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やりすぎテンプレ、監査入ります。  作者: @zeppelin006
第二章 悪役令嬢断罪監査編 ― 第4502王都学院恋愛劇ライン
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第19話 噂と実像

 王立学院の廊下は、妙に音が響く。


 磨き上げられた石床に、革靴の音が小さく跳ね返る。

 午前の講義を終え、教務室に戻る途中の俺の前方で、制服の群れが左右に割れていく気配がした。


「……あ、ルーベンス様だ」


 小さくささやく声が耳に入る。


 そちらを見やると、制服の青よりわずかに深い、群青色のドレスコートが視界に入った。

 長い白金色の髪をきっちりまとめ上げ、背筋をこれ以上ないほど真っ直ぐに伸ばして歩く少女。


 セラフィナ=ルーベンス。


 噂の中では『悪徳令嬢』と名指しされている人物が、ようやく実物として俺の前を通り過ぎようとしていた。


◇ ◇ ◇


 すれ違いざま、彼女の視線が横に流れる。


 その先にいたのは、教科書を抱えたリナだった。


 アランと一緒のときとは違い、今のリナの姿は「普通の奨学生」そのものだ。

 彼女はセラフィナの姿に気づいた瞬間、肩をびくりと震わせ、慌てて廊下の端に寄った。


「失礼しました、公爵令嬢様……!」


 リナは教科書を抱え直し、ぎこちないカーテシーをする。


 セラフィナは立ち止まり、ゆっくりと彼女のほうへ向き直った。


「……エヴァンズ嬢」


 澄んだ声だった。噂で聞いたような棘は、少なくとも音色にはない。


 それでも、リナの表情は固まる。

 緊張で喉を詰まらせた庶民ヒロインを前に、セラフィナは一歩だけ距離を詰めた。


「その本の持ち方はおやめなさい」


「えっ……?」


「角が完全に下を向いています。背表紙も折れかけている」


 セラフィナは、リナの腕の入れ方を示すように、自分の胸の前で本を抱える仕草をしてみせる。


「書物は、あなたの財産であると同時に、あなたを測る物差しです。人前で扱うときは、背をまっすぐに立てて持ちなさい。肘を張らず、指先の力で支えるのです」


「あ、す、すみません……!」


「謝罪は要りません。次からそうなさればよろしいだけです」


 淡々とした口調。

 リナの教科書を乱暴に掴み取るわけでも、周囲に聞こえるように笑うわけでもない。


 だが、廊下の端で様子を見ていた別の生徒が、ひそひそと囁いた。


「あれ、見た? また庶民の子、注意されてた」


「本の持ち方であそこまで言う? 怖くない?」


 タブレットが、小さく震える。


『イベント検知:EVENT-HALL-017「廊下での注意」

 ログラベル:

 ・庶民奨学生へのマナー指導(公)

 ・噂派生タグ:「些細なことにも厳しく難癖をつける悪徳令嬢」』


 ラベルの一番下に、『ざまぁ期待値:+0.03(微増)』という数字が添えられている。


 俺は心の中で頭を抱えた。


「……今の、難癖っていうほどか?」


 庶民出身の新人社員に、資料の扱い方を教える上司みたいなものだろう。

 言い方が少し硬いだけで、中身は完全に『仕事のマナー』だ。


 リナはなおも緊張しているが、その目はほんの少しだけ感謝の色を帯びていた。


「ありがとうございます。気をつけます」


「ええ。あなたが笑われるのは勝手ですが、王太子殿下のお側に立つ者が笑われるのは、学院全体の恥になりますから」


 最後だけ、少しだけ厳しい。


 それを聞きとがめた近くの生徒が、またひそひそと囁く。


「ああいう言い方がさ、『庶民に釘を刺す公爵令嬢』って感じなのよね」


 ざわめきとログラベルが、セラフィナを『悪徳令嬢』に仕立て上げていく。


 当人は、それを承知しているのかどうか。


 セラフィナは一度だけ俺のほう――臨時講師アバター――をちらりと見やり、軽く会釈してから、何事もなかったように歩き去った。


 その横顔には、噂で語られるような陰湿さは見当たらない。


 ただ、何かをいつもと同じ角度で抱え続ける人間の、冷たい均衡だけがあった。


◇ ◇ ◇


 午後の礼儀作法の授業。


 ログ上では、例の「公開叱責」イベントが予定されているコマだ。


 俺は教務事務補佐として教室の後方に立ち、出席チェック用の用紙を片手に様子を見ていた。


 講師席には、礼儀作法担当の老教師。

 教室の中央には、「代表生徒」として呼び出されたリナが立っている。


「では、エヴァンズ嬢。先日お配りした招待状――舞踏会用のものを、そのまま読み上げてみなさい」


「は、はい」


 リナは紙を両手で持ち、ぎこちなく文面を読み始めた。


「『王立総合学院 春季舞踏会のご案内』……ええと、『貴殿には日頃より学院の発展にご尽力いただき』……?」


 途中でつかえた。


 先生が眉をひそめる。


「止まる理由がありますか?」


「すみません、『貴殿』というのが、誰に向かって言っているのか、頭の中で整理できなくて……」


 教室の一部から、くす、と笑いが漏れる。


 貴族の子弟にとっては当たり前の文言でも、庶民にとっては聞き慣れないものだろう。


 老教師が口を開きかけたそのとき、隣の席からすっと手が上がった。


「先生、よろしければ補足をしてもよろしいでしょうか」


 セラフィナだ。


 教師は少し考え、うなずいた。


「ルーベンス嬢、頼みます」


「ありがとうございます」


 セラフィナは席を立ち、リナと教師のあいだ――教室の前方に出てきた。


 教室のざわめきが、少しだけ高まる。


「エヴァンズ嬢。今の文面を、もう一度最初から読んでいただけますか」


「は、はい……」


 リナは緊張しながらも、先ほどよりスムーズに読み上げ始めた。


「『王立総合学院 春季舞踏会のご案内。貴殿には日頃より学院の発展にご尽力いただき……』」


「そこで一度、目線を上げなさい」


 セラフィナの声は、よく通る。


「あなたが招待状を読むとき、その『貴殿』は誰になりますか?」


「えっと……私が読むなら、相手の方、です」


「その相手を見ずに、紙ばかり見ていては失礼です。読み上げるときは、要所で必ず相手の目を見ること。舞踏会の場で招待文を読むのは、あなたではないかもしれませんが、言葉の構造を理解しておくことは重要です」


 セラフィナは、紙を持つリナの両手の位置を軽く直した。


 乱暴ではない。

 ただ、手首の角度、指の伸ばし方、視線の方向を、合理的に調整していくだけ。


「それから、最後の『敬具』まで一息で読み上げるのはおやめなさい。相手が息をするタイミングを失うからです。句読点の位置で、必ず一度呼吸を」


「……はい」


「あなたは今、『庶民だから招待文に不慣れ』という目線で見られています。残念ながら、それが現実です。しかし、だからこそ、基本を身につければ皆の予想を簡単に裏切ることができる」


 セラフィナはそこで一拍置き、教室全体に視線を流した。


「ここにいる全員に言えますが、『貴殿』は自分一人だけを指す言葉ではありません。あなた方が招待し、迎える相手そのものです。紙に書かれた言葉ではなく、その向こう側にいる人間を想像しなさい」


 しん、と教室が静まり返る。


 リナは、手の中の紙を見下ろし、ゆっくりと息を吸った。


「……もう一度、最初からやってみてもよろしいですか」


「どうぞ」


 今度の読み上げは、先ほどよりずっと落ち着いていた。

 要所で相手を見るように視線を上げ、丁寧に言葉を区切っていく。


 老教師が満足そうに頷いた。


「よろしい。ルーベンス嬢、助かった」


「いいえ。私自身、このような訓練を何度も受けてきましたので」


 セラフィナはさらりと言って席に戻る。


 教室の一部では、ざわざわと小さな波が立っていた。


「ねえ、今の見た? やっぱりあの人、怖いよね」


「でも、言ってることは筋が通ってない? 招待状ってそういうもんなんでしょ?」


「筋は通ってるけどさ……あの言い方で庶民の子にやる? 晒しものにしてるように見えるし」


 タブレットの端に、関連ログが自動で紐づけられる。


『EVENT-CLASS-012「礼儀指導」実行ログ

 ・対象:庶民奨学生リナ

 ・指導者:セラフィナ=ルーベンス

 ・内容:招待状読み上げ時のマナー指導

 →ラベル:庶民の公開叱責/晒し者演出(悪役令嬢テンプレ強化)

 →ざまぁ期待値:+0.06』


 実際の言動は、どう見ても『正当な指導』だ。

 だがログに付与されるラベルは、『公開叱責』と『晒し者』。


 ナラティヴァは、状況の切り取り方と噂の拡散をもとに、もっとも“ざまぁが映える”形でタグを選んでいる。


「……第2781のときは、少なくともログと現場の差は『悲劇の量』くらいだったのに」


 今度は、意味づけそのものが歪んでいる。


 俺は心の中で、L-13チェックリストの項目を思い浮かべた。


『被断罪者に弁明の機会はあるか』

『事前にどのようなラベリングがなされているか』

『観客の感情を煽るための演出は過剰でないか』


 セラフィナは、まだ何も弁明していないうちから『悪徳令嬢』として消費され始めている。


 そのことに、当人はどこまで気づいているのか。


◇ ◇ ◇


 夕方。

 学院の一室――奨学生制度に関する会合が開かれる小会議室に、俺は教務補佐アバターとして参加していた。


 長机の上には、予算資料と成績一覧表が並んでいる。


「では、本年度および次年度の奨学生枠についてですが……」


 学務主任と思しき中年の職員が、紙をめくる。


「現時点での案では、総人数を現状維持とし、予算の増額分を若干上乗せする形で――」


「失礼いたします」


 タイミングを見計らったように、会議の一角から声が上がった。


 セラフィナだ。


 彼女は資料に目を落としたまま、淡々と手元の数字を追っている。


「総人数現状維持、予算微増――というのは、聞こえの良い案ではありますが、持続性の点でいくつか懸念がございます」


「懸念、とは?」


「はい」


 セラフィナは顔を上げ、学務主任と他の出席者たちをゆっくり見渡した。


 その視線は、貴族相手にも庶民相手にも、同じ距離の取られ方をしている。


「この案では、入学時点の奨学生数だけでなく、途中編入や、家庭事情の急変に伴う追加救済枠についての検討がありません。過去数年の記録を見る限り、後者は毎年一定数発生しています」


 タブレットが、会議室の上空からの俯瞰ログを表示する。


『EVENT-SCHOLAR-004「奨学生制度見直し提案」

 発言者:セラフィナ=ルーベンス

 →ログラベル(仮):奨学生枠への不当な口出し/庶民敵視』


 現場では、『不当な口出し』というより、普通に資料を読んでいるだけだ。


「途中編入や救済枠を考慮せずに、入学時の枠だけを増やすと、年度の途中で予算が枯渇し、結果的に『本来救えるはずだった者』を切り捨てることになります。それは、奨学生制度に対する不信と、学院全体への不信を生みます」


「確かに……しかし、枠を減らすのは世論の反発が」


 別の教員が顔をしかめる。


 セラフィナは、そこでほんの少しだけ言葉を選んだように見えた。


「枠を減らす、というより、『誰を救うのかを明確にする』必要があると申し上げたいのです」


 彼女は手元の資料の一枚を指で軽く叩いた。


「現行の基準は、『成績』はまだしも『人物評』といった曖昧な項目に拠っています。これでは、推薦する側も選ぶ側も、感情に流されやすい。『かわいそうだから』『身寄りがないから』という理由だけで選ばれた者が、必ずしも奨学金を活かせるとは限りません」


 会議室の空気が少しだけ重くなる。


「私は、庶民出身者を排除したいのではありません。むしろ、その逆です」


 セラフィナの声に、ほんの僅かな熱がこもる。


「本当に必要な者に、本当に必要なだけの支援が届くようにしたい。そのためには、基準を明確にしなければなりません。成績だけでなく、卒業後にどのように社会に貢献する意志があるのか――そういった指標を明文化するべきです」


 タブレットの別タブに、過去数年の奨学生データが自動で表示される。


 卒業後すぐに消息を絶った者。

 途中退学して行方知れずになった者。

 逆に、地方に戻って学校を建てた者や、地方行政に関わるようになった者。


 数字の上ではっきりと見えている“差”を、セラフィナは言葉で言おうとしているのだろう。


「基準を曖昧なままにしておけば、一時的には『誰かを救っている気分』になれるでしょう。しかし、やがて制度そのものが信頼を失い、結果的に誰も救えなくなります。それは、奨学金制度だけでなく、この学院の名誉にとっても損失です」


「……ルーベンス嬢の言いたいことは分かります」


 学務主任がゆっくりと頷いた。


「ただ、そういった『卒業後の貢献』まで含めた基準作りとなると、王宮とも相談が必要になりますな」


「もちろんです。そのためにも、まずは学院内で案を整える必要があると考えています」


 会議室の空気は、さっきよりは建設的なものに変わっていた。


 少なくとも、この場にいる誰もが、『庶民に学ぶ資格はない』という話をしているわけではない。


 にもかかわらず、タブレットのログラベル欄には、こう表示されている。


『ログラベル補足:

 ・庶民の感情より制度の維持を優先

 ・奨学生枠縮小提案(と解釈される余地)

 →噂派生タグ:「庶民に学ぶ資格はないと考えている冷血令嬢」』


「解釈される余地って、お前……」


 俺は思わず画面にツッコミを入れた。


 ナラティヴァからのコメントが、淡々と追記される。


『コメント:

 当該発言群は、「悪役令嬢が奨学生制度に口出ししている」という噂の構成要素として有用です。

 庶民側の感情ログにおいて、「冷たい」「怖い」「自分たちを見下している」といった印象が蓄積されることで、断罪イベント時のざまぁRSIが向上する傾向があります。』


「有用じゃない」


 低く呟いた言葉は、もちろん誰にも聞こえない。


 ここまで見れば、はっきりする。


 セラフィナは、噂で語られているような『庶民をいじめて楽しんでいる悪徳令嬢』ではない。


 礼儀を重んじ、構造を気にして、制度の持続性を考えているだけだ。

 その言い方が冷たく見えることもあるだろうが、それは『悪意』とは別の問題だ。


 しかし、物語システムは、彼女のそうした性質を、都合よく『悪役令嬢』に再解釈している。


 廊下での注意は『難癖』になり、授業での指導は『公開叱責』になり、奨学金についての現実的な提案は『庶民排除』になる。


 全部、断罪イベントで『ざまぁ』するための前説として。


「……第2781のときは、『悲劇の量』が問題だった。 ここでは、『意味づけ』そのものが最初から歪んでるってことか」


 エリナの名前を、俺は村に戻って初めて知った。

 ここでは、セラフィナの名前は最初から知られている。

 その上で、『悪役』としてしか語られていない。


 俺がここで赤ペンを入れる相手は、たぶん彼女自身じゃない。


 彼女を悪役に仕立て上げるためのログラベルと噂構造だ。


 会議室の窓の外で、夕暮れが学院の尖塔を朱に染め始めていた。


 その光の中で、セラフィナ=ルーベンスは、淡々と予算表に目を落とし続けている。


 自分自身が、どんなラベルで語られているかを知りもしないまま。


「……悪役令嬢の“実像”をログに残すのも、監査官の仕事ってことで」


 誰にともなくそう呟き、俺は端末にメモを追加した。


『内部メモ:

 第4502ラインにおけるセラフィナの行動は、現状のログラベルと大きく乖離。

 断罪イベント前に、L-13様式を用いた実態把握が必須。

 可能なら、彼女自身に“役割”を自覚させる前に、別の選択肢を提示すること。』


 噂と実像のギャップが、大きく開ききってしまう前に。

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― 新着の感想 ―
読んでいて思ったのがシステムに明らかな問題(是正)すべきだと提言出来るシステム(システムの方が強い為に此れを出されたらシステムが検討する事を強制とする。)があるのかな? 明らかにシステムの方が有利な…
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