5.授業中
考えても仕方のないことを、考えている。自分の中に答えがないから、いくら考えても結論は出ない。
授業中、窓側の席でダルそうに肘を付いて前を向いている緋村君に目を向けた。
”俺、椎凪の恋愛対象になれた?”
あのときの、緋村君の笑った顔が頭から離れない。
「はい、じゃあ適当に4人一組で」
先生が大きく手を叩いた音で、ハッと我に返った。
「椎凪、あと2人どうする?」
寄って来た大ちゃんに、どうしようかと教室を見渡すも、どうにもこうにも緋村君が視界に入ってしまう。
ダメだからと首を振り、俺は意識して見ないようにした。
「麻ちゃんとこと組む?」
「あー、多分組み終わってる」
大ちゃんがあごで指した先では、麻ちゃんがグループメンバーと机をくっつけようとしているところだった。
「適当に組んでそうなとこに声かけてみるか」
「そう、だね」
ちらりと顔を上げると、窓際にもたれた緋村君も土屋君と相談しているようで、二人を遠巻きに女子たちが狙っているのが俺の席からはよくわかる。
「えー、行っちゃう?」
「でも緊張するー」
「そんなこと言ってると取られちゃうよ」
本人達にも聞こえるくらいの声量で、盛り上がっている。
どこと組むんだろう。あの二人なら、選び放題だし。
また見てると気づいて、もう見ないようにした。気にしても仕方がない。
そうしてすぐに、教室のざわめきが大きくなった。
「大ちゃん、俺らと組まない?」
にこやかに近づいてきた土屋君が、大ちゃんを誘った。
「お前ら、いつものメンバーで組まんの?」
「俺はそれでもいいんだけど、さ」
土屋君は隣の緋村君に視線を送った。
すると緋村君が俺の後ろに来て、軽く腕を回してきた。
「一緒に組む」
「……ひっ」
小さく悲鳴を上げた俺の額を抑えて、俺を見上げさせた緋村君は、甘えた顔で『だめ?』と口パクを送ってきた。緋村君の髪が垂れ下がってるから、他の人には見てないだろう。
「こいつこんなだっけ?めっちゃ距離近ない?」
「全然。気づいたら森宮君にめっちゃ懐いててさ。面白いからいい?」
「いーよー」
勝手に話が進み、二人と組むことになると「よろしく」と緋村君に前髪をかきあげられた。
俺は緋村君からの攻撃(?)に硬直して、動けなくなった。
「好きなものについてって難しいよね……」
両肘をついた土屋君は、深いため息をついた。
創意工夫を凝らしつつ、各グループ英語で発表するのが課題だ。
「まぁ俺ら4人が共通に好きなものってなるとムズイよな。個別でいんじゃね?」
軽い感じで大ちゃんが返した。
「それは危険だから……4人が好きな無難で、それでいてなにも影響が出ないものを選びたい」
「どゆこと?」
俺も大ちゃんも、頭にはてなが浮かんだ。
「例えばさ、ちょっと好きなお菓子の話しただけで、次の日から廊下歩くたびに渡されたりするんだよ。もう嫌いになっちゃうよ……」
実際にあったことなんだろう、またしても土屋君は重苦しそうにため息をついた。
ただの発表でも、この2人からすると慎重にならざるを得ないことなのかもしれない。
土屋君の言うようなものを思いつければいいのだけれど、俺は隣に気がとられてそれどころじゃない。
他のグループは机を4つくっつけているのに、俺たちのグループは3つ。
なぜかというと緋村君が「机、そんなにいらない」と俺と机を半分こしにきたから。
近すぎる。少し動いただけで、腕が当たりそうだ。これ以上近づかないように、俺はできる限り自分の幅を縮めようとした。
これで大丈夫だろうとそっと隣を見ると、それが逆効果だったのだろう。緋村君が椅子を寄せて来た。
「はいそこ、いちゃつかなーい」
「……なにもしてない」
「しようとするのもだめ。つーか峲雨も考えろよ」
土屋君にいじられ(?)て口をへの字にした緋村君は、俺からグー1個分くらい離れ、そっぽを向いてしまった。
「たいへんだなぁ、モテるのも」
「そんなこと言ってくれるの、大ちゃんくらいだよ。うらやましがられたり、ひがまれたり……」
「だって不特定多数にモテても、好きな奴にモテないと意味ないだろ」
「大ちゃん、カッコい!推せるわ!」
「いらんわ」
「早っ。ちょっとは悩んでよ」
「えー、面倒くさ」
すっかり違う話で盛り上がってる2人を尻目に緋村君を見上げると、どうしていつも気づかれるんだろう。緋村君も俺を見ていた。
今から顔をそらすのも気が悪いだろうしとそらすにそらせないでいると
「ん?」
緋村君がずいと顔を近づけてきた。
「な、何も言ってないよ」
ときめき倒れしそうなのでやめてください近すぎます心臓壊れたらどうしてくれるんですか。
そう言えない俺は、首を引いた。
そんな俺が面白かったのだろう、への字の緋村君はいなくなり、なんならいつものツンとした感じも抜けた。
そこまではよかった。それなのに、『なになに?』と緋村君は俺が右に左に首を引いても、追いかけるように顔を近づけてくる。
もうやめて―!と手で防御したのがよくなかった。俺の両掌に、ポスっと緋村君の鼻から口までがおさまってしまった。
「(ひぃぃぃ~……!!)」
もう声も出せないままでいると小さく、俺にしか聞こえないくらいの緋村君の笑い声が聞こえた。
俺はさぞ面白いおもちゃだっただろう。そう思っているのに、裏腹な想いだけが溢れてくる。
はーっと笑い終わった緋村君は満足したのか、俺の両手から離れ、絶対にもたれづらいのに俺の肩に頭を乗せた。若干、すりすりされている気もする。
心臓が飛び出そうなほどのときめきと、恥ずかしさと、スプーン1杯分くらいの遊ばれた悔しさにとらわれつつ、ほんのり既視感があった。
なんだろうこの感じ。むくれたり、いたずらして楽しんだりしてる感じ──
「あ、サッちゃん」
「ん?サチがどうした?」
愛犬家の大ちゃんは俺の声にすぐさま反応した。
「いや、あの……、犬とかどうかな?好きなもの」
「俺は全然いいよ。サチのこと話せるし」
「でも、ただ犬のこと話すだけだと──」
そこから土屋君を中心に話をまとめ、結果ディベート形式で『あなたはどっち!?犬派猫派』をすることになった。
家に帰ると玄関まで迎えに来る/俺から離れようとしない(犬派・大ちゃん談)、気まぐれにデレてくるのがかわいい/ゴロゴロと喉を鳴らすのが癒し(猫派・土屋君談)と2人の主張に口も挟めず、緋村君と俺は黙って聞いていた。
「まとまんねぇな!」
「そうだね。放課後まとめない?2人とも時間ある?」
授業が終わりに近づき、2人からすると全然時間が足りないんだろう。
「俺はいいけど、椎凪は?」
「俺も大じょ──」
話していた俺は、エマージェンシーモードで停止した。なぜなら、緋村君が俺の肩に顔を、それこそサッちゃんのようにわふわふと押し付けて来たからだ。
「峲雨ダメな日?」
「バイト」
緋村君の返事に、「あー」と土屋君が残念そうな声を上げた。
「それじゃ仕方ねぇな。別日にしよ―ぜー」
「そだね」
すっかり仲良くなったなぁと大ちゃんと土屋君が日程相談しているのを見ていると、緋村君がぽつりと言った。
「来る?」
ちょうど耳元に落ちてきた声に緋村君を見ると、俺の横髪を指でさらって、俺の耳に掛けた。
「……どこにでしょう?」
もう気力も体力も弱弱の俺が聞くと、土屋君から返って来た。
「ちょうどいいじゃん。そうしよ」
「え?どこ?」
「こいつカフェでバイトしてんの。お前先行ってて。俺2人を連れてくから」
わかったというように緋村君が頷くと、ちょうどチャイムが鳴りお開きとなった。
「じゃ、また後でねー」
にこやかに手を振って自席に戻っていく土屋君と、土屋君に並んで名残惜しそうにこっちを見つめる緋村君。
そんな彼らを、彼を、目で追ってしまう自分。
「ねー、2人は課題なんにしたの?」
そんな2人と話すチャンスを逃すまじと、すぐに話しかける女子の群れ。
「当日までお楽しみにー」
人当たりよく返す土屋君。その隣に、静かにたたずむ緋村君。
「てか俺らにも聞いてよ」
「えー、当日のお楽しみでいいよー」
土屋君と緋村君に近づく、同じ一軍男子メンバーと、その周りを囲む人。
みんな彼らに近づきたい。
「……どうして」
「え?なんて?」
「ううん、なんでもない」
緋村君は、どうして俺の恋愛対象になりたいんだろう。