第9話:探索者協会浅井支部
昨日、無事に会社を辞めることが出来た。
文句を言われないように今月分の仕事を全部終わらせ、そのうえで引き継ぎ用の資料もしっかり用意したので、すんなり受け入れて貰えた。立つ鳥跡を濁さずだ。
同僚からはどこに転職するのかとか色々聞かれたが、ここで探索者を目指しますとか言うと引き止められるか、いい歳して……と陰口叩かれそうなので、最後まで適当に誤魔化しておいた。
そして今日は引っ越しの日。
朝七時には家を出発したので、まだ朝の八時半。
今まで何度か引っ越しを経験しているけど、今回の引っ越しはかなり楽ができる。
家賃が安いから一階の部屋を借りてたんだけど、ベランダの前が駐車場だったおかげで最短距離で軽トラにそのまま載せられそうなのだ。
そのつもりだった。
だから段ボールに荷物詰めたりしたし……。
だけどいざ到着してみると、もっと楽ができることに気付いてしまった。
実はダンジョンのリソースが満タンの時、ゲートの近くに薄っすらとだが魔力が満ちる。そしてその状態だと、ゲートの側限定だがダンジョンの外でもスキルを使えるということを発見したのだ。
そのことは少し前に気付いていたのだが、あまり深くは考えていなかった。
でも、ということは……探索者倉庫を使えば一瞬だよね?
普通はゲートの周りに魔力が満ちるのは、ダンジョンブレイクに繋がる危険な状態ということになるのだが、オレが管理している限りはそのリスクは無視できる。
そもそも今もしダンジョンブレイクしたとしても、出てくるのはレベル上げ用に配置している弱いスライム一〇匹しかいない。
本来なら一番危険なのがフィールドボスなのだが……そのだいふくは、今ベランダでいびきをかいて寝ている。ヘソ天で。
「ほんとにあっという間に終わったな……」
その後、管理会社の人に部屋に問題ないかをチェックしてもらい、鍵を渡して無事退去が完了した。
予定より早く積み込み作業が終わって時間に余裕が出来たので、近くの探索者協会に寄り道することにした。
荷物の積み込みだけでなく、積み下ろしも管理者倉庫を使えば一瞬だからな。予定よりかなり時間に余裕ができたんだ。
だから試験の時に緊張しないように、ちょっとした偵察だ。
探索者協会に行くのは初めてなので楽しみでもある。
ちなみにだいふくはダンジョンの中でお留守番の予定。
一時的にゲートの使用制限をかければ勝手に出てくる心配もないし、ダンジョン内の時間の流れる早さを十分の一にしておけば、だいふくが中で待っている時間はほんの僅かだ。
いや、軽トラダンジョンまじで便利すぎるな。
おっと、浮かれすぎてるとまたやらかすかもしれない。
気を引き締めておこう……。
◆◇◆◇◆◇◆◇
一時間ほどで目的地に到着した。
まだ一〇時にもなっていない。
浅井市にある探索者協会浅井支部だ。
ちなみにだいたいの探索者協会の支部はダンジョンに併設されている。
ん? 逆か? ダンジョンが出来たからそこに探索者協会を作るのか。
まぁそれはどっちでもいいか。
そしてこれが重要なのだが、ここのダンジョンは軽トラダンジョンと同じE級ダンジョンなんだ。
なぜE級でないといけないのか。
それは探索者免許の試験はE級ダンジョン併設の支部でしか行われていないからだ。
駐車場に車を止めてこっそり人目を盗んでダンジョンに入り、だいふくを放牧。念のためにご飯と水を出し、ダンジョンの設定を変更してからすぐに外に出た。
だいふくにはお腹が空いたらご飯を食べるように言ったのだが、秒で食い始めていたのは言うまでもない。
駐車場から出ると、郊外にあるちょっと広めのコンビニぐらいの大きさの三階建ての建物に入る。
そこはロビーになっており、たくさんの探索者と思われる人が忙しなく動いていた。
「案外平日のこの時間でも人がいるんだな」
探索者は専業が多いからだろうか。
興味深く周りを見渡してみると、探索者免許受験受付と書かれたプレートが置いてあるカウンターを発見。そちらへと向かうことにした。
簡単な説明でも聞けないかな? あとパンフレットがあれば貰っておこう。
ホームページ見れば全部載ってるんだろうけど、なんとなく記念にパンフレットとか欲しくない?
「すみません。探索者免許の試験を受けたいと思っているんですが」
と話しかけると、受付の女性職員は……。
「あっ! もうギリギリですよ! すぐにこちらの用紙に必要事項を記入してください!」
「え? あ、いや……」
違う、今日受験するんじゃなくて説明を……。
「もう本当にギリギリで時間ないんですよ! 早く記入してください! それと書き方でわからないところがあればすぐに聞いて!」
そして「ほんとに時間ないから!」とまくし立てられた。
「ち、違うんですよ! 今日は説明でも聞ければと思って来ただけなんです!」
危ない……押し切られるところだった。
「説明ですか? 試験を受けるのは初めてなんですか?」
「はい。どんな感じなのか簡単な説明が聞ければと思って」
そう答えると、疑わしそうな目でこちらを見てきた。
見た目はそこそこ若く見られる方だが、それでも二〇代後半ぐらいだ。
多くの探索者志望の人は二〇歳前後で受験するみたいだし、オレぐらいの歳で初めて試験を受ける奴は珍しいのかな? と、思ったのだがちょっと違うようだ。
「ん~。少し待っていただければ簡単な説明ぐらいは致しますが……」
「時間ならあるので待ちますが、なにか不味いことでも?」
「いえ。これは個人的なアドバイスなのですが……お聞きになられますか?」
お。ちょっと気の強そうな人っぽいけど、根は親切な人なんだな。
こういう現場の人の意見は貴重だし聞いておこう。
「はい。ぜひ、お願いします」
「では……まず、飛び込みの試験はかなり合格率が低くてですね。普通は何度も何度も受けることになるものなんです。ですので、もしお時間とお金に余裕があるのなら、まずは一度受けてみてはいかがですか? それで一度ダンジョンがどういったものなのかを経験なされた方が説明を聞くよりもずっとためになると思うんです」
「おぉ~なるほど!」
「ただ、筆記試験の方が既に勉強済みで実技試験に望む心の準備が既におありなら、という前提ではあるのですが。いかがでしょうか?」
「筆記の方なら大丈夫です。心の準備も出来ています。ん~どうしようかな……」
突然の提案だが、これは確かに理にかなっているかもしれない。
どうせ今日は暇だし、ダンジョンを活用すれば時間はいくらでも作れる。
お金も探索者として軌道に乗るまで凌げる程度の蓄えもあるし問題ない。
それに探索者にさえなれれば、レベルあげの時にスライムから出た魔石がかなり溜まっているので、その死蔵している魔石を売ることができる。そうすればそこそこ纏まったお金が手に入るはずだ。
「どうされますか? もう本当に時間がありませんが?」
よし! 受けてみるか!
「そうですね。では、受験させてください!」
「(ふふふ……ちょろいわね!)」
「え? なにか言いました?」
「いえいえ! では、こちらの用紙に記入をお願いします! 代金の方は……」
こうしてオレは、予定を早めて探索者免許の試験を受けることになったのだった。
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