったあのときと同じ失敗を、ここで繰り返すのは御免だ。
「……分かりました」
俺は、できるだけ事務的な声で答えた。
「形式は維持、中身はソフト。ざまぁテンプレの『味』をできるだけ残したまま、誰か一人を完全なサンドバッグにしない構造を考えます」
「期待してるわよ、監査官補」
早乙女課長は、ごく自然な調子でそう言った。
その言葉の重さに、今さら少しだけ肩が重くなる。
◇ ◇ ◇
課長室を出て、自席に戻る途中。
ふと、端末の別タブに目をやる。
『第2781勇者物語ライン
第2章:学院編準備中/現在:継続観測モード』
リアムのラインは、まだ次の大きなイベントを待っている。
学院のどこか、別の棟で、彼は『辺境出身の優等生』として今日も授業を受けているはずだ。
「……リアムの方には、ちゃんと戻るからな」
小さく呟き、今は目の前の案件にフォーカスを戻す。
悪役令嬢断罪テンプレの地獄濃度を、一段階だけでも下げる。
死人は出させず、人格を完全に踏み潰す役を誰にも押しつけない。
そのうえで、読者に『ある程度のスカッと』を残す。
不可能ミッションみたいな条件だが――
「やれるだけやってみるか、監査官補」
自分にそう言い聞かせて、俺はL-13様式とZM-02シートを並べた端末を開いた。




