表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やりすぎテンプレ、監査入ります。  作者: @zeppelin006
幼馴染死亡ルート監査編 ― 第2781勇者物語ライン
12/45

第11話 補正悲劇

 炎の匂いは、夜が明けても消えなかった。


 村の東側は黒い炭のようになり、屋根を失った家々から白い煙がまだ細く上がっている。井戸の周りには、空になった桶が山のように積まれていた。


 雑貨屋アバターの俺は、握力のなくなった手で最後の桶だけ動かしたふりをして、そっと手を離す。


 もう、とっくに限界を超えている。


 タブレットのログを開くと、冷静すぎる文字列が並んでいた。


『第2781勇者物語ライン

 イベント003「村焼き」:終息判定

 ・火災範囲:村全域の約40%(全焼3軒/半焼数軒)

 ・敵性存在:掃討済

 ・人的被害:軽傷 多数/中等傷 数名/重傷 数名

 ・死亡者:1名

 イベント004「幼馴染死亡」:改変済

 ・死亡→行方不明に変更』


 死亡1。


 「0」にできなかった数字が、胸に刺さる。


 ――それでも、本来の仕様よりはマシだ。


 元の筋書きでは、ここに『幼馴染死亡』がもう一つ乗っかるはずだった。


 ミナ・ホルン。


 今のログには、その名前の隣に、こう書かれている。


『ミナ・ホルン:状態

 ・崖下転落/生死不明

 ・位置情報:ロスト(森エリア深部)

 →イベント004「幼馴染死亡」:行方不明ルートに再定義』


 生きているかもしれない。死んでいるかもしれない。


 どちらにも振れていない、その宙ぶらりんなステータス。


 昨日の夜の光景が、頭の中で勝手に巻き戻される。


◇ ◇ ◇


 ――ほんの数時間前。


 火の手が一番激しくなっていた頃、タブレットの片隅で、別のログがピコンと点灯した。


『森エリアログ:

 ・神殿周辺:避難者 10名→9名

 ・子ども1名:村方向へ走り出し

 ・ミナ・ホルン:追跡開始

 →二人とも「村と森の境界付近の崖道」へ移動中』


 崖道。


 昼間、ミナと一緒に神殿に向かうときに見た『ちょっとした崖道』。


 地形レイヤーをオーバーレイしたとき、『崩落リスク:中』と出ていた場所だ。


『システムコメント:

 イベント004「幼馴染死亡」

 ・既定ルート:村東側路地で火球直撃

 ・代替ルート候補:崖道崩落(転落死/行方不明)』


「勝手に候補を増やすなよ……」


 毒づいても、システムは止まらない。


 その瞬間、別の警告が重なった。


『警告:高出力火球接近中

 推定落下地点:崖道中央(ミナ&子ども位置)

 残り時間:4秒

 →既定ルート:幼馴染&子ども、火球直撃で死亡』


 喉が凍る。


 このまま何もしなければ、ミナも子どももまとめて焼き殺される。


 俺は、反射的に緊急調整メニューを呼び出していた。


『強度調整ツール(監査官補)

 対象:イベント004火球

 可能操作:落下地点の微調整/衝撃の方向配分

 ※NIT超過不可/致命傷→重傷への軽減まで』


「直撃は、外す」


 指先で、火球の落下予測円を、画面の中で横にずらす。


 崖道のど真ん中から、外側の土手のふちへ。


 ミナと子どもを、爆心からわずかに外した位置に。


『調整案:

 ・人物への直接ダメージ:致命→非致命(吹き飛ばし+軽〜中火傷)

 ・地形へのダメージ:崖道外側→崩落

 →結果:人物は崖下へ転落/生死不明』


 赤い文字が、にじむように浮かぶ。


『幼馴染死亡イベント:死亡→行方不明に変更

 補正悲劇必要量:中〜高』


「……それでいい。少なくとも、今ここで焼き殺されるよりはマシだ」


 監査官としての冷静さじゃない。


 ただの、浅ましい願掛けだ。


 確定ボタンを押す。


『強度調整:承認

 →イベント004ルート:崖崩落を採用』


 空に、赤い閃光が走る。


 崖道の上には、小さな影が二つ。


「戻っちゃダメ! こっちって言ったでしょ!」


 ミナの叫びが、風に乗って聞こえた。


「でも……! お父さん、村にいるんだ!」


 泣きながら走ろうとする子どもを、ミナが抱き寄せる。


 火球が落ちた。


 世界が白く弾ける。


 崖道の外側が、まとめて吹き飛んだ。


 土と石と炎の混じった塊が、崖下へと崩れ落ちていく。


「ミナ!」


 リアムの声がした。


 いつの間にか、彼は崖道の手前まで来ていたらしい。


 俺とほとんど同時に、崖の縁まで駆け上がる。


 崖下は煙で何も見えない。


 かすかな影が、揺れている気がした。


 リアムが腕を伸ばす。縁から、細い手首が一瞬だけ見えた。


「ミナ! 手を――!」


 その瞬間、足場がさらに崩れた。


 崖の縁がずるりと崩れ、石と土がまとめて落ちる。


 細い手首が、煙の向こうに吸い込まれていく。


「ミナァ!!」


 リアムの叫びが、夜の森に突き刺さった。


 俺のタブレットには、静かな文字が浮かぶ。


『ミナ・ホルン:崖下へ転落/生死不明

 位置情報:ロスト

 →イベント004「幼馴染死亡」:行方不明ルートに確定

 RSI:悲しみ・喪失感のピーク検知』


 死亡フラグは折れた。


 代わりに、『行方不明』のフラグが立った。


 俺は、崖の縁で呆然と煙を見下ろしながら、指先の震えを止められなかった。


◇ ◇ ◇


 ――現在。


 村のあちこちでは、まだミナ捜索の声が上がっている。


「ミナ!」「ミナちゃーん!」


 森の縁。崖下の茂み。川辺。


 リアムは、ほとんど休みなく歩き続けていた。


 崖から落ちた子どもは、運よく斜面の途中に引っかかっていて、軽い怪我で済んだ。今は神殿側で眠っている。


 ミナだけが、見つからない。


『ミナ捜索ログ:

 ・村人による捜索:延べ十数名参加

 ・ナラティブ庁側:視認不能(霧領域)

 →現時点:行方不明ステータス継続』


 タブレットにとっての『行方不明』は、単なるフラグの一つだ。


 リアムにとっての『行方不明』は、ほとんど『今この瞬間の死』と変わらない。


 ……なのに、ログはまだ続きがある。


 画面の端で、小さなアイコンがぴこりと光った。


『別ルートログ:新規エントリ』


 嫌な予感しかしない。


 タップすると、そこには短い一行があった。


『死亡:村娘(氏名未登録)』


 喉が、からんと音を立てる。


 詳細を開く。


『村娘C:

 ・崖道付近で避難遅延

 ・ミナ&子どもの動きを目撃し、後を追う

 ・崩落に巻き込まれ致命傷

 →イベント004改変に伴う「補正悲劇」として記録』


 補正悲劇。


 元の仕様書の脚注にだけ、ちょこんと載っていた言葉だ。


『※主要キャラクター死亡の回避には、悲劇度の補正が必要となる場合があります(補正悲劇)。』


 ミナの死亡フラグを『行方不明』に変えたぶん、その差額をどこかで埋める必要がある。


 それが――「村娘(氏名未登録)」だった。


 膝から、力が抜けそうになる。


「……マジかよ」


 さっきまで、死亡者ログは空欄だった。


 村焼きイベント003の中で、重傷者は出ていたが、誰も死んでいないギリギリのラインを維持していた。


 そこに、ぽつんと一個だけ増えた「1」。


 その「1」の内訳が、これだ。


 タブレットの字が、滲んで見えた。


『補正悲劇ログ:

 ・死亡:村娘C(氏名未登録/アルシオ村在住)

 ・役割:勇者と幼馴染を守る「モブ」

 ・RSIへの寄与:

  -一部読者:「モブが一人死んだ」程度の認識

  -一部読者:「名前もない子が……」と余韻を残す可能性

 →総悲劇度:当初計画の約60〜70%に抑制』


「ふざけるなよ……」


 思わず口から漏れた。


 ミナの死を避けた代わりに、名前も知らない誰かが死んだ。


 数字の上では、『いい仕事』なのかもしれない。


 だが、その内訳を知ってしまった以上、簡単に頷ける話じゃない。


◇ ◇ ◇


 ログの下部に、位置情報が載っていた。


『遺体発見地点:村外れ/崖道近くの焼け跡』


 足が勝手にそっちへ向かう。


 村外れの道を抜けると、焦げた木と崩れた石垣の間に、人だかりができていた。


 荷車の上に、白い布がかけられている。


 村長が布の端に手を置き、その周りで数人の女たちが肩を震わせていた。


 布の端から、少しだけ三つ編みの先が覗いていた。


 見覚えがある。


 井戸端で、ミナとよく一緒に笑っていた娘だ。


 洗濯物を干しながら、楽しそうに話していた。


 俺は、一度たりとも名前を聞かなかった。


 タブレットには、こう表示されている。


『村娘C:氏名未登録』


「……」


 荷車に近づきかけて、足が止まった。


 雑貨屋アバターの俺がここで取り乱すわけにはいかない。


 だから、せめて心の中だけで手を合わせる。


 ログの編集欄が、そっと開いていた。


『監査メモ追記:

 ・村娘C:井戸端でミナとよく話していた娘。三つ編み。

 ・今回の崩落に巻き込まれ致命傷を受ける。

 ・当初計画では「幼馴染死亡」となっていた悲劇の一部を、その身で引き受けた。』


 指が震える。


 キーボードに「氏名未確認/要聴取」と打ち込む。


 せめて、監査報告書の中だけでも、『村娘C』ではなく、ちゃんとした名前で呼べるように。


「……ユウトさん」


 背後から、小さな声がした。


 振り返ると、リアムが立っていた。


 顔は煤と涙でぐちゃぐちゃだ。


 荷車のほうへ視線を向け、唇を噛みしめる。


「俺、守れなかった……」


 その一言で、ぎゅっと胸が掴まれた。


 リアムは、自分を責めている。


 崖の縁で手を伸ばしたのに届かなかったことも。


 後ろから誰かに引っ張られて助かったことも。


 そして、その「誰か」がここで布をかけられていることも。


 ――違う。


 本当は、俺のせいだ。


 ミナの「死亡」を「行方不明」に変えたとき、システムは『悲劇の差額』を取り立てに来る。


 その請求書が、この荷車の上に乗っている。


 タブレットの片隅で、小さく文字が瞬いた。


『補正悲劇:

 ・主要キャラクター死亡回避に伴う悲劇度補正

 ・現在ラインでの発現対象:村娘C(氏名未登録)』


「……補正悲劇」


 思わず、言葉が口から漏れる。


 リアムがこちらを見る。


「何か言いました?」


「いや。なんでもない」


 誤魔化すように、笑ってみせる。


 うまく笑えている自信はない。


 膝から崩れ落ちそうになるのを必死に堪えながら、俺は荷車とリアムと村人たちを見ていた。


 ミナは行方不明。


 村娘Cは死亡。


 村は半壊。負傷者多数。


 ログの上では、『悲劇の総量は当初計画より減少』『RSIは基準値付近を維持』なんて書かれている。


 数字だけ見れば、『成功した改変』。


 ――でも、その一個一個に顔が付いてしまえば、とても「成功」とは言えない。


 これが、『補正悲劇』。


 俺がミナを救おうとして、別の誰かを殺した結果だ。


 モブ監査官の仕事は、こんなものを『許容範囲内』だと言いながら処理していく仕事なのかもしれない。


 膝の震えをどうにか押さえ込みながら、俺は心の中でだけ、静かに呟いた。


 ――どこまでいじっても、誰かが死ぬなら。

 せめて、その死の内訳くらいは、俺が全部見て、全部書き残してやる。


 それが、この世界で俺に許された、最低限の贖いなのだろうと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ