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やりすぎテンプレ、監査入ります。  作者: @zeppelin006
幼馴染死亡ルート監査編 ― 第2781勇者物語ライン
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第12話 燃料にしたくない死

 村娘の遺体は、夕方になる前に埋葬されることになった。


 村の東側――まだ煙の残る焼け跡から少し外れた、小さな丘の上。元々は家畜の見張り台があった場所らしい。


 そこに新しく掘られた土の穴を、リアムが黙々と広げていた。


 鍛冶場で鍛えた腕が、スコップを振るたび震えている。


 疲労で、ではない。


 罪悪感で、だ。


◇ ◇ ◇


「……俺が、もっと早く動けてたら」


 土を運ぶリアムの背中から、ぽつりと零れた。


 周りには、村長と何人かの男衆。皆、無言で手を動かしている。


 雑貨屋アバターの俺は、「人手が足りないだろう」という理由で、穴の端を均す役を買って出ていた。


 タブレットは、上着の内ポケットで薄く震え続けている。


『死亡者:1名(村娘C)

 負傷者:多数

 ミナ・ホルン:行方不明ステータス継続』


 数字は、何も慰めてくれない。


「リアム」


 村長が、静かに口を開いた。


「お前のせいではない。」


「でも、俺が……」


 リアムはスコップを握りしめたまま、視線を落とす。


「あの時、もっとミナと子どもを早く安全な場所まで連れていけてたら、崖の近くにきっとあの子はいなかった。俺が半端に迷って、あの場で足を止めたから……」


 崖の縁で、伸ばした手が届かなかった感触は、まだ彼の掌に残っているだろう。


 俺だって、脳裏に焼き付いている。


 タブレットのログには、「村娘C、崩落に巻き込まれ致命傷」と冷静に記録されているが――


 リアムの中では、それは『自分が守れなかった一人』でしかない。


「……きっとあの子は最後まで笑っていたよ」


 村長が、穴の底を見つめながらぽつりと言った。


 俺は、何も言えない。


 『現場での励まし方』なんてマニュアルは、監査課の研修で習っていない。


 代わりに、タブレットの片隅に浮かんでいる文字列だけが目に入る。


『補正悲劇:

 主要キャラクター死亡回避に伴う悲劇度補正

 →本ラインでは村娘C死亡として発現』


 ――この一行のために、誰か一人の人生が丸ごと丸められている。


 穴が十分な深さになったところで、女たちが白い布をかけた遺体を運んできた。


 顔は見えない。


 だけど、布の端から少しだけ覗いた三つ編みの先が、昨日までと同じものだと分かる。


「……せめて、名前、ちゃんと覚えてやらないとな」


 俺は誰にともなく呟いた。


◇ ◇ ◇


 簡素な埋葬が終わると、村人たちはそれぞれの家……もしくは残骸……へ散っていった。


 リアムだけが、墓の前に座り込んだまま動かない。


 夕暮れの光が、焼け跡と新しい墓土を同じ色に染めていく。


「……戻らなくていいのか」


 俺は、隣に腰を下ろした。


 リアムは視線を落としたまま、かすかに首を振る。


「今、村に戻っても、何をしていいか分からないですから」


「水汲みとか、片付けとか、やることは山ほどあるけど」


「そうじゃなくて」


 リアムは、墓の土をじっと見つめる。


「ここから目を離したら、本当に『この子がいなかったこと』になってしまいそうで」


 その言葉に、少しだけ胸がざわついた。


 ナラティブ庁のタブレット上では、すでに『死亡:1』という数字で処理されている。


 そこには、『ここから目を離したくない』という感情の居場所はない。


「……ここまで守っても、誰かが死ぬのかって思ったりしないか」


 気づいたら、そんな言葉が口から出ていた。


 俺自身がさっきまで頭の中で繰り返していた独白だ。


 リアムは、少しだけ笑った。笑ったと言っていいのか分からない、ひきつった表情だった。


「思いましたよ。何回も」


 墓土を握りしめる。


「村を守るって言って、ミナを守るって言って……。それで、守れたものと守れなかったものを並べてみると、どうしても『足りなかった』ほうが目に入る」


 それでも、と彼は続ける。


「でも、『何もしなかったらもっと酷かった』ってことも、なんとなく分かるんです。火の回り方とか、避難の速さとか……全部が『ギリギリ』で踏みとどまった感じで」


 タブレットの数字は、それを裏付けている。


 悲劇の総量は、元の仕様よりも確かに減っている。


 だけど、その『減った分』の影で、一つの墓が増えていることを、リアムはちゃんと見ている。


「だから……余計に、やりきれない」


 彼は、握りしめた土をぽとりと落とした。


「『頑張ったからこの程度で済んだ』って言われると、この子の死を『代わりの支払い』みたいに数えている気がして」


◇ ◇ ◇


 日が沈み、夜が落ちる。


 村のあちこちに、ぽつぽつと焚き火の明かりが灯った。


 壊れていない家に人を集め、怪我の浅い者たちが食事を分け合っている。


 復興は、もう始まっている。


 その中心から、少し外れた丘の上。


 俺とリアムは、墓の前で小さな焚き火を起こしていた。


 村長が、気を利かせて持ってきてくれた薪と、干し肉と硬いパン。湯を沸かすための小さな鍋。


 リアムは、湯気の立つマグを両手で包み込みながら、言った。


「さっき、村の人たちが言ってました」


「なんて?」


「『あの子の死は無駄じゃなかった』『あの子の分も生きていかなきゃ』……そういうの」


 焚き火の炎が、リアムの横顔を赤く照らす。


「ありがたい言葉だって頭では分かってるんですけどね。なんか、うまく飲み込めなくて」


「……うん」


 俺もマグを口に運ぶ。味はあまりしない。


 タブレットが、ひそかにログを更新している。


『村人感情ログ:

 ・「死を無駄にしない」「死んだ者の分まで」等の発言多数

 →物語道徳:「犠牲に意味を見出す」傾向、標準的』


 標準的。


 この世界では、そういう受け止め方のほうが『普通』なのだろう。


 勇者物語の上では、誰かの死が勇者の成長や決意の燃料になるのは定番だ。


 だけど、リアムは――


「……俺、たぶんそういうの、嫌なんだと思います」


 ぽつりと、彼が言った。


「『あの子の死には意味があった』……そういうふうに言葉を乗せていくのが」


 焚き火のはぜる音だけが、間を埋める。


「死んだ人を、『物語の燃料』にするのって、なんか……違う気がして」


 心臓が、一拍遅れて動いたような感覚がした。


 タブレットに表示されていた文言――『補正悲劇』『悲劇度』『RSIへの寄与』。


 全部、『物語の燃料としての死』をどう計上するかの話だ。


 それを知らないはずのリアムが、同じ構図に本能的な嫌悪を示している。


「……でも、村の人たちは、そうでも考えないと耐えられないのかもしれない」


 リアムは、自分の言葉を半分否定するように笑う。


「『あの子の死には意味があった』って言わないと、やっていけない。そういうのも分かるんです。だから、『間違ってますよ』って言う資格もない」


「うん」


「それでも、少なくとも俺は……」


 マグを握る手に、力がこもる。


「俺は、『誰かの死のおかげで強くなりました』って言い方はしたくない。あの子の死を『物語の都合のいい燃料』にするくらいなら、ただ『死んだことを覚えている』だけのほうがマシな気がして」


 その言葉は、彼自身を縛る呪いにもなるかもしれない。


 誰かの死を『燃料』にしないということは、その分だけ自分で背負う重さが増えるということだから。


 でも――


 俺には、どうしてもそれを否定できなかった。


 むしろ、羨ましいと思ってしまった。


 タブレットの向こう側にいる俺は、どうしても『数字』から逃れられない。


 悲劇の量。RSI。補正悲劇。


 それらを見ながら、『この死は必要だったか』を評価しなければならない立場だ。


 リアムは、その外側にいる。


 ただ、『覚えていたい』と思っている。


「……ごめんなさい、変なこと言いました」


 リアムが少しだけうつむく。


「あんまり前向きじゃないですよね」


「いや」


 俺は首を振った。


「むしろ、すごく前向きな話だと思うけど」


「そうですか?」


「『死を燃料にしたくない』ってことは、そのぶんの燃料を自分で持って歩くってことだろ。効率は悪いけど……たぶん、長持ちはする」


 自分で言っておきながら、『誰のことを言ってるんだろうな』と思う。


 リアムのことか。見ず知らずの村娘のことか。行方不明のミナのことか。


 あるいは、自分自身のことか。


 リアムは、しばらく黙ってから、小さく笑った。


「……ユウトさん、変な例えしますよね」


「自覚はある」


「でも、なんか少しだけ、楽になりました」


 その笑いは、さっきより少しだけまともだった。


◇ ◇ ◇


 夜が更ける頃、焚き火の火は小さくなっていた。


 村からは、時折うめき声や話し声が聞こえてくる。


 眠れない夜を過ごしているのは、ここだけじゃない。


「ユウトさん」


 リアムが、火を見つめたまま口を開いた。


「俺、多分しばらくはずっと『この子を守れなかった』ってことを考えると思います。ミナのことも、ずっと気にしてると思う」


「だろうね」


「でも、それは……忘れないって決めたからであって、『燃料にするため』じゃないってことだけは、自分で覚えておきたいです」


 彼は、墓のほうにちらりと視線を向ける。


「ミナも、この子も、俺にとっては『物語を動かすための駒』じゃなくて、『知ってる人』だから」


 タブレットが、静かにログを更新する。


『勇者リアム:

 ・感情傾向:「犠牲に意味を見出す」より「犠牲を記憶する」方向にバイアス

 →今後のストーリー選好に影響の可能性』


 読者から見れば、この感情は『美談』として消費されるのかもしれない。


 「優しい勇者」「死者を忘れない英雄」として。


 だが、リアム自身は、そんなラベルとは関係なく、それを抱えていくのだろう。


「……分かった」


 俺は、火の残り火を棒で軽く突きながら言った。


「じゃあ俺は、『燃料にしてないか』を監査する役を引き受けるよ」


「監査?」


「誰かが死んだことを、『誰かの成長のための都合のいい起爆剤』として扱ってないかどうか。少なくともこのラインでは、目を離さない」


 それは、ナラティブ庁の監査官としての仕事でもあり、雑貨屋としての個人的な誓いでもあった。


 ここまで守っても、誰かが死ぬ。


 それでも――


 その死を『燃料』に格下げしないことくらいは、できるかもしれない。


 リアムは、不思議そうに眉をひそめてから、くすりと笑った。


「ユウトさんって、本当に変わってますね」


「よく言われる」


「でも、そんな人がいてくれるなら、少しだけ安心です」


 その言葉は、思った以上に重く胸に響いた。


 監査官補として、勇者物語を『数字』で見る立場の人間が、現場の勇者から「安心」と言われる。


 それがどれくらい危ういことか、頭では分かっているのに。


 心は、素直に喜びかけている。


 ――ダメだな。俺はやっぱり、この仕事に向いてないのかもしれない。


 そんな自己ツッコミを胸の中で入れながら、俺は小さく息を吐いた。


◇ ◇ ◇


 夜空には、煙で霞んだ星がいくつか見えた。


 村のどこかでは、まだミナの名を呼ぶ声が続いている。


 タブレットは、相変わらず『行方不明』のまま。


 村娘の墓の前で交わされたこの会話も、ログ上では『勇者の感情イベント』の一つに数えられるのだろう。


『イベント005:勇者の罪悪感と誓い

 ・内容:死者を物語の燃料にしたくないという宣言

 →読者共感度:中予測』


 そんなラベルを勝手に付けられている気がして、少しだけ笑ってしまう。


「どうかしました?」


「いや、なんでも」


 リアムが首を傾げる。


 俺は首を振ってから、焚き火の残り火に、そっと土をかけた。


「そろそろ戻ろう。今日はもう、寝れるかどうか分からないけど、横になるだけでも違うから」


「……はい」


 リアムは立ち上がり、墓に向かって小さく頭を下げた。


「また来ます」


 その一言を聞いてから、俺も同じように頭を下げる。


 墓土の向こう側にいる『誰かだった人』に。


 そして、崖の下のどこかで、まだ生きているかもしれないミナに。


 ――ここまで守っても、誰かが死ぬ世界で。


 せめて、『どう語るか』だけは、物語の都合だけで決めさせない。


 そう心の中で繰り返しながら、俺はリアムと並んで、暗くなった村へと戻っていった。

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