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8.想い

あれから、緋村(ひむら)君からこまめに連絡が来るようになった。『おはよう』『おやすみ』『猫いた』『今日のアイス』とたまに写真付きで送られてくる。

椎凪(しいな)、おはよ」

「おはよう」

前は通りすがりに言ってくれるだけだったのに、朝はわざわざ俺の席まで来てくれる。前よりも、優しい顔つきで。

だから一層思う。俺はいったい──

「どうしたらいいと思う?」

「それ俺に聞く?自分にしかわからんだろ」

大ちゃんは答えを出すのが早い。

「大ちゃんにしか相談できないよ~」

「そんなことないだろ、そいつとか」

大ちゃんがあごで指したのは、俺の後ろを通っていた土屋君だった。

課題の発表が終わってからも、土屋君は気さくに接してくれる。

「なんの話?」

「緋村の話」

「あぁ」

それだけで大ちゃんと土屋君はわかりあった。

「お前らのことだ。自分らで話せ。俺に聞くならくっつけとしか言えん」

「大ちゃん~」

泣きそうになりつつ大ちゃんにすがると、「まぁまぁ」と土屋君が間に入って来た。

「駅前のカフェでも行こ?クーポン今日までのあるんだ」

そうして言われるがまま、カフェにやって来た。

そして今、カフェのカウンターで土屋君・大ちゃん・緋村君・俺の順に座っている。

俺の話を聞いてくれると思ったのに、教室を出るときに土屋君が寝ている緋村君に声をかけた。

「行かない」と返事した緋村君に土屋君は付きあい上、一応声をかけたのかと安心したのも束の間。「でも椎凪も行くよ?」と土屋君が言い放つと、緋村君はすぐさま立ち上がった。

やっぱり本人通しで話すのが一番だよね☆と言わんばかりに二人からは放置され、俺の右手は緋村君の左手に捕まり、さっきから俺の頭の中はドタバタだ。

誰かに見られたらどうするんだろう。さっきから店内でも店の外からも、ちらちらと土屋君と緋村君は見られている。普段見られることのない俺からすると、こんなに見られるのかと驚くし、二人の気にしなさに慣れを感じた(大ちゃんは気づいてもないと思う)。

「椎凪」

「はいっ!?」

多方面に緊張MAXで隣を向くと、緋村君がスマホを間に置いた。そこには、黒のゴールデンレトリバーがいた。

「陸」

ワンちゃんの名前だろうか。

緋村君がスワイプしていくと、ボールと戯れたり、散歩中だったり、緋村君が下敷きになってる写真が出てきた。

「元気な子なんだね、陸」

「ん」

うっかり緋村君に目を向けると、肘を付いた前のめりの姿勢で俺を見ていた。いつもより、熱のこもった目で。

そんな目で見られると、もうどうしようもない。自分でも、自分の気持ちはわかっている。ただ怖がっているだけ。

「緋村君、あの、俺──」

そこまで言うと、ふっと影がかかった。ガラス越しの俺の前には、美人が眉をひそめて立っていた。

「あ、やば」

立ち上がった緋村君はバタバタと店の外に出て、その人に駆け寄った。駆け寄った緋村君を怒っているように見えたその人は、しばらくして持っていた大きな紙袋を緋村君に渡した。そのまま二人は話し込んでいる。

緋村君は、リラックスして穏やかに話している。そんな緋村君、今まで見たことない。

やめて。そんな顔他の人に見せないで。

自分の中にドロドロとしたものが湧き上がり、見たくないのに見ずにはおれず、俺は二人から目が離せない。

じゃれ合うように美人が緋村君の肩を叩くと、無邪気に笑う緋村君と目が合った。けれど気まずさや言い表せない嫌な気持ちで、俺はすぐに目をそらしてしまった。

なんでこんな気持ちに、こんなの、嫌だ。

ぎゅっと目をつぶっていると、大ちゃんに呼ばれた。

「なに?」

「呼んでる」

大ちゃんが指す方を見ると、緋村君が来い来いと手招きしてた。

行きたくないけど、さすがにそうはいかないだろう。

重い腰を上げて、俺は緋村君達のもとに行った。

「なに?」

少し、とげとげしい声が出てしまったかもしれない。

緋村君は「これ姉ちゃん」と隣の美人を指した。

「……え?」

「初めまして。姉の莉緒(りお)です!」

確かに、似ている。輪郭も、目鼻立ちも。アンニュイな雰囲気の緋村君と違って、お姉さんは元気いっぱいだ。

「わ、えと、初めまして。森宮椎凪(もりみやしいな)です」

知らなかったとはいえ、さっきまでの自分を恥じつつ、慌てて挨拶をした。

顔を上げると、穴が開くんじゃないかってくらいにお姉さんに凝視された。

「へ~、あんたこういう子がタイプなんだ。いいじゃん」

音がするほどの強さで緋村君を叩いたお姉さんは「荷物よろしくね。バイバーイ」と颯爽と去っていった。

「いきなりごめん」

緋村君は、はぁ~っと息を吐いた。

俺は『お姉さんに俺のことなんて話してるの?』と思ったけど、ドキドキして「うん」としか言えなかった。

「姉ちゃんの友達がアパレルしてて、顔出しなしでモデルしてる」

緋村君は持っていた大きな紙袋を「これ衣装」と持ち上げた。

「すごいね」

「今日は用事あるから荷物家まで運んどけって言われたの忘れてて……。あのさ、椎凪」

「なに?」

緋村君を見上げると、期待を含むような目で俺を見た緋村君は、口に手を当てつつ言い淀んでいる。

「勘違いだったらゴメン。でも、嫉妬してくれてた?……椎凪?」

緋村君にのぞき込まれるも、俺は顔を隠すことすらできなかった。身の程知らずもいいところだ。

図星を付かれた俺は、瞳が潤んでしまい、ついっと緋村君から目を背けた。

「うれしい」

その声とともに、俺は緋村君に抱きしめられた。周りに見られてるとか、もうどうでもよかった。盛大にデレた緋村君に俺は心臓をわしづかみされ、どうしようもなく満たされて、もうそれ以外頭になかった。


「あれ、緋村は?」

カフェに戻ると、大ちゃんはコーヒーを飲み終わっていた。

「お姉さんの荷物置いて来るって」

やっと落ち着いて腰を下ろした俺は、深く息を吐いた。

「今緋村と土屋のなれそめ聞いてたんだよ」

土屋君は「そんな大層なもんじゃないけど」とコーヒーを一口含んだ。

「俺中学からあいつと一緒でさ。たまたまお互い校舎裏で告白断った後に会って、その時まで峲雨(りう)と話したことなかった。気まずいから、周りにうらやましがられるけど大変だよなって話しかけたらごめんって謝られて」

「なんで?」

「土屋ってそういうのウェルカムな感じかと思ってたって。いきなり頭下げられた。そっからかな、仲いいの」

土屋君はそのときの緋村君を思い出してか、ふふっと軽く笑った。

「緋村って口数少ないけど正直だよな」

大ちゃんに俺は大きく頷いた。

「ま、それは俺らにだけね。峲雨、警戒心は強いと思うよ。前に噂がって言ったでしょ。あれ、お姉さんの買い物に付きあってたの見られてってのもあるんだ。あんな美人連れて歩いてたから、ひがまれて。噂流れてからは、しばらくお姉さんと歩かないようにしてた。お姉さんになんかあったら嫌だからって」

「うっとおしいな、そういうの」

大ちゃんは毛嫌いするように顔をしかめた。

「だから最近なんだ、また峲雨があんなに気持ちを出すようになったの。椎凪のおかげかな」

「……俺?」

「だって──」

土屋君が何か言おうとしたけど、大ちゃんにかかってきた電話の音で消えた。

「わり、電話出る。おう────今駅前のカフェで────いや、夜道場行くし────面倒くさ。……駅にいるから────はい」

スマホを下ろした大ちゃんは、「帰るわ」とリュックを背負った。

「麻ちゃん?」

「おー、迎えに来るらしいわ」

じゃ、と手を振る大ちゃんを見送って、俺は土屋君の方に席を詰めた。

「大ちゃんって麻子ちゃんと付き合ってるの?」

土屋君に聞かれ、俺は頷いた。

「へー。大ちゃんが誰かと付き合うなんて意外。そういうの面倒くさがりそうなのに」

「大ちゃん、保育園の時から麻ちゃんに『将来結婚する』って洗脳されてって言ってたよ」

大ちゃんが面倒くさそうだけど、どことなく嬉しそうに報告してくれた時のことを思い出して、俺は笑ってしまった。

「早く椎凪も峲雨と付き合うといいよ」

さらりと土屋君に言われ、俺は顔を赤らめてしまった。それはもう隠しようもないほどに。


「塾があるから」と土屋君も帰ってしまい、俺は緋村君の荷物を見つつ、カウンターでぼうっと外を眺めていた。

もう陽も暮れ始め、大勢の人が行きかう中、俺の目はただ1点を捉えた。そこだけ鮮やかに見えた。

店に近づくにつれ、歩いていたのが走るようになり、近づいてきてようやく緋村君だとわかった。

もう全然ダメじゃん。はまってる、俺は緋村君という沼にどっぷりと。

「めっちゃ走った」

そう言いながら隣に座った緋村君は、風でぼさぼさになった髪を手で抑えつけた。

「二人は?」

「帰ったよ」

「……待っててくれたんだ」

頬の緩んだ緋村君に「荷物があったからね」と俺はかわいくないことしか言えない。

「俺、気づいた」

なににって聞こうとした。けれどその前に、俺は緋村君に両腕でホールドされてしまった。

「椎凪、俺のこと好きだよね?」

どうしてそんなことをストレートに聞いて来るんですか。

「だよね?」と念押しでもう一度顔を近づけて聞かれた俺は、緋村君からの顔圧にもその懐くような素振りにも心臓を撃ち抜かれ、「はひ……」と涙目で答えてしまった。

無理、本当にもう無理。もう本当に好きすぎる。顔もいい。性格もいい。なによりも、俺にだけ懐いてくる感じがどうしようもなく好きだ。

俺の返事を聞いた緋村君は、そのまま頭をすりすりとくっつけて、俺の腰に腕を回してきた。

「一生大事にするから」

今決めるの?それ。

俺はまたしてもフリーズしかけたが、ひとつだけ話しておかないといけない。

「緋村君、俺、話しがあって」

「うん」

緋村君は俺の背中にもたれて、飲み残していた紅茶を飲んだ。

二人羽織(ににんばおり)みたくなってることにも今から言うことにも、俺の心に余裕がない。手が震えそうだ。

「俺は緋村君が思ってるような人じゃない。前に緋村君の悪い噂を聞いた時、そういうこともあるのかなって思った。だから──」

だからやめるなら今のうちだと、言おうとした。けど口から出てこない。

「それ、俺のこと知らなかったからだろ?」

「……え?」

「だったら仕方ない」

カップを置いた緋村君は、淡々と言った。

「それだと、俺は緋村君が思ってるような人じゃないでしょ?」

「でも今椎凪が好きな俺は、椎凪が知ったうえでの俺だろ?」

それはそうなので、頷いた。緋村君が自信満々すぎてこわい。

「なら問題ない」

緋村君はあやすように俺の頭を撫でた。

「ちゃんと俺を知って、俺を見て、俺を好きだと思ってくれる椎凪が俺も好きだよ」

緋村君のその言葉に、俺はこの気持ちを認めてもいいって思えた。

「俺も、緋村君が好きだよ」

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