ゴミはゴミ箱へ〜捨てたら、焼却炉へ〜
私の今の名は、アナスタシア・キャロウ。
成人すれば、アナスタシア・クリフォードと名を変える。
私の母と父は、お互い貴族の当主だった。
よくある政略結婚だ。
父の伯爵家は借金まみれで、お金が欲しかった。
母は子どもが欲しかったので、逆らわない夫を探していた。
母は特殊な公爵家の当主。
父はしがない伯爵家の当主。
私は幼い頃から、父と母の屋敷を行き来していた。
表面上は良好な家族関係だった。
母の屋敷では、厳しい当主教育が施され、父の屋敷に行くのが良い息抜きだった。
全てが変わったのは、母が亡くなってからだ。
母が亡くなって半年しか経っていないのに、父は新しい妻を連れてきた。
そしてその妻には、連れ子がいたのだ。
その連れ子はどう見ても父にそっくりで、父は愛人を囲っていたのだと知った。
それ自体は別に構わないし、どうも思わない。
父が他所でどれだけ子を作ろうが、どうでもいい。
私は公爵家の当主になるのだから、伯爵家の跡継ぎが必要だろう。
母は私を産んで満足したらしく、次の子を作ろうとしなかったから。
ただ驚いたのが、私が成人していないから公爵家の当主になれないと言って、父が公爵家当主を名乗り出したこと。
意味がわからない。
そんなこと、出来るはずがないのに、それをわかっていない。
確かに普通なら、家督を継ぐのは成人してからだ。
その前に当主がなくなれば、妻または夫が代理で爵位を預かることがある。
跡継ぎの子の了承があれば、当主の権限を持つことも可能だ。
ただ、それは普通の場合だ。
母の公爵家は、普通の貴族とは違う立ち位置にある。
母が亡くなった時点で、私はすでに公爵家当主。
そこに年齢は関係ない。
だから父は公爵を名乗れるはずがない。
身分詐称で、犯罪だ。
高位貴族なら、公爵家の特殊性は知っているが、父は知らなかったらしい。
きっと母が面倒がって、伝えなかったのだろう。
父が勝手に公爵を名乗り出した時、国王陛下や他の高位貴族に処罰するか尋ねられたが、私は現状保留にすることにした。
それを伝えたら、さすが母の子と、みんな揃って口にしていた。
そこは抗議したい所だ。
私は母ほど性格は悪くない。
事情の知っている貴族は父を冷ややかに見つめ、知らない貴族は公爵として扱っていた。
まあ、そこまではわからなくもない。
普通に犯罪だけど。
わからないのは、その次だ。
何故か再婚した義母と義妹も、公爵家の者として振る舞い始めた。
一滴も血を継いでいないのに。
どういう頭をしていたら、そうなるのだろうか。
私に解けない疑問はないと思っていたが、この難題は数年経った今でもわからない。
父は公爵家の屋敷に住みたがったが、流石にそれは許されなかった。
私ではない。
屋敷に拒絶されたのだ。
拒絶された以上、悪態はついていたが諦めたようだ。
遂には、父は仕事すらしなくなった。
公爵家の仕事に比べれば片手間に終わる仕事だったので、私が伯爵家の仕事も引き受けることにした。
流石に、領民や使用人が可哀想だったから。
どうせすぐに終わるし。
父も義母も義妹も、公爵家の金だと思っているのか、最近は特に金遣いが荒い。
でも、公爵家のお金は一銭も使っていない。
伯爵家の借金が増えていくだけだ。
誰もそのことを知らないけど。
父たちはパーティやら何やらで忙しくしているが、私は私で公爵家の仕事で忙しくしている。
数日顔を合わせないことなんて、普通にある。
会話なんて数週間くらいしていない。
あちらは私を無視しているし、私も相手をする時間を作る気はない。
ただ何故か義妹だけは、よく突っかかってくる。
まあ、それも無視しているが。
私の成人まであと少し。
成人になれば掃除をするつもりだから、あと少しの我慢だ。
そう、思っていた。
私の誕生日の前日。
もう一つの面倒…じゃない、ゴミ…でもなく、えーっと、そう第二王子。
婚約者である第二王子が伯爵邸にやってきた。
面倒を携えて。
私は父に呼ばれて、応接室に来ていた。
今日は来客予定はなかったはずだが。
嫌な予感を感じつつ入室すると、そこにいたのが第二王子だった。
反射的にゴミを見る目で見てしまった。
応接室には他にもたくさんのゴミ……じゃない、父、義母、義妹が揃っていた。
「来たか、相変わらず遅いな。殿下を待たせるなど、なんと無礼な。」
「公爵、この女が愚かなのは元からだろう。そんなことより、話を進めてくれ。」
「まあいい。お前に伝えることがある。お前と殿下との婚約は破棄し、パメラと婚約を結び直すことにした。」
パメラとは私の義妹のことだ。
それにしても、やっぱり面倒事だった。
それから、公爵家は第二王子と義妹が継ぐとか、公爵家から勘当するとか、よくわからないことまで言い出した。
父にそんな権限は一切ないのに、面白いことを言う。
本気で言っているなら、頭の医者を読んだ方がいいかもしれない。
私は頭の中で、腕のいい医者をリストアップした。
まあでも、婚約破棄は願ってもいないことだ。
もともとその方向で考えていたから、手間が省けた。
私はその場で了承し、応接室を退出した。
その足で行き先を変更し、王城に向かった。
第二王子との婚約は、元々王家が望んだもの。
国王に頭を下げられた母は、条件付きで婚約を許可した。
その条件とは、私が成人するまでに、第二王子が公爵家に入るのに相応しくなること。
私の成人は明日。
つまり、母の条件は守られなかったということ。
第二王子の不適格で、婚約を解消するつもりで国王と話していたが、まさかこうくるとは思わなかった。
これで、ただ解消というわけにはいかなくなった。
家の乗っ取り、公爵家に対する侮辱、契約不履行。
王家を攻める材料は、十分だった。
ここ最近の王家の横暴、傲慢は目に余る。
この辺りで、叩いておくべきだろう。
私は誰にも止められことなく、国王の執務室に入室した。
「おお、公爵。何かあったのかね?」
私は馬車の中で作成した書類を、国王に突き出した。
国王は無言で書類を読み進めると、見る見る顔を強張らせていった。
「ま、待ってくれ。第二王子にはよく言い聞かせる。だから婚約破棄は……」
「元々その第二王子が言い出したこと。私はそれを書類にして、契約不履行と慰謝料を盛り込んだだけ。前々から警告はしていたはず。それを無視したのはそちらよ。」
「う……わかった。」
国王が何を言っても、こちらは引く気が一切ない。
しばらく葛藤していた国王だが、最終的には諦めて、全て了承した。
これほど強く出れるのは、我が公爵家が特殊な立ち位置だからだ。
我が公爵家の表向きの役割は、国の守護者。
そして裏の、本来の役割は、処刑人。
国王をはじめとした王族、貴族関係なく、法律で裁けない者を秘密裏に処理する。
国王にすら阿らず、冷徹に処理する裏の支配者。
それが私の、公爵家の仕事だ。
甘やかされた第二王子が背負えるほど、軽いものではない。
王族や高位貴族はそれをよく知っているから、一線を越えるような愚かなことはしない。
まあ、第二王子のような例外はどこにでもいるが。
明日は私の成人の日。
この年に成人になる貴族は明日、王城での成人の儀に参加する。
その後、国中の貴族を招いた夜会が開催される。
そこで伯爵家と第二王子の処分が下される。
私は明日の準備のために、本来の家、公爵邸に帰った。
今日から公爵邸が私の生活場所。
伯爵家の使用人にはすでに伝えてある。
私のいなくなった伯爵家はどうなるか、とても見ものだ。
今日はぐっすり眠れそうだ。
ーーーーー
今日は朝早くから、侍女に起こされた。
成人の儀は夕方からなのだが、朝から気合の入った侍女たちに磨かれて、飾り付けられた。
まるで侍女の戦場だった。
成人の儀が終わればそのまま会場を移動し、夜会に参加する。
今年の成人の儀に参加するのは、私を含めて21名。
高い地位の者から入場するので、私が一番最初だ。
できれば母にも成人の儀を見てもらいたかったと、少し感傷的になってしまった。
成人の儀も夜会も、今夜は私が主役。
そして、私の戦場。
新たな公爵を見せつけてあげましょう。
それが今後の牽制になるのだから。
私は美しいと言われる微笑みを、自身の顔に貼り付けた。
厳かな成人の儀、それに相対するかのような煌びやかな夜会。
私たち貴族の社交の場であり、同時に戦場でもある場所。
にこやかな仮面の裏で、策略を巡らせる。
どれほどの貴族が、それに気がついているのか。
顔を見ていれば、それがよくわかる。
無事に成人の儀を乗り切り、夜会が会場に移った私たちを向かえるのは、百戦錬磨の武者と花。
すでに情報戦は、始まっていた。
成人の儀を終えた者たちは、私以外家族やパートナーが迎えに来ていた。
本来であれば第二王子が迎えにくるが、私は一人。
さり気なさを装いながらも、こちらに意識が集中しているのを感じる。
私に疚しいことはないので、堂々と前を向いて立つ。
時間になって、王族の入室が告げられた。
国王と王妃、第一王子とその婚約者、第二王子と義妹、第三王子とその婚約者、第四王子、第二王女、第三王女。
義妹は私を見つけると、ニヤリと笑った。
わかりやすく表情を変えるなんて、貴族としてない。
国王が成人の祝いと、夜会の開会を宣言した。
本来ならこのまま国王と王妃のダンスが始まるはずだった。
「もう一つ、皆に伝えておくことがある。第二王子の婚約についてだ。第二王子は資質なしとして、アナスタシア・クリフォード公爵との婚約を破棄し、パメラ・キャロウ伯爵令嬢と婚約することになった。」
会場内は、無言の騒めきで空気が揺れた。
続いて告げられるのは、第二王子の罪と伯爵家の罪、そしてその処分。
第二王子は王位継承権と王族の地位を返上のうえ、私費から公爵家に慰謝料を支払う。
そして、今日を以て伯爵家に婿入りすることになった。
伯爵家は男爵に降爵、及び一部の領地を王家預かりになった。
元伯爵家は莫大な借金を抱えている。
近いうちに鉱山に送られるだろう。
まあ、私には関係ないが。
突然の断罪に、夜会は混乱の渦中に嵌った。
喚く元第二王子と元伯爵家の者は、騎士に拘束されて連れて行かれた。
ゴミは、まとめてゴミ箱へ。
最終的には、焼却炉行き、よね?
国王は無理矢理空気を変え、夜会を再開させた。
けれど、呑気にダンスをする者などいない。
皆、情報の整理や交換に忙しいからだ。
視線が煩わしくなった私は、人目のないテラスに行くことにした。
秋の涼しい風が頬を撫でる。
夜会の熱気に当てられた身体を、ゆっくりと冷やしていく。
「うまくやりましたね、殿下?」
「やっぱり、気づかれてた?どこまで知ってるの?」
カーテンの陰から姿を現したのは、この国の第四王子。
「元第二王子の教師を抱き込んだこととか、婚約破棄のこととか、かしら?」
そう、元第二王子があれほど愚かに育ったのも、義妹に引っかかって婚約破棄を宣言したのも、裏で手を引いていたのは第四王子。
第四王子は、御年10歳。
末恐ろしい10歳児だ。
「さすが!僕もまだまだだね。もっと頑張って、公爵と並べるようになるよ。だから婚約者は作らないでね?」
「やはりそれが目的だったのね。ちゃんと振ったのに、まだ諦めていなかったのね。」
「諦めは悪い方だからね!」
第四王子と初めて顔を合わせたのは、6年前。
何故かその時から熱い視線が向けられていて、婚約者になってほしいと請われた。
だが、その時には元第二王子と婚約中だったので、きちんと断ったはず。
それでも諦めていなかったらしい。
綿密な計算、人を自分の思うように操作する手法、それらを全て隠し切る能力。
あの国王夫婦から、どう間違ったらこんな化け物が生まれてきたのだろうか。
これは簡単に諦めそうにない。
無邪気に笑っているが、その目は獲物に狙いを定めるが如き鋭さ。
「5年。待つのはそれだけです。」
「うん!必ず、並んで見せるから!」
本当の無邪気な笑顔だった。
私はその笑顔に、未来の私たちの姿を見たのだった。




